【中野信治のF1分析/第21戦】7戦ぶりの表彰台を掴んだ、アロンソならではのクリエイティブな走り

 インテルラゴス・サーキットを舞台に行われた2023年第21戦サンパウロGP(ブラジルGP)は、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)が今季17勝目を飾りました。今回はスプリントと決勝ともに入賞を果たした角田裕毅(アルファタウリ)の戦い。決勝で大接戦の末、3位表彰台を掴んだフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)の秀でた想像力などについて、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。

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 今回のサンパウロGPはスプリント・フォーマットのグランプリとなるなか、フェルスタッペンがスプリント、決勝ともに強さ、そして他を圧倒する速さを見せました。また、裕毅もいい走りをみせ、スプリント6位、決勝9位と、ともに入賞し、週末で5ポイントをチームに持ち帰りました。今回のアルファタウリの車両はストレートも速かったのですが、この週末に強さを発揮した最大の要因は、タイヤのデグラデーション(性能劣化)が少なかったことです。

 ラップタイムの変動を見ても、アルファタウリの車両は、レッドブルに続いてデグラデーションが少なかったと思います。今回の好走ぶりの背景について、アルファタウリの車両がインテルラゴスのコンディションにマッチしただけという見方もありますが、私はコースを問わず、車両の能力を底上げできるセットアップのスイートスポットをチームが見つけた可能性もあると感じています。

 今回のアルファタウリの車両は『どこどこのコーナーが極端に速い』というよりも、コーナーリングに関しては全体的にまとまっており、ストレートスピードもある程度速かった。その上でタイヤのデグラデーションが少ないというのが最大の武器だったと思います。アルファタウリ2台の走りには正直驚きましたし、その躍進のなかで裕毅のタイヤのマネジメントのうまさも光っていました。

2023年F1第21戦サンパウロGP 角田裕毅(アルファタウリ)

 決勝終盤にはアロンソとセルジオ・ペレス(レッドブル)が見応えのある表彰台争いを展開しました。今季もっとも速いレッドブルのマシンの猛追に耐え、一度はポジションを奪われるも、最後には3位を取り戻したアロンソですが、やはりその凄さは卓越した想像力だと思います。他車のライン取りを見て『自分も同じように走ろう』というのではなく、『他車がそう走るなら、自分は違ったラインを走ろう』と考えることができ、それゆえに走りの引き出しをたくさん持っているドライバーです。

 今のF1はERSで回生した電気エネルギーの使い方も攻防の鍵となりますが、テール・トゥ・ノーズのバトルを続けつつ、デプロイメント(回生したエネルギーをどこでどう使うか)も気にしながら戦うことはかなり大変です。それでも、アロンソはペレスにポジションを譲らずバトルを続け、一時は後退しましたが、最後には3位の座を掴み取りました。

 2台の接戦の最中、アロンソは明らかに背後のペレスとは異なったライン、コーナリングでアウト側のラインを走行する場面が多々ありました。インテルラゴスにはバンクのついたコーナーが多く、キャンバー変化が多いコースだからだと思います。キャンバー変化が多いと、コーナー出口でトラクションが抜けてしまう場面もが出てしまうため、接近戦の最中にトラクションを失わないようにすべく、アウト側のラインを取ったのだと思います。

 アロンソはインディ500でオーバルレースの経験があります。オーバルコースでは、イン側にベッタリと付くのではなく、時にアウト側を走ることでステアリングの舵角を少なくし、エンジンの回転数を落とさずスピードを上げるという走り方をします。ロードコースの場合、アウト側のラインを走ると、エンジンの回転数を落としすぎないことに繋がるため、コーナー出口でトラクションをかける際に、タイヤに余計な負担をかけないというメリットにもなります。

 また、インテルラゴスはターン10〜12がキーポイントとなります。ターン10をうまく立ち上がり、ターン11〜12の出口で後続に差をつければ、たとえDRS圏内に入られてもターン1までにはオーバーテイクされない間合いを作ることができます。

 高い想像力を持って、コース上を縦横無尽に使い、走ることができる人は、現役F1ドライバーのなかではアロンソ以外には思いつかないですね。フェルスタッペンに同じことできたかと言えば、正直難しいと思います。アロンソの見せた走りの裏側には、アロンソならではの想像力の高さがあると私は考えています。サンパウロGPでのペレスとの攻防を見て、学びを得る現役F1ドライバーも少なくはないでしょうね。

2023年F1第21戦サンパウロGP フェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)&セルジオ・ペレス(レッドブル)

 さて、2023年シーズンからF1スプリントが新たなフォーマットへと変わり、予選、決勝とは独立したスプリント・シュートアウト、スプリントレースとして全6大会で実施されました。我々見ている側にとっては、このフォーマット導入でスプリントが面白くなったと思いますが、まだまだ改善の余地はあるとも思います。なかにはリバースグリッドなど、いろいろなアイデアも出ているようですね。F1でリバースグリッド導入となるとエンターテイメント性は高くなるかもしれませんが、チャンピオンシップを争うチーム側からすると、決して喜ばしい話ではないでしょう。

 F1スプリントについては、観客を第一とするのか、それともチームを第一とするのか。F1がどちらに舵を切るのかだと思います。それだけに、チームやドライバー、F1、そして観客、それぞれの立場からの意見やアイデアが出ていますが、スプリント・フォーマットもまだ始まったばかりですから、いろいろな意見が出るのは当然です。みんなの意見がどんどん出て、しっかりと話し合った結果、F1がいい方向に進んでいくのだと私は思います。

 そういった意味でも、このような議論がなされるようになったということは、F1にとっては大きなステップなのはなないかと思います。今までは『ルールだから』と、一方通行のスタンスがF1だったと思います。それを変えるためにリバティ・メディアがF1に加わり、いろいろな面でトライ&エラーを繰り返している最中です。

 今後F1がより人気を増して、F1というスポーツが続いていくためにも、スプリントのフォーマットに関する議論も重要な時間なのかなとも思います。それに、このF1の取り組みはF1以外のモータースポーツカテゴリーのレースにとってもヒントになるでしょう。我々日本のモータースポーツ界もそうですが、F1から学ぶことでモータースポーツの見せ方というものを変えていくことに繋がりますからね。

2023年にF1を初開催するラスベガス市街地

 3連戦を経て、次戦はラスベガスGPです。F1初開催、全チームにとっても初めてのストリート・サーキットなだけに、どのチームが速さを発揮するのか、読めない部分が多いです。チームのエンジニアたちにとっても、シミュレーションの技術が進歩した時代とはいえ、手探りの状態でセットアップの正解を探る難しい状況ですので、勢力図どおりにはいかないかもしれないという楽しみもあります。

 デグラデーションか、ストレートスピードか、それともブレーキングのスタビリティか。どこが鍵を握るのかがわからないなかで、セットアップがマッチしたクルマがとんでもなく速いといったシチュエーションも考えられますが、ストレートも長いレイアウトなだけに、レッドブルは依然として速さを見せるでしょう。果たしてどのクルマが上位に来るのか。本当に楽しみですし、予選、決勝の結果を占うためにもFP1から注目です。

【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。2023年はドライバーとしてスーパー耐久シリーズST-TCRクラスへ参戦。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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