ちょっと泣きそう…【高橋幸宏2枚組ベスト】選曲が鈴木慶一でリマスタリングは砂原良徳  ボーカリストとしても唯一無二だった高橋幸宏の歌声にも浸って欲しい

高橋幸宏がどんなふうに時代と向き合い、あるいは時代の先を行ったか

2023年は、本来なら「YMO結成45周年& “散開” 40周年」のメモリアルイヤーになるはずだった。まさか「高橋幸宏と坂本龍一が共に逝った年」になってしまうとは……。その2023年も終わりに向かう11月15日、幸宏のソロ作品を集めたベスト盤がリリースされた。『THE BEST OF YUKIHIRO TAKAHASHI[EMI YEARS 1988-2013]』(ユニバーサル・ミュージック)。タイトルどおり、EMI在籍時の1988年から2013年までの26年間に、幸宏がどんなふうに時代と向き合い、あるいは時代の先を行ったかがよくわかるベスト盤だ。

ただ幸宏の場合、存命中に創りあげた音楽は本当に幅が広く、ベスト盤の選曲が困難なアーティストだ。誰がどう選ぼうが「なんであの曲が入ってないんだ?」と横ヤリが入ることは確実だからだ。

しかし選曲者を見てニヤリ。鈴木慶一である。1981 年、幸宏が結成したユニットTHE BEATNIKSでパートナーを務め、作詞家としても幸宏作品に多数参加。まさに「ウマの合う相方」だった盟友が選ぶなら納得、という方も多いのでは。さらにリマスターは、幸宏が2014年に結成したMETAFIVEのメンバー・砂原良徳が担当。ミュージシャン・高橋幸宏を心から愛し、音楽人生を共有した2人によるこのベスト盤。「どの曲を選んで、どんな音にしてくれたのよ?」と微笑む幸宏の顔が浮かぶようだ。

幸宏はEMI在籍時(CONSIPIO RECORDS時代含む)13作のオリジナルアルバムと、セルフカバーアルバムを1枚発表している。今回のベスト盤は、幸宏が音楽を担当した映画『ガクの冒険』のサントラ盤を含め、計15作のアルバムからチョイスした全36曲収録の2枚組だ。これ、選ぶの大変だったろうなぁ。曲を絞るのにかなり頭を悩ませたのがよくわかる。

YMO以来、久々に細野晴臣と組んだSKETCH SHOW

オープニングを飾るDisc-1の1曲目が「IN COLD QUEUE」。2006年発表のアルバム『BLUE MOON BLUE』からの選曲で、終始緊張感が走るサウンドの中、幸宏の加工された、つぶやくような肉声が印象的だ。幸宏は2002年、細野晴臣と “SKETCH SHOW” を結成。YMO以来久々に細野と組んだ。この時期に傾倒していた最先端のエレクトロニカの手法を、自分なりに消化して創ったのが『BLUE MOON BLUE』である。

90年代はほぼ毎年アルバムを発表していた幸宏だが、2000年代からは他のミュージシャンとのユニット活動が増え、ソロでは寡作になる。『BLUE MOON BLUE』は実に7年ぶりのソロアルバムだった。期待する声も大きかったが、リリース時、私の周囲では賛否両論あったのを覚えている。当時、私が聴いて思ったのは「なんか、ビートニクスみたいだな」。「IN COLD QUEUE」はまさにそうで、あの頃の尖ったシャープな音が帰ってきた感じがした。だから、鈴木慶一がこの曲をベスト盤の冒頭に据えたのはしごく納得。17年前の私の直感は正しかったわけだ(笑)。幸宏は当時54歳。「50代が創る音楽じゃないよな」とも思った。自分が50代になってみて、余計にそう感じるけれど。

続く2曲目に「Tomorrow Never Knows」を選んだのも興味深い。1988年発表『EGO』のオープニング曲で、幸宏が愛したビートルズのカバーだ。ジョン・レノン作の原曲(1966年『リボルバー』収録)もジョンのボーカルを、ハモンドオルガンに使われている回転式スピーカーに通してみたり、テープループを多用したり、歌詞も尖りまくっていて大好きな1曲だ。幸宏バージョンは、途中の歌詞「That love is all and love is everyone」(愛はすべてで、愛とはみんなのこと)をWトラック、アカペラであえて冒頭に持ってきて、導入部にインドの楽器・タブラとシタールを使ったり、カモメの鳴き声のような音を入れたり(本家はポールの笑い声をテープループにして再生、カモメの鳴き声のような音に)ビートルズ好きにはたまらない遊びが満載。歌詞がはっきり聴き取れるように、ジョンよりも明瞭に歌っているのがいい。幸宏はジョンの世界観込みで、この曲が大好きなのだ。

幸宏の魅力が集約されたセルフカバーアルバム「Heart of Hurt」

各曲について細々と書いていくとキリがないのでここで止めておくけれど、もうこの冒頭2曲の時点で選曲に間違いないことがわかる。さすが鈴木慶一。ざっと収録曲のリストを見渡すと、15枚のアルバムからまんべんなく選ばれているが、目立つのは1993年発表のセルフカバーアルバム『Heart of Hurt』収録曲の多さだ。36曲中7曲だから、このベスト盤の20%近くを占める。つまり、幸宏の魅力はこの1枚にかなり集約されているということだ。

『Heart of Hurt』のジャケットは、アコギを抱え、椅子に腰掛けた幸宏のバックショット。このジャケット写真が示すとおり、1993年以前に幸宏が発表した曲を、アコースティックサウンドでセルフカバーした12曲が収録されている。名曲ぞろいで、アレンジをシンプルにした分、作曲家・高橋幸宏の才能がよくわかる1枚だ。

中でも特筆すべき1曲は「Left Bank[左岸]」だ。作詞は鈴木慶一で、作曲はTHE BEATNIKS。つまり幸宏・慶一の共作で、オリジナルバージョンは先述の『EGO』に収録されている。『EGO』は1988年、幸宏が東芝EMIに移籍してリリースした第1弾アルバム。この頃、耳の病気や、それに伴うムーンライダーズの活動停止などもあって、慶一は虚脱状態にあったという。この「Left Bank[左岸]」は、そんな当時の慶一の心情が色濃く反映されている。

 この河はいつからか 水が流れてない
 ゴミの山とサビついた船 あるだけ 苔のように

こんな歌詞で始まるこの曲は、流れない河の左岸を海に向かって、ひとり歩く男が主人公。反対側の岸は、かつて愛する女性と住んでいた場所。いつの間にか、片側だけの一方通行になってしまった愛。「君を忘れながら」風に吹かれて男は歩く。歌詞の内容はけっこうダークで、特に最後の歌詞は強烈だ。

 向こう岸に ぼくの肉が迷っている
 左岸でOh~ 骨になるまで
 ぼくはしゃがんで
 ついに君に触れたことなかったね
 つぶやいて 泥で顔を洗う

思うに慶一は、沸き上がってくるどうしようもないやるせなさを、幸宏の、独特の温かみを醸し出すボーカルを借りて表現したかったのではないか。この叫びを自分で歌うと、救いようもなくダウナーな曲になってしまう。幸宏の歌声なら、絶望的な現在を、希望の持てる未来に変えてくれるんじゃないか…… 幸宏は、そんな盟友の心情をよくわかっていた。優しさがにじみ出るような声でこの曲を歌い、名曲がひとつ誕生した。「泥で顔を洗う」なんて歌詞を、あんなに爽やかに、かつ前向きに歌えるのは幸宏しかいない。

今回のベスト盤に『EGO』のバージョンではなく、ピアノ演奏だけをバックに歌った『Heart of Hurt』収録のバージョンを選んだところに、慶一の幸宏に対する「感謝の思い」が伝わってくる。『Heart of Hurt』が出た1993年は、YMOが10年ぶりに “再生” した年でもあった。『EGO』から5年が経過して、いろいろ思うところがあったのか、幸宏の歌声がオリジナルと変化しているのも聴きどころ。あらためて聴いて、ちょっと泣きそうになってしまった。このベスト盤で、ボーカリストとしても唯一無二だった幸宏の歌声にも浸ってほしい。

カタリベ: チャッピー加藤

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