藤枝MYFC、J2初年度で12位!“蹴球都市”を魅了した須藤大輔監督の「超攻撃的エンターテイメントサッカー」に迫る。

藤枝MYFCがJ2昇格1年目を12位で終えた。

11月12日に藤枝総合運動公園サッカー場で行われた明治安田生命J2リーグ第42節・いわきFC戦。13分に先制を許した藤枝は、前半のうちに退場者が出るアクシデントもあり、なかなかリズムをつかめず。ビルドアップのミスを突かれた失点も響き、2-4で敗戦。今季最終戦を勝利で飾れなかった。

目標とするJ1昇格プレーオフ進出には手が届かなかったが、超攻撃的スタイルを貫きながら、試行錯誤を繰り返した実りある1年だった。

クラブと須藤大輔監督が標榜する“超攻撃的エンターテイメントサッカー”とはどのようなモノか。そして、来季にJ1昇格を達成するために必要なコトは何か。蹴球都市として知られる藤枝の地域性にも触れつつ迫った。

直近5試合の基本システム

まずは、直近のリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。

守護神は鋭い反応と足元の技術が光る北村海チディで、3バックは右から東福岡高時代の背番号である5番を背負う小笠原佳祐、守備の要・川島將、貴重な左利きのセンターバックである鈴木翔太の3人。

小笠原と鈴木が出場停止だった第40節・水戸ホーリーホック戦では、中川創が右ストッパー、山原康太郎が左ストッパーで先発出場。穴を埋める活躍で完封勝利に貢献した。

ダブルボランチは、「チームの潤滑油」を自身のプレーの特長に挙げる水野泰輔と正確な左足を武器とする西矢健人のコンビ。献身的な動きで下支えする新井泰貴、来季からの加入が内定している浅倉廉(今季は特別指定選手としてプレー)も存在感を示した。

攻守のカギを握るウィングバックは右が久富良輔、左は榎本啓吾が絶対的な存在として君臨。特に榎本は今季チームトップの出場時間を記録するなど、指揮官の信頼が厚い選手のひとりだ。

攻撃をリードする2シャドーは、右がフィジカルを生かしてターゲットになるアンデルソン、左が攻撃スキル全般に秀でる横山暁之がファーストチョイス。

第40節・水戸戦でのゴラッソが記憶に新しい中川風希、負傷離脱から帰ってきた大曽根広汰のほか、ウィングバックの榎本も後半途中からこのポジションで起用された。

1トップはディフェンスライン裏への抜け出しを得意とする矢村健が新エースに。8月に名古屋グランパスから獲得したレオナルドは思うように出番を得られず、最終的な序列は2番手だった。

“蹴球都市”藤枝のサッカー熱と超攻撃的スタイル

藤枝MYFCがホームタウンとする静岡県藤枝市は、サッカー熱が非常に高い地域だ。藤枝市の公式サイトには「サッカーのまちPRサイト」という特設ページが存在しており、「藤枝の歴史は、サッカーの歴史だ」というキャッチコピーが掲げられている。

また、市内には中山雅史、山田暢久、長谷部誠、山田大記ら名選手を輩出した名門・藤枝東高校があるが、特に有名なのが藤枝市出身のスーパースター・名波浩(現・日本代表コーチ/以下名波氏)にまつわるエピソードだろう。

名波氏は2001年11月に刊行された著書『NANAMI 終わりなき旅』(幻冬舎)の中で、「生まれ育ったのは藤枝という町で、サッカーの町として名が通っている。当時も今もそうなのだが、一般的な図式としてはサッカー=静岡=清水というものがある。藤枝は常に清水に対抗する立場でライバル関係にある。(中略)静岡、その中でもやはり清水、藤枝という町はサッカーに関しては異常だというのをよく耳にする」(p.37)と藤枝のサッカー熱について触れている。そして、非常に興味深いのが、高校進学時の裏話だ。

「(前略)結果的に清水市立商業高校に入ることになったのだが、決定するまでには紆余曲折があった。僕は静岡学園や東海大一高の誘いを断り、地元の藤枝の高校に入るつもりでいた。(中略)ところが、実際にまわりの人間に聞いてみると、中学の時に県選抜だった選手はみな清商に行くらしい。サッカープレイヤーとして考えた時、相当悩んでしまった。そんな時、清商のサッカー部の監督から誘いを受けた。大瀧監督だ。(中略)藤枝市と清水市はライバル関係にあったため、周囲からの猛反発があった。これまでの恩、義理を捨てて行くのかとまで言われた。裏切り行為という人もいた」(p.58~59)

後に名波氏本人がサイソンKAZUYA氏のYouTubeチャンネルに出演した際に、この件の詳細を語っており、清商の試験当日に「名波を電車に乗せるな」という伝説のフレーズが生まれたほどだという(上記動画3分30秒から)。

このように、藤枝市と清水市のライバル関係は凄まじいものがあるが、今季はJ2の舞台でクラブ同士の熱い対決が繰り広げられた。そう、藤枝MYFC vs 清水エスパルスである。

第15節の第1ラウンドは、清水が5-0と藤枝を圧倒。だが、サポーターが「蹴球都市の誇り」という横断幕を掲げる藤枝もこのままでは終われない。第37節の第2ラウンドでは、J1昇格争いを展開する清水に2-0と会心の勝利。見事リベンジに成功した。(※ハイライトは下気動画1分28秒から)

ここまで述べてきた通り、藤枝は町全体のサッカー熱が非常に高い。その分、クラブを率いる監督にも独特のプレッシャーがあるはずだが、就任3年目となる須藤大輔監督の姿勢は一貫している。

指揮官が“超攻撃的エンターテイメントサッカー”と表現するスタイルについて、次のセクションで詳しく述べていきたい。

須藤監督の“超攻撃的スタイル”と守備の試行錯誤

2010年に当時東海1部リーグに所属していた藤枝MYFCで現役を引退し、2021年7月からトップチームの指揮を執る須藤大輔監督は、“超”がつく攻撃的スタイルを標榜する。

攻撃面では、3バック+ゴールキーパー(以下GK)を中心とした丁寧なビルドアップから崩す形を志向する。特にGKの位置取りは高く、時にリベロの川島將と同じ高さまでポジションを上げて、ビルドアップに参加。GKが事実上のフィールドプレーヤーとして振る舞う。

攻撃に幅と厚みをもたらす両ウィングバック(以下WB)がカギを握るのも大きな特徴だ。WBはタッチライン付近にポジションを取り、攻撃の選択肢を増やすべく“幅”を取る。

また、片方のWBがボールを持った際は、逆サイドのWBがペナルティーエリア内へ侵入し、フィニッシュに絡んでいく。加えて、左WBの榎本によるカットインからのシュートも効果的である。

このように“実質5トップ”で崩す藤枝において、WBが担う役割は大きい。事実、右WBで攻撃のキーマンとなっていた久保藤次郎は、その働きぶりが評価されて今年7月に名古屋グランパスへ完全移籍。中学時代を過ごした“古巣”へと活躍の場を移している。

須藤監督が理想とするのは、“超攻撃的エンターテイメントサッカー”と表現するスタイルだ。これは、自分たちが攻め続けて試合の主導権を握り続ける究極の形と言えよう

だが、攻撃に振り切った代償と言うべきか、守備では脆さを見せる。今季の72失点はリーグワースト。4失点または5失点で敗れたゲームが計7試合あった通り、失点が続くと止まらないのが課題だ。

課題の克服に関しては、第34節・ロアッソ熊本戦で須藤監督が動いた。守備時は<5-4-1>のコンパクトブロックをミドルサードに構築し、攻撃では代名詞のビルドアップを封印。ロングボールを軸とした戦い方にシフトチェンジしたのだ。

狙い通りの戦い方がハマり連敗を4で止めると、ここから守備的アプローチが機能する。第35~37節はFC町田ゼルビア、東京ヴェルディ、清水エスパルスと上位陣との連戦となったが、1勝2分(3試合で失点2)と無敗で乗り切った。

守備に手ごたえを感じた指揮官は、第38節のV・ファーレン長崎戦でビルドアップを大々的に復活させ、ロングボールも織り交ぜる形を採用。だが、5失点の大敗を喫したことにより、攻撃と守備のバランスをどう取るかという試行錯誤が続くことになる。

ラスト5試合でもっとも理想的だったのが、順延分の第32節・ザスパクサツ群馬戦だ。攻撃ではビルドアップを軸に、リスク回避のロングボールを引き続き織り交ぜ、守備では指揮官の言う「ミドルブロック」とハイプレスを戦況に応じて巧みに使い分ける。5-1と結果も両立し、来シーズンの指針となる試合だった。

攻撃と守備の折り合いがつけば、来季は“台風の目”に!

冒頭で触れた通り、J2昇格1年目を12位で終えた藤枝MYFC。

須藤大輔監督が掲げる“超攻撃的エンターテイメントサッカー”を理想としながらも、課題の守備を克服するアプローチで攻撃と守備の折り合いをつける――。目標とするJ1昇格プレーオフ進出には手が届かなかったが、実りある1年だったと言えるだろう。

来季に向けて気になるのは、今オフの引き抜きだ。今季途中に絶対的エース・渡邉りょうがセレッソ大阪へ、攻撃のキーマン・久保藤次郎が名古屋グランパスへ移籍。

彼らに続き、パス&ドリブルで違いを作る10番・横山暁之、左サイドでキレのある動きを見せる榎本啓吾に食指が伸びても不思議はない。

今オフ以降も主力選手の引き抜きがあるかもしれないが、“超攻撃的スタイル”を前面に押し出すクラブの戦略は、スカウティングで有利に働くはずだ。仮に主力が移籍しても、目指すスタイルが明確なため、獲得する選手の具体的なイメージを描きやすいからだ。

また、“超攻撃的スタイル”はフットボーラーの本能をくすぐる効果もある。パスをつないで崩すスタイルはやはり楽しいもので、幼少期から“無双”してきてプロ入りした選手たちにとって、魅力的に映るだろう。

事実、クラブ公式サイトのプロフィール欄で「藤枝MYFCへの加入を決めたきっかけ」という質問に対し、多くの選手が魅力を口にしている。

「須藤さんのサッカーに魅力を感じて」(水野泰輔)
「オファーをいただけて、攻撃的で魅力的なサッカーをするから」(西矢健人)
「魅力的な攻撃サッカー」(浅倉廉)
「超攻撃的サッカーに惹かれた」(矢村健)

「藤枝MYFC=超攻撃的スタイル」という図式が浸透した今、藤枝でプレーしたい選手から売り込みがある可能性も考えられるはずだ。その意味で、今オフの移籍動向は要注目である。

なお、クラブは11月2日に須藤監督の2024シーズン続投を発表した。監督自身も引き抜きの可能性があっただけに、このニュースは朗報である。

「攻守のバランスを整え、J1昇格プレーオフ進出を達成すること」が須藤監督のミッションになるが、「攻撃に傾き過ぎた意識を守備に向けて、攻守のバランスを整える」という流れは躍進を予感させる。

上記の例として真っ先に思い浮かぶのが、2012シーズンから黄金時代を築いたサンフレッチェ広島だ。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の攻撃サッカーを受け継いだ森保一監督が、守備のエッセンスを注入。監督就任からの4シーズンで3度J1を制した。

また、2017シーズンからJ1を席巻した川崎フロンターレも同様のパターンである。風間八宏監督の攻撃スタイルをベースに、鬼木達監督が守備力を向上させた川崎は圧倒的なチーム力で数々のタイトルを獲得していった。

上記はいずれも監督交代によって起きた変化だが、藤枝の場合は須藤監督ひとりで実現しようとしている点が大変興味深い。とはいえ、今季最終戦の第42節・いわきFC戦では、退場者を出したことも響いて4失点。課題の克服は一筋縄ではいかないだろう。

だが、仮に「攻守のバランスを整える」ことに成功すれば、来シーズンは“台風の目”になる可能性も十分ある。

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思えば、今シーズンのJ2を制したFC町田ゼルビアは昨季、15位に沈んでいた。町田は黒田剛監督の招聘がトリガーとなったが、藤枝は攻守のバランス調整がきっかけとなり得る。

須藤監督が理想と現実の折り合いをつけた先に、想像を超えた快進撃が待っているかもしれない。

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