「新幹線のお医者さん」のドクターイエロー、現行車両でその活躍にいよいよ幕? 2020年代後半で引退と考える3つの理由「鉄道なにコレ!?」【第52回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

ドクターイエロー923形のJR西日本が所有するT5編成=2020年4月26日、福岡市(筆者撮影)

 「新幹線のお医者さん」に当たる東海道・山陽新幹線の検査用車両「ドクターイエロー」。走るダイヤを公開していないため、鉄道ファンでなくても見かけた人が「ラッキーだ」とスマートフォンやカメラで撮影することも多い「人気者」だ。だが、筆者は3つの理由から現行車両が2020年代後半に引退し、ドクターイエローはその活躍に幕を下ろすと予想している。(共同通信=大塚圭一郎)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast【きくリポ】」を検索してお聴きください。

北陸新幹線開通前に軽井沢―長野間で試験走行する「ドクターイエロー」925形=1997年5月7日、長野県軽井沢町

 【ドクターイエロー】東京駅と博多駅(福岡市)を結ぶ東海道・山陽新幹線で使われている検査用車両で、高速で走りながら架線や線路、電気設備などの状態を調べている。関係筋によるとだいたい10日に1回の割合で東京―博多間を2日間で往復している。黄色い塗装が採用されたのは、もともと保守や工事に使う車両は営業用列車が走らない深夜に出動することが多いため、目立たせるために黄色く塗装する伝統が引き継がれたとされる。

 ▽700系がベース
  東京駅と新大阪駅(大阪市)を結ぶ東海道新幹線が1964年に開業して以来、新幹線では60年近くにわたって鉄道会社側に責任のある乗車中の旅客死亡事故が起きていない。東海道・山陽新幹線で安全運行を支える〝縁の下の力持ち〟となっているのがドクターイエローだ。
  現行車両は先頭がカモノハシのようになった700系がベースの923形で、1編成に7両を連結している。営業列車と同じように運転士と車掌が乗っているほか、線路と電気設備がそれぞれ専門の技術者も乗車している。もしも問題点があれば指令室に連絡して対応している。
  東海道新幹線を運行するJR東海に所属するT4編成が2001年、山陽新幹線(新大阪―博多間)を担うJR西日本が持つT5編成が05年からそれぞれ使用。新幹線用車両は「高速運転で、走る距離も長いため在来線に比べて車体が劣化しやすい」(JR関係者)とされ、旅客用車両では300系が登場から20年後の2012年に引退している。
  筆者は登場から22年余りがたつ現行車両923形が2020年代後半に全て引退し、費用がかさむ次期ドクターイエローは造らないと予想している。3つの理由を挙げたい。

ドクターイエロー923形のJR東海が所有するT4編成=2012年7月12日、東京都港区(筆者撮影)

 ▽理由1:営業用車両が〝ドクターイエロー化〟
 1つ目の理由に関連した質問を、本連載「鉄道なにコレ!?」Podcast版を聴いてくれている社内の同僚から受け取った。
 「会社(東京・汐留の共同通信本社)から東海道新幹線が見えるのですが、この間、N700系のぞみのパンタグラフの根元に白いライトが付いているのを見かけました。駅や町中で横から見る時には気付かなかったのですが、上から天井を見えたので気付きました。同じ型式でも、他の車両にはついていないようなのですが、ご存じでしたら教えてください」
 同僚が目撃したこの装備は、N700系の試作編成に取り付けられており、屋根にあるパンタグラフのすり板が架線にスムーズに当たっているのかなどの動作状態を確認するためのライトだ。N700系向けに開発されたパンタグラフの状況を確認するために脇にあるカメラで状態を撮影しており、よく見えるようにライトで照らすようにした。
 ドクターイエローのように線路や架線などの状態を検査できる機能は、N700Sの営業用車両の一部編成も備えている。これらの編成では12号車のパンタグラフ脇には架線の摩耗や高さといった状態を確認するシステムを搭載している。
 このシステムがN700系の試作編成と異なるのは、赤外線照射光を架線に当て、返ってくる赤外線反射光を受けてカメラで計測しているため、上から見ても「光っていることが分かる状態ではない」(JR東海)という点だ。
 他に線路の形状や線路間の幅、高低差、線路に流れている自動列車制御装置(ATC)の信号なども計測できる。検査が軌道に乗って〝ドクターイエロー化〟すればドクターイエローのレゾンデートル(存在意義)が薄れ、引退させる理由の1つになるだろう。

JR九州が運行する九州新幹線の800系=2019年4月16日、福岡県那珂川市(筆者撮影)

 ▽理由2:ドクターイエローが〝足手まとい〟にも
 JR東海は2019年8月、N700Sの一部編成に検査機能を導入するのはドクターイエローに加えて「より高頻度に設備の状態把握を行い、タイムリーに保守作業を行えるようにするため」と説明していた。
 裏を返せば営業用車両を使えば「より高頻度に」線路や架線などの状態を検査でき、調べた結果を反映して「タイムリーに保守作業を行える」利点が生じることになる。
 実際、JR九州が運行する九州新幹線(博多―鹿児島中央間)と、武雄温泉駅(佐賀県武雄市)と長崎駅の間で22年9月に部分開業した西九州新幹線では検査専用車両を導入せずに安全安定運行を実現している。
  一方でドクターイエローの運行は、新幹線の高速・多頻度運転の〝足手まとい〟になる恐れもある。それが現行車両を引退させると考えている2つ目の理由だ。
 ドクターイエローの最高時速が270キロと、東海道新幹線の営業用車両の最高時速285キロより遅い。さらに差が開くのは最高時速が300キロに達する山陽新幹線で、現在は主に「こだま」で運用しているひかりレールスター700系の最高時速285キロよりも遅い。
 JR西日本に尋ねたところ「各駅間を走行する際の運転時分はドクターイエローの方が(他の営業列車より)長いのが現状だ。検測などのためドクターイエローが走行する際は、後続の他の営業列車が追い付かないようあらかじめダイヤの調整を行うなど運用上の工夫を実施している」との回答だった。
 もしもN700Sの一部編成が運用中に円滑な検査ができるようになれば、「運用上の工夫」の手間が省けるようになる。

JR西日本のひかりレールスター700系=2019年8月11日、岡山県倉敷市(筆者撮影)

 ▽理由3:ひかりレールスターの退役が影響も
 ドクターイエローの現行車両923形が引退すると考えている最後の理由は、JR西日本が営業用車両では次にひかりレールスター700系を全て退役させる計画だからだ。車両整備や部品管理を効率化させるため、同じく700系がベースのドクターイエローの引退を併せて検討してもおかしくない。
 ただし、少なくともJR西日本が抱えるドクターイエローのT5編成は2020年代後半までは運用する見通しだ。
 JR西日本が運用中の最も古い新幹線車両は500系だが、山陽新幹線の最高時速300キロで運転することが可能だ。そこで500系より新しいものの、最高時速が285キロにとどまるひかりレールスター700系を「先に引退させることを計画している」(関係者)という。
 鉄道車両は「人間ドック」に当たる大がかりな検査である全般検査を通さずに廃車にする場合が多い。T5編成は直近では2020年1月に全般検査を終えており、JR西日本は「全般検査の周期と定めている120万キロまたは36カ月以内に次期全般検査を実施する予定だ」と明らかにした。よって2020年代後半までは運用する計算になる。

JR西日本が山陽新幹線で運行する500系=2019年4月16日、福岡市(筆者撮影)
JR西日本が所有するドクターイエローのT5編成(右)=2012年6月8日、東京都港区(筆者撮影)

 ▽聞こえてこない後継車両の開発情報
  ドクターイエローが現行車両の923形で終了すると筆者が予想しているのは、N700Sの営業用車両の一部編成に検査機能を設けて〝ドクターイエロー化〟する動きに加え、次期車両を開発しているという情報を「聞いたことがない」とJR東海、西日本双方の関係者が口をそろえているためだ。
 もちろん〝極秘プロジェクト〟として水面下で進められており、限られたごく一部のメンバーしか関知していない可能性も否定できない。だが、営業用車両で信頼性の高い検査態勢を確立できればドクターイエローの必要性がなくなる。
 ドクターイエローの去就について尋ねたところ、JR東海広報部は「ドクターイエローのこの先の計画については、現在のところ決めたものはございません」と回答した。
 JR西日本コーポレートコミュニケーション部は「現時点で923形(当社所属)の今後の運用及び後継車について、お知らせできることはありません」とコメントした。「後継車」という表現が気になったものの、検査機能を設けた営業用車両を「後継車」と捉えることもできる。
 新幹線の線路上で利用者を運びながら“健康診断”もする新風が吹く中で、ドクターイエローには「ひかりレールスター700系と共に去りぬ」という退場劇が待ち受けているのかもしれない―。

走行中のドクターイエロー車内で、検査結果をチェックする検査員ら=2015年1月27日(モニター画面をモザイク加工しています)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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