【弁護士に聞く】なぜ辞任区長は “違法な選挙”に手を染めた? 「公職選挙法違反」が起きやすい3つの背景

公職選挙法でつまずく原因はどこにあるのか…(heisj _ PIXTA)

東京・江東区長の木村弥生氏が11月15日付で辞職した。選挙期間中に有料ネット広告を利用したことが公職選挙法に違反していた件で、責任を取った形だ。辞職に伴う区長選は、12月10日に行われる。

江東区は汚職事件が続いたこともあり、選挙では「クリーン」をうたっていた。だが、もっとも初歩的といえる部分でつまずき、無念の短期失脚となった。木村氏は衆議院議員時代にネット選挙を管轄する総務省の政務官経験があるものの、「ネット選挙について専門知識を持っていたわけではない」と話していた。

そのネット広告活用について木村氏は、当時副法務大臣だった柿澤未途氏の助言を受けたとしている。その際に、なぜスタッフ等にも違法の可能性を確認しなかったのか。周囲に忠告する人はいなかったのか…。「知識がなかった」のが事実だとしても、基本的な部分だけに、お粗末感は否めない。

なぜ失態を犯したのか…弁護士に聞いた

政治家や議員にまつわる法的トラブルに詳しい三葛 敦志弁護士に、なぜ今回のような失態を犯してしまったのか。考えられる可能性の推察とともに、どうすれば防げたのかを聞いた。

──まず改めて、選挙活動におけるネット有料広告使用の違法性について教えてください。

三葛弁護士:公職選挙法142条の6「インターネット等を利用する方法による候補者の氏名等を表示した有料広告の禁止等」違反が問われています。

同条第1項は、「何人も、その者の行う選挙運動のための公職の候補者の氏名若しくは政党その他の政治団体の名称又はこれらのものが類推されるような事項を表示した広告を、有料で、インターネット等を利用する方法により頒布される文書図画に掲載させることができない。」と定めています。

つまり、選挙期間中に、候補者氏名を表示した広告を、『有料で』、インターネットにより掲載することを禁止しています。本来、インターネットによる選挙運動は、低コストで広範囲に情報提供が可能となることから「カネのかからない選挙」を実現する一つの手段ですが、有料広告を認めると広告の利用が過熱し、「カネのかかる選挙」につながるおそれがあるため、規制されているのです。

──「有料で」という文言があります。今回、料金を払ってネット広告を活用する時点で陣営は何も疑わなかったのでしょうか…。

三葛弁護士:一般論になりますが、気づくことのできるタイミングはいくつかあったはずです。 発案時、陣営内で共有したとき、外部に依頼するとき、実行するとき等のそれぞれのタイミングで、選挙関係者は「事前運動」「金銭絡み」「制度改正」「最近の注目事案」等から意識的にせよ無意識的にせよ、チェックをしているはずです。

──いくつかのポイントがあったはずなのになぜ?

三葛弁護士:それまでの成功体験から確認せずに問題ないとしてしまうこと、発案者が反論しにくい立場の人であること、誰かがチェックしているだろうと思ってしまうこと、他に大事なこと(明日の選挙運動のスケジュール等)があるから後回しにしようと考えること等がそれを妨げてしまうことが考えられます。

──多くは一般企業で起こる不祥事にも通じるような、より慎重さが求められる部分です。

三葛弁護士:公職選挙法についていえば、違反が起きる背景として大きく次の3つが考えられます。①厳しい選挙であること②成功体験の危険性③チェックする者の不在です。

ときにそれらは見過ごされているため、小さな問題のうちに対応しておけば防げたのに、致命的となってしまい、その状況すら後手に回るということで取り返しのつかないトラブルとなります。

例えば①は、事前の下馬評が接戦だとすれば、法令違反も辞さないという誘惑は常にあります。②はある意味では一番怖いかもしれません。これまで問題なくやってきた場合に、「今回も行ける」と歯止めが利きづらくなってしまうわけです。

──③のチェック者不在というようなことはあるのでしょうか?

三葛弁護士:陣営に、「公選法違反のチェックや対応」だけをする専門の担当者が位置付けられることはまずありません。チェックする場合も、問い合わせ先は外部であることも多く(所属政党や団体の顧問弁護士・法律問題の担当者、問い合わせ先としての総務省や各自治体の選挙管理委員会事務局等)、選挙のような時間との戦いの場合には、おろそかになりがちです。その結果、事後チェックですませよう、つじつまを合わせよう、という発想になりがちです。

しかし、この感覚が明らかに間違いであることがここのところ明らかになりつつあります。選挙実務者の感覚として、「“遊び”の部分があると思ったらなかった」と言えば、背筋が凍る思いをする選挙関係者は少なくないでしょう。

──はたから見るよりも当事者の方が、慣れもあって感覚的に「緩い」ということは得てしてあるものです。

三葛弁護士:選挙戦のただ中は時間との勝負の側面もありますから、目の前の課題でなければ対応が後手に回ってしまう可能性はあるかもしれません。だからといって、「なんとかなるだろう」と考えていいわけではもちろんありません。

──どうすれば回避できたのでしょうか。

三葛弁護士:一般論になりますが、経験のある担当者を置くことがまずは重要です。風通しをよくして情報が滞ることが無いようにし、リスクを軽く見ない姿勢を陣営で共有し、後でつじつまを合わせればいいと甘く考えないことです。

加えて、今回問題となったネット広告のように、特に新しい取り組みについては、よくよくチェックする必要があることはいうまでもありません。下手に公的機関等に確認してダメ出しされてしまうとできなくなってしまう、という感覚から法的リスクを確認しないまま強行してしまうなど言語道断です。

後悔先に立たず…。木村氏は違法発覚後の会見で、動画が公開された際に「警察や選管から指摘や注意はなかった」と訴えたが、そうした他力に見える姿勢もあだになった可能性はある。

十分すぎる準備と対策。選挙に出ると決めたなら、そこまでして初めて、違法リスクから逃れられる。それくらいに脇を締めるしか、「クリーン」は保てないと心得るのが賢明といえそうだ。

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