ずらして考える 現代アートと沖縄

手前は〈missing (for sale)〉。奥は〈オキナワ・ポップ〉ともに2023年制作

吉田伸・社会部

 沖縄県立博物館・美術館で開かれている、南風原町出身の現代美術家、照屋勇賢さんの個展を訪れた。タイトルはOKINAWA HEAVY POP(オキナワ・ヘヴィー・ポップ)。「HEAVY」(重い)と「POP」(大衆的)の二律背反的な言葉が並ぶ。

 2002年の初期作品から最新作までを一堂に集めた大規模個展。紙袋、新聞、段ボール。なじみのある日用品がクールに使われながら、沖縄の不条理を表現した作品が次々と現れる。

 視点をずらす。スケールを変える。複雑なものをシンプルに。これまでの常識を揺さぶりながら、これからの未来をどうつくっていくか―。多くの問いを投げかける作品の群れに圧倒された。

ショッピングバッグやトイレットペーパーの芯を切り込んで作った作品が吊されたエントランス=11月7日、那覇市の県立博物館・美術館
〈Constellation〉2012年~

 会場入り口は天井からブランドのショッピングバッグがたくさんつるされている。床には美術館に不似合いなアウトドア用のリクライニングチェア。寝転ぶと箱の中には無数の星がきらめいていた。 

 沖縄の夜空にニューヨークの夜空。米航空宇宙局(NASA)のデータを基に世界各地の実際の星空を再現したという。星がまたたく空間にはビル・エバンス・トリオが演奏するジャズも流れてきた。軽やかだ。

〈コーナーフォレスト〉2010年

 そばの白い壁面にはトイレットペーパーの芯を切り出した作品が突き出している。街中にある実際の樹木を元に、ペーパーの芯に一本一本描いて切り出したという。制作は伐採して紙となったかつての木を再生させる作業だそうだ。

 受け付けを済ませて入り口の通路に向かうと、たくさんの赤い風船が天井に浮いていた。遊園地やショッピングモールに来たようなわくわく感に胸が高まる。

 だが50個以上の赤い風船にくくりつけられている鉄の塊は砲弾の破片だ。風船が持つ軽やかな雰囲気と裏腹に、突然重いテーマが迫る。

 78年前の沖縄戦は「鉄の暴風」と例えられるほど、空、海、陸から爆弾がこれでもか、これでもかと撃ち込まれた。米軍が沖縄で使用した爆弾の総量は約20万トンといわれる。たまたま爆発しなかった不発弾が推計1893トン埋まっていて、全ての処理にあと100年近くかかる。

〈空へ 2〉

 風船にくくりつけられた砲弾の破片は照屋さんの故郷、南風原町の知人の畑から出てきたものだという。展示ケースには砲弾の破片のほか、さびて朽ちかけた飯ごうや水筒、銃剣の刃、割れた陶器などが並ぶ。制作の合間に八重瀬町のヌヌマチガマなどを巡った照屋さん。遺留品は案内してもらった男性から預かっているものだ。

 男性から「遺骨は納められるが、遺留品は処分してと言われた」と聞いた照屋さん。「国が始めた戦争に住民が巻き込まれた。一方的に価値がないとされたものに価値を与えたい」と話す。

 現代美術では「レディーメード」という既製品を使った作品表現の手法がある。自転車の車輪や便器を作品化したデュシャン以降、アートシーンではさまざまな既製品が本来持っている意味と違う意味付けをされ、問題提起されてきた。

¥200656
¥19450907

 照屋さんは持ち主が分からず行き場のない遺留品に値段を付けることで、新たに価値を与えようと試みた。「¥200656」は沖縄戦の全戦没者数の推計値の20万656人が基になった。「¥19450907」は日本軍が無条件降伏を受け入れる文書に署名し、沖縄戦が公式に終了した1945年9月7日だ。日本軍の組織的戦闘が終了したとされる6月23日以降も多くの人命が失われた。

 作品名は〈missing (for sale)〉。照屋さんは「沖縄には今もって戦争の現場があちこちにある。20万人とか大事な日付はきちんと覚えておかなければならない数字。風化させてはいけない。作品を通して過去に触れてほしい」と力を込める。「遺留品はすべて欠けている。壊れたところを想像してほしい。不足分を想像で埋めることが平和をつくることにつながらないか」と言葉を継いだ。

新作〈沖縄県立博物館・美術館〉について館スタッフに解説する照屋勇賢さん=11月2日

 〈沖縄県立博物館・美術館〉と名付けられた新作は「シュガーローフ」と呼ばれた激戦地に建つ美術館ならではの作品だそうだ。「地下には深い傷がある」。美術館の床に貼られたタイルを掘り起こすイメージを可視化しようと試みた。実際の土は置けないので、素焼きで仕上げた。糸満のクチャを使ったのは辺野古の新基地建設に土砂が使われる懸念に共鳴したものだという。

 これまで世界各地で展示されてきた作品も戻ってきた。14年ぶりに沖縄で展示される〈儲キティクーヨー、手紙ヤアトカラ、銭カラドサチドー〉は、沖縄から世界各地に出ていった移民やニューヨーク・ブルックリンで暮らす移民を題材に、大小さまざまな段ボールや紙箱に五つの映像を投映した作品。

〈儲キティクーヨー、手紙ヤアトカラ、銭カラドサチドー〉2008年

 〈来るべき世界に For the World to Come〉は2004年沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した時、規制されて県民が入れなかった大学構内に、ピザのデリバリーが入れたことに着目。皮肉を込めて「墜落現場写生会」を開き、100人以上の県民にピザの箱に絵を描いてもらって作品に仕上げた。

 18年7月に沖縄タイムスとコラボして作った作品〈you/me〉も展示されていた。照屋さんが描いた水彩画の原画をスキャンして印刷し、新聞をくるんで各家庭に作品が届けられた。

〈you/me〉2018年

 youの背景は土砂が投入される辺野古の海、meの背景はヘリパッドが建設された高江の森だ。沖縄で起きている基地問題はあなたのことであり、私のことである。また、縦の構図で描くことで、海や森の自然そのものを、あなたや私のポートレートにも例えている。

 展覧会が開幕した11月3日、古都首里では古式行列が6年ぶりに開かれた。琉球王朝時代の旧正月に国王が首里を回り、五穀豊穣(ほうじょう)を祈った行事の再現だ。色鮮やかな衣装を身に着けた国王や王妃らが、ドラや笛など路次楽の音色に包まれて、街中を練り歩いた。

〈遥か遠くからのパレード〉(部分)2015年

 照屋さんが絵巻行列に着想を得た作品〈遥か遠くからのパレード〉は未来の行列を想像し、紅型の衣装に表現した。老朽化して森に姿を変えたオスプレイや、ジュゴンの風船、コザ暴動を彷彿(ほうふつ)させる横転したパトカーが柄になる。

 「基地が必要なくなった未来の沖縄で、基地があった苦しかった時代に、抵抗したことを忘れないようにパレードする様子」を表現している。

 踊り衣装にパラシュート降下の米兵などを紅型の文様で表現した照屋さんの代表作〈結い、You‐I〉も壁面に掛かる。シリーズ作はかつて駐日米国大使公邸で展示された。今年大英博物館に収蔵され、話題を呼んだ。

手前は沖縄県立博物館・美術館が所蔵する〈結い、You-I〉2002年

 米グッゲンハイム美術館や東京都現代美術館など世界各地で所蔵されている〈Notice‐Forest告知‐森〉シリーズも14個並ぶ。

 県立博物館・美術館の元美術館副館長の翁長直樹さんは米国やドイツを拠点に活動する照屋さんの作品制作のテーマを「沖縄の問題をいかに普遍化し、ビジュアル化する」(『沖縄美術論』)と評している。

 照屋さんの個展を5回、手がけてきた画廊沖縄の田原美野さんは「照屋勇賢さんは違和感や引っかかりを残し、すんなりのみ込ませてくれない」と話す。

 琉球王国時代から「琉球処分」を経て沖縄戦、米軍支配下、なお続く基地問題。沖縄の近現代の歩みを、常識や価値を転換させたアートに昇華して表現する照屋さん。「沖縄を感じることはアートを実践することなのです」という。

 シンプルに、クールに。違和感をもたらし、そこを糸口に未来に向けた対話を呼びかけている。

 ずらして考えると、違った日常が見えてくるかもしれない。

 「照屋勇賢 OKINAWA HEAVY POP」は那覇市の県立博物館・美術館で2024年1月21日まで。

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