倉敷アブレイズ ~ 倉敷市水島から誕生した初の女子プロバレーボールチーム Vリーグ昇格への道のり

子どもの頃や学生時代に部活や習い事などのスポーツに真剣に取り組み、将来はプロのスポーツ選手になりたいと思っていた人もいるかもしれません。

しかし学校を卒業してから、スポーツを続けていく人は少ないように思います。

仕事が忙しいから、プレーする場所がないから、一緒にプレーする仲間がいないから。

さまざまな理由があると思いますが、卒業してもスポーツに本気で取り組んでいきたいと、心の中では思っている人がいるかもしれません。

そんな大好きなスポーツを続けたい子どもたちの受け皿をつくろうと倉敷市水島で、女子バレーボールチームを立ち上げた人がいます。

倉敷アブレイズ監督 鈴木秀生すずき ひでお)さんです。

鈴木さんが女子バレーボールチームを立ち上げようと思ったきっかけや、倉敷アブレイズがどんなチームを目指しているのかを紹介していきます。

倉敷アブレイズとは

倉敷アブレイズは、岡山県倉敷市水島本拠地として活動をしているプロの女子バレーボールチームです。

2019年に誕生し、実業団リーグに所属していました。

2022年10月に、行政との連携や競技成績などの厳しい基準をクリアし、「S3ライセンス」を取得。

念願だった最高峰Vリーグ、プロの世界に足を踏み入れ、2023年11月から開催される「2023-24 V.LEAGUE DIVISION3」の大会に初参戦します。

名前の由来

写真提供:倉敷アブレイズ 倉敷アブレイズのエンブレム

チーム名の倉敷アブレイズのアブレイズは「情熱」という意味です。

またエンブレムは赤色で「」がついています。

バレーボールに対して誰よりも情熱をもって、大化けするチームになっていきたいという想いが込められています。

倉敷アブレイズの監督について

倉敷アブレイズ 監督 鈴木秀生さん

倉敷アブレイズの監督は、鈴木秀生(すずき ひでお)さんです。

鈴木さんは奈良県出身で、学生時代はインターハイを目指し、バレーボールに打ち込んでいました。

しかし仕事の関係で、一旦バレーボールを辞めて倉敷に移住してきたそうです。

そして鈴木さんが20歳のときに「秀栄システムテクノ株式会社」を設立。

現在は、倉敷アブレイズ監督建設業代表という二つの職業を両立し、選手のため地域のためにチャレンジし続けています。

倉敷アブレイズ選手の雇用について

倉敷アブレイズの選手は、コーチも含め、すべて鈴木さんの会社で雇用しています。

しかし鈴木さんの会社は、建築関係の仕事なので選手を現場に連れて行くわけにはいきません。

そこで選手たちは、倉敷アブレイズのジョブパートナーとして契約した企業の会社で働いています。

一般事務や、老人ホーム、幼稚園、スポーツインストラクターなどのさまざまな派遣先で仕事をしているそうです。

選手たちが引退してからも、社会人としてさまざまな仕事かできるようにセカンドキャリアとしての経験も兼ねています。

選手たちは昼間会社員として仕事をし、仕事を終えてから、毎日バレーボールの練習をする日々を送っています。

選手の特徴

仕事を終えてから練習に励む選手たち

倉敷アブレイズの選手たちは、小学生の頃からバレーボール一筋で練習をし、バレーボールが強い高校や大学に通っていた選手がほとんどです。

しかし学生時代に活躍した有名な選手はいません。

そのため人一倍負けん気が強く、闘争心を燃やしながら毎日練習に励んでいます。

地域での社会貢献活動

写真提供:倉敷アブレイズ 倉敷三斎市でのようす

倉敷アブレイズは、地域での社会貢献活動に力を入れています。

イベントや地域の行事などで、ユニフォームを着た選手たちを見かけた人もいるかもしれません。

これまでの倉敷アブレイズの社会貢献活動の一部を紹介します。

倉敷アブレイズの地域での社会貢献活動

  • 臨鉄ガーデン(現アブレイズガーデン水島)
  • フードバンク活動
  • 水島クリーン作戦
  • 水島朝市
  • バレーボールフェスティバル
  • 水島花いっぱい運動
  • スポーツ教室
  • 農業支援
  • 清掃活動
  • 外国人共生イベント
  • 幼児スポーツ教室

地域の人たちに愛されるチームとなるよう選手全員で参加しています。

選手たちと話をすると、皆さん笑顔が素敵で明るく、とても礼儀正しい印象を受けました。

イベントなどで見かけたら、ぜひ声をかけて応援してあげてくださいね。

倉敷アブレイズの国際交流

写真提供: 倉敷アブレイズ フィリピンで優勝したときのようす

鈴木監督がフィリピンでバレーボールの指導をしていた関係で、フィリピンのトップリークでの試合に招待されました。

何万人もの観客が入る試合を選手たちは初めて経験。

フィリピンの観客たちの声援で、自分たちの声もかき消されるなか、奇跡的優勝を勝ち取ったそうです。

最終的には、観客の半分以上が日本の倉敷アブレイズを応援していました。

フィリピンの監督やコーチからは、「平均身長が170cmしかないのに、180cmもある私たちのチームにどうして勝てるのか教えてほしい」との問い合わせや指導の依頼が続々と入ってきているそうです。

これからフィリピンとの交流も活発におこなっていくことでしょう。

Vリーグ参入

写真提供:倉敷アブレイズ Vリーグ参戦

そして、2023年11月から開催される「2023-24 V.LEAGUE DIVISION3」Vリーグの大会に初めて参戦します。

2023年12月2日3日水島緑地福田公園体育館にてホームゲームを開催します。

倉敷市民のかたがたにたくさん応援にきていただきたいと、なんとこの試合のチケットは無料

倉敷市民として、ぜひ応援にいきたいですね。

倉敷で女子のプロバレーボールチームを作りたいと、チーム専属の体育館を自社・個人双方で負担してまで建てた監督 鈴木秀生さんにお話を聞いてきました。

倉敷アブレイズ 監督 鈴木 秀生さんにインタビュー

これからVリーグに参戦し、活躍が期待される倉敷アブレイズ

倉敷で初の女子プロバレーボールチームを作った監督 鈴木秀生さんにお話をお伺いしました。

倉敷アブレイズ監督 鈴木秀生さん

倉敷アブレイズが誕生した経緯

──どうして倉敷でバレーボールチームを作ろうと思ったのですか。

鈴木(敬称略)──

バレーボールを辞めて奈良から倉敷に移住してきたのですが、仕事をしながらもやっぱりバレーボールが好きで、子どもたちにバレーボールを教えていました。

学生を指導する機会が増えると、「この選手は伸びるな」とか「この選手はポテンシャルが高いな」と思う選手がたくさんいました。

その子たちに「学校を卒業したらどうするの?」と聞くと、「家庭の状況が厳しいから辞める」とか、「働きながらバレーボールをする場所がないから辞める」といった声を多く聞いたのです。

そして「私がもしチームを作ったらどう思う?」と学生に聞いたところ、「ありがたい、本当に作ってほしい」と切実に言われたのです。

バレーボールチーム設立のために

──そうだったんですね。それでチームを作ろうと決心されたのですか。

鈴木──

私もチームを作りたいという気持ちをずっともっていて、社会人のクラブチームを作ってみたり、ママさんバレーボールの監督をしてみたり、いろいろ経験しました。

そして、プロのチームを作るぞと意志を固めたときに、チームを作るうえで何が一番必要なのか考えました。

練習する体育館が必要だと。

どこのチームもそうなのですが、学校や市の体育館を借りるために、空いている時間を確保することに頭を悩ませます。

その状況をよくわかっているので、まずチームの練習場所を作ることが必要だと考え、2018年に水島の南畝にチーム専属の体育館を建設しました。

倉敷アブレイズ 専用体育館

ついにチーム結成

──体育館を建ててしまうとは、すごいですね。それから選手を集めたのですか。

鈴木──

はい、それからトライアウト(入団テスト)をして7名の選手を受け入れました。

いい選手がいると聞けば、全国にあいさつに回りスカウトに行きました。

それから厳しい練習を積み重ね、実業団時代には全国で3位、西日本ではチャンピオンにまでなったのです。

そしてさまざまな条件をクリアし、「S3ライセンス」を取得して、夢だった最高峰のプロのVリーグに参戦できたのです。

地域での社会貢献活動

──そうでしたか。並ならぬ苦労をされて、夢がかなったのですね。現在は、地域での社会貢献活動に力を入れているようですね。

写真提供:倉敷アブレイズ 稲刈りの手伝いをする倉敷アブレイズの選手たち

鈴木──

私たちは、まだ始まったばかりのチームです。

まずは、地域の人たちにチームのことを知ってもらいたいと思っています。

選手たちが身近な存在にならないと興味をもってもらえません。

地域の人たちと接して、選手のひととなりにふれてもらい、ファンになってもらう。

地元の人たちに愛されるチームや選手になってほしいと願っています。

フィリピンでの貢献活動

写真提供:倉敷アブレイズ フィリピンでの社会活動

──フィリピンでも活躍されていると聞きましたが、倉敷アブレイズのファンがとても多いそうですね。

鈴木──

私がフィリピンの学校で指導したことがきっかけで、フィリピンのトップリーグでの試合に招待されたのです。

倉敷アブレイズが奇跡的にその試合で優勝したので、ファンが増えたと思います。

優勝の御礼がしたいと、フィリピンの貧困地域の「スモーキーマウンテン」に赴き、子どもたちにお菓子や文房具をプレゼントしました。

そこは現地の人でも行かない場所だったので、驚かれ称賛されたのかもしれません。

ただ私たちは、本当に素直に御礼がしたかっただけで、これからもその地域に出向いて、ボランティア活動をしたいと思っています。

スモーキーマウンテンとは

フィリピンのマニラ市にある貧困地域の一つ。人々は山になっているごみの中から廃棄物を収集し、リサイクルなどで生計を立てている。満足に食事がとれず、貧しい環境で生活をしている子どもたちが多い。

今後の目標

──今後やっていきたいことや目標はありますか。

鈴木──

Vリーグの組織が来年(2024年)から新リーグに変わります。

新しくなってももちろんVリーグに所属し、目標はリーグ優勝です。

そのほかのいろいろな大会、国体やフィリピンでの大会にも挑戦し、倉敷を代表するチームとして活躍していきます。

倉敷でもホームゲームがあるので、たくさんの人々が観戦しに訪れ、倉敷を知ってもらい、応援してもらえるチームになりたいと思っています。

そのためには、地域活動に積極的に参加し、チームや選手のことを知ってもらい、熱い想いを共有し、皆さんに応援してもらいながらリーグ優勝までもっていきたいと思います。

おわりに

左から 大島杏花(おおしま きょうか)選手 矢野ゆきの(やの ゆきの)選手 藤原澪奈(ふじわら れいな)選手 

鈴木さんは、選手たちを迎え入れる時点で、まず選手たちの保護者に心配をかけてはいけないと思ったそうです。

自分の会社で社員として雇用し、バレーボールを続けながらも社会人として通用するようなしくみを作り、保護者のかたがたに安心してもらえる環境を整えていました。

また生活の面では、選手たちが住む寮を完備し、1人暮らしだと思うように食事がとれないだろうと、栄養を考えた夜ご飯を提供しています。

選手たちのことを一番に考え、選手たちがバレーボールに集中できるような環境作りを徹底しているからこそ、選手たちも厳しい練習に耐え勝利を勝ち取れるのでしょう。

「私は一部の人だけではなく、地域の子どもたちみんながバレーボールを好きになって、強くなっていってほしい」

と鈴木さんは言います。

倉敷から誕生した初の女子プロバレーボールチームは、スポーツを頑張っていきたい子どもたちに、勇気と感動を与えてくれるチームになっていくことでしょう。

筆者も取材を通して倉敷アブレイズを深く知り、魅力的なチームや選手に出会い、パワーをもらいました。

これからも倉敷一市民として倉敷アブレイズを応援していきます。

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