過去最多の人的被害で「クマ」が “とばっちり”!? 「ひき逃げ事件」捜査で、クマを犯人に仕立てた “真犯人”

東日本で多発するクマ被害で思わぬ事態が発生した(kuni.y / PIXTA)

老婆死亡、クマが襲撃か!? 11月初旬、福島県会津若松市で発生した死亡事件に衝撃が走った。死亡した88歳の女性の頭部にはひっかかれたような傷があり、当初、クマによる襲撃の線も浮上、各メディアも大きく報じていた。結局、2日後の3日にひき逃げと判明し、容疑者は逮捕され、クマの”無実”は証明されたーー。

単なるひき逃げ事件がなぜ、こんな騒動に発展したのか…。死亡した女性の頭部の掻傷が獣による傷のようだったことから、捜査陣が住民の安全を最優先に、クマによる犯行の可能性も探りながらの捜査になったことは想像がつく。だが、現場は市街地でクマの目撃情報はなく、徒に住民の不安や混乱をあおった側面は否めず、捜査の進め方が適正といえたのか疑問は残る…。

警察庁出身の弁護士の見立ては?

警察庁出身の鳥居宏弁護士は報道以上の情報はないと前置きしたうえで、次のように見解を述べた。

「危機管理の一般論でいえば、『大きく構えて小さく纏める』というのが鉄則です。具体的には、事件にしろ、事故にしろ、警察等の行政機関が事案発生を認知した当初からいわゆる5W1Hの全ての情報が揃っているということは通常考えられません。断片的な情報しか存在しない発生(認知)直後においては、想定し得るあらゆる可能性を考慮に入れて対応する必要があります(大きく構える)」と捜査当初にクマによる襲撃の可能性も考慮していたことに理解を示した。

過去最高ペースで増加するクマ被害

実際、クマ類による人的被害は特に今年、多発している。環境省による速報値では、23年度のツキノワグマやヒグマなどによる人身被害は全国で180人(10月31日現在)。昨年度は75人、21年度は88人であり、倍以上だ。これまでは20年度が158人で最多だったが、それをも上回る過去最悪の数字となっている。福島県でも13人が被害に遭っており、注意し過ぎてもし過ぎることはない状況だったのは確かだ。

鳥居弁護士が続ける。「状況が進展し、その後の捜査あるいは情報収集の進展に応じ、当初は把握していなかった情報がだんだんと揃ってきます。それらを吟味しながら『あり得ない』と判断できるに至った可能性は排除していき、最後に結論に達する(小さく纏める)ことに。この事案に関していえば、①最近は日本各地で熊の出没事案が発生②被害者の方が頭から血を流していた、こと等から考えれば、発生直後の段階において熊の襲撃の可能性も一応考慮に入れて対応したことも全く的外れとも言い難い」と説明。今回の捜査プロセスにおける”クマ情報”拡散も「大きく構える」中での誤差の範疇であり、決して不適切というべきものでないとした。

クマを犯人と思いこませた”真犯人”

その上で、「あくまで憶測レベルで申し上げるなら、頭以外の傷の状況や衣服の損傷状況等からひき逃げ事件という結論に達するまでに要した時間が果たして妥当であったのか?という疑念もなくはありません」と、初動段階における情報精査の面には少し首をひねった。

思わぬ形でクマに”濡れ衣”が着せられ、大騒動になった今回のひき逃げ事件。環境省が公表したデータのように、2023年はクマによる人身被害が尋常でない。そうした切迫した状況が、人間に拭い去れない恐怖心を植え付け、そのことが、目撃情報がない地域でのクマ出没を信じ込ませ、ひいては情報を拡散させた”真犯人”といえそうだ。

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