「我々は変わらずJ1の経営をやる J1のつもりで戦う」“リアル半沢直樹”エスパルス社長山室晋也流 社員の意識改革徹底したファンサービスの先に

「だまされたよ」
186センチの長身に、巨大風船のようなカボチャをまとったサッカーJ2清水エスパルスを運営する「エスパルス」社長山室晋也(63)は両手を広げ、おどけてみせた。「社員が仮装するから社長はこれを着てと。みんなやるなら仕方ないと思ったら、予算がなくてカボチャは1個になりましたって」

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1年でのJ1復帰がかかった第40節熊本戦(10月28日)。静岡市清水区のホーム・IAIスタジアムにはこの日も、オレンジのユニフォームに身を包んだファンが押し寄せていた。

「降格は最大の言い訳になる」

カボチャ姿の山室がゲートへ向かう。開門から30分間、来場者とハイタッチし、記念撮影に応じた。その振る舞いはまるでディズニーリゾートの“キャスト”のよう。社長就任以来、ホームゲームで出迎えを続けている。「リアルにファンの感情が伝わってくる。直接ご意見をいただける」。アルバイトを含めたすべての従業員に、自ら「もてなし」の手本を示す意味もある。

みずほ銀行出身。「リアル半沢直樹」と呼ばれる手腕を買われ、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの社長として球団初の単独黒字化を達成した後、2020年1月からエスパルス社長を務める。

2022年11月。エスパルス2度目のJ2降格が決まったのは、コロナ禍の集客低迷からようやく抜け出し始めた時だった。再び観客の足は遠のくのではないかー。フロント(運営側)にもチームにも、ネガティブな雰囲気が蔓延した。「チケットの値段を下げた方がいいのでは」と弱気になる社員もいた。

「降格は最大の言い訳になる」。山室は危機感を抱いた。「社員の思考まで落ちてはいけない。我々は変わらずJ1の経営をやろう。J1のつもりで戦おう」。全社員にメッセージを出した。

チケットは価格変動制を維持し、平均単価は落とさなかった。今年7月、東京・新宿の国立競技場で開催したホームゲームには4万7628人とJ2リーグ歴代最多となる観客を集め、今シーズンのホームゲーム総観客動員数は30万2,254人と、チーム最盛期の2010年の30万6,022人に迫った。

J2に降格したのに、スタジアムに足を運ぶファンを増やした秘策は何だったのか。フロントの全社員が部署の垣根を越えて一丸となり、ファンを楽しませるための社員発の企画を一つ一つ、戦略的に実行に移したことだろう。

「みな一生懸命にやってはいたが、それぞれが好き勝手にバラバラな方向に走っていた。ビジネスとしての甘さがあった」。山室が社長就任時に抱いた印象だ。

チームが強ければ、おのずとファンはついてくるー。そんな名門チームゆえの慢心を感じ取り、打ち砕こうとしてきた。「お客様に最高のエンターテイメントを提供しなければならない」と社員に言い聞かせた。なぜならチームの強さは、いくら多額の強化費を費やしたところで運営側にはコントロールできないからだ。

「運営側も楽しんで、笑顔になって初めてお客様に喜んでいただける」

「もちろん、お客様が一番に求めるのはチームの強さでしょう」。元選手で広報部長の髙木純平(41)は自覚する。「でも、僕たちは強さには携われないので、強さ以外の部分でお客様に満足してもらえることは何だろうと。社長が就任してから本気で考え始めた」

山室が、みずほ銀行支店長時代から組織のトップとして貫くのは、「社員のやりたいこと」を叶える環境づくり。会社も一つの「スポーツチーム」と捉え、社員の力を最大限発揮させることを念頭に置いてきた。社員自身が楽しく働ける状態が大前提という。

2020年、山室は社内に「フルスタジアムプロジェクト」を立ち上げた。「同じベクトルに向かって、部署の垣根を越えて力を結集することが大きな狙いだった」。広報や営業など5部署の社員が集い、ホームスタジアムを満員にするための案を出し合い、トライアンドエラーを繰り返している。

プロジェクトメンバーの一人でもある髙木はこう話す。「選手だった時、自分が楽しくサッカーをしていると、お客様も喜んでいただけると実感していた。運営側も楽しんで、笑顔になって初めてお客様に喜んでいただけるので、まずは自分たちが楽しもうよという気持ちをすごく大事にしている」

プロジェクト開始から4年目。観客の裾野を広げただけでなく、新たなスポンサーの獲得にもつながっている。従来はスタジアム内に看板を出したり、社内の福利厚生の一環で従業員に観戦チケットを配ったりするスポンサーが主だった。最近はそれらを求めず、選手が登場するPR用動画制作を依頼するスポンサーも出始めている。

「企業の方がやりたいことを実現するために、我々を活用しようとする傾向が見られるようになった」と、髙木は変化を感じる。「僕たちも発信力や提案力をより磨かなければ」

「エスパルスがなくてはならない存在に」

ファンを増やし、収益力を高め、チーム強化に還元する。経営者の山室が目指すのはシンプルな好循環。だが、それだけではない。「エスパルスが、住民の誇りに、なくてはならない存在になること。スタジアムに来て試合を見れば、ものすごくワクワクドキドキして、日頃の嫌なことも忘れられる。それぐらいの存在になれば、強い時も弱い時も応援してもらえるのかなと思います」

J2降格から372日、清水エスパルスは2023年11月12日、「戻るべき場所へ」最後の戦いに挑む。

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