丘みつ子“よ”が抜けてるぞ!『前略おふくろさま』で倉本聰先生に怒られた

倉本總から台本を一字一句、そのままセリフにすることを教わったという丘みつ子

青春時代に夢中になったドラマの裏には私たちの知らない“ドラマ”がいっぱい。出演者ご本人を直撃し、今だから話せるエピソードをこっそりお届け!

■『前略おふくろ様』(日本テレビ系・’75~’76年)

舞台は東京下町の料亭、板前の片島三郎(萩原健一)を中心とした青春ドラマ。母親思いの三郎が書きつづる手紙がナレーションに。照れ屋で優柔不断な三郎だが、かすみ(坂口良子)をはじめ女性にはモテモテ。

「脚本家の倉本聰先生には、NHK大河ドラマ『勝海舟』で私が渡哲也さんの妻役を演じたこともあり、すごくかわいがっていただいていました。そんなこともあり『前略おふくろ様』では、倉本先生に『役名もミツ子にしたぞ』とお声をかけていただいたのですが、厳しい方なのですごく緊張したのを覚えています」

こう振り返るのは、丘みつ子さん(75)。丘さんの役どころは、老舗料亭の若女将。

「倉本先生からは、台本を一字一句、そのままセリフにすることを教わりました。句読点の“間”も一拍おくのか、二拍おくのか、役になりきりながら考えます。先生はオンエアもしっかり見ているので『おい、先週の放送では“よ”が抜けていたぞっ』と怒られることも。台本に『○○したわよ』とあるところ『○○したわ』と言ってしまったんです(笑)」

その倉本氏が脚本を書くならドラマに出演すると条件を出したといわれているのが、ショーケンこと萩原健一さんだ。

「ショーケンは最初の奥さんがモデルだったこともあって、ファッションも個性的でした。撮影現場には国産車で来ましたが、ショーケンが乗ると、どんな大衆車でも絵になるのですね」

撮影が予定より早く終わると、スタッフや出演者が集まって飲みに行くこともあった。

「当時の日本テレビがあった麴町近辺や、六本木が多かったですね。ショーケンのなじみのお店に行くことが多かったと思います。自分が前に出るというよりも、聞き上手で、音楽やファッションの話題で盛り上がっていました。坂口良子さんや、大部屋俳優だった拓ぼん(川谷拓三さん)など、よくお酒を飲む人が多くて、楽しかったですね」

ショーケンの先輩となる花板を演じた梅宮辰夫さんは、セットの厨房で、たびたび得意の料理を披露したという。

「NGを出したときのために、生の魚は多めに仕入れるんです。だから、料理の撮影が終わると辰にいが余った魚をキレイにおろしてお刺身にしたり、お鍋を作ったりして『食えよ、食えよ』と振る舞ってくれました」

放送が2クール(半年)に及んだので、撮影期間が長く、出演者同士の結束も強まったという。

「明け方まで撮影して、いっぱいお酒を飲んで、朝の9時から撮影開始するなんてこともありました。台本の読み合わせ、立ち稽古、本番など、今のドラマよりも、手間も時間もかかりましたが、みんなが一丸となって作る熱量は特別なもの。かけがえのない時間を過
ごしました」

【PROFILE】

丘みつ子(おか・みつこ)

’48年、東京都生まれ。’68年、日活に入社後、すぐに映画『禁断の果実』で主演デビュー。数多くの映画、ドラマに出演。’80年代には「日本のお母さん」とも称されるほど。陶芸作家としても有名

© 株式会社光文社