ChatGPTをオークションに参加させると? 実験で「人間らしくない」振る舞い 大東文化大・土橋教授

膨大な量のデータをもとにして人間のような受け答えをする生成AI(人工知能)のChatGPTをオークションの実験に用いる研究を、オークション理論に詳しい大東文化大学の土橋俊寛教授が発表した。計算や論理的思考が得意だと思われがちなAIだが、人間とかけ離れた入札が確認されたため「ChatGPTを被験者として採用することについては判断を保留せざるをえない」と慎重な態度を示した。この研究に関する論文はデジタル領域を中心に学術論文を広く掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ) で公開されている。

上野の森美術館で開催中の「モネ 連作の情景」展を紹介する芳根京子さん(三尾郁恵撮影)

米国の大手メディアCNNは日本時間4日、印象派を代表するフランスの画家、クロード・モネの未公開作品が同国の競売会社クリスティーズのオークションに出品されるとインターネットで報じた。代表作である連作「睡蓮」の一つで、落札額は6500万ドル(約97億円)を超える見込みだという。貴重な美術品は人類の共通財産と言っても過言ではないが、とてつもない額だ。

一方イタリアでは、オークションハウスにおける落札額が数千ユーロ(千ユーロは約16万円)だった少女の絵が、モネの作品であると指摘された。真作なら価値は数百万ユーロ(百万ユーロは約1.6億円)にのぼると地元日刊紙ラ・レプッブリカ(電子版)が5月に報じている。落札額と、出品物そのものの価値の間に、ずれが生じうることを示唆しているようだ。

オークション理論は、入札者が主観的に値付けした「私的価値」から支払額を差し引いた「利得」を最大化するとされる。だが市場価格よりも高値で落札してしまう現象「勝者の呪い」などがあり、常に売り手・買い手が適切な利得(報酬)を得られるとは限らない。

こうした経済分野の研究では、特定のシチュエーションを想定した実験を行い、人間の行動を分析する。AIが被験者の代わりになれば実験を効率化できるため、土橋教授は、通常、参加者を募って行うオークションの実験にChatGPT(無料版のChatGPT-3.5)を参加させて入札の傾向が人間と似ているかどうかを研究した。

AIが“学習”しない?

土橋教授の実験ではChatGPTに「あなたは出品物の価値を10ドルと見なしています。いくらを入札しますか?」などと投げかけて、入札額を答えさせて結果を教えた。実験は20回繰り返されて、一回ごとに私的価値が0.00~28.30ドルの範囲で変動した。また、魚の競りのように何回も入札できて徐々に金額がつり上がっていく形式ではなく、裁判所の不動産競売のように入札は1回限りで他の参加者の入札額は非公開の形式で行われた。

最も高い値をつけた人が“勝者“となって、自分で提示した入札額を支払う「1位価格オークション(FPA)」のルールで実験をすると、理論値よりも高い額を入札する過大入札の傾向が見られた。FPAのルールでは人間も過大入札をするとされているが、ChatGPTは過大入札の度合いが特に大きく、“勝者”として得る報酬(利得)は総合的に小さくなった。

最も高い値をつけた人が“勝者“となって、2番目に高い値をつけた“敗者”の提示額を支払う「2位価格オークション(SPA)」のルールでも実験をしたところ、逆に「過小入札」の傾向があった。人間の場合はSPAのルールでもFPAと同様に過大入札になるという。

ChatGPTのビッド(入札)

土橋教授は、ChatGPTが異なるルールでも一貫性のある入札をしていたことから、ChatGPTがルールを理解していない可能性や、入札と落札の結果を学習していない可能性を示唆。理論上の最適選択とも、人間の被験者の行動とも合致しない戦略を「オークションでよく使われる戦略」として回答した結果などをまとめて、ChatGPTはオークション実験で人間らしくない振る舞いをすると結論づけた。

優秀な学生のペルソナを付与

この結果を受けて、土橋教授は「人間らしさ」を与えられたChatGPTがオークションでどのように入札するかを調査。論理的思考が得意で成績優秀な経済学部の学生「エミリー・トンプソン」というペルソナ(人格)を用意して、エミリーになりきったChatGPTを用いて同じ手順のオークション実験を行った。

するとFPAでは理論予測とほとんど同じで、SPAでは過少入札の傾向が見られた。先に実施した“ペルソナなし”の実験とは異なるが、ペルソナを設定した場合も人間らしいとは言えない結果だった。

エミリーのビッド(入札)

しかし、いずれのルールでも一貫性がない入札をしていることや、FPAではオークションの後半で理論予測に近づく向きがあったことから、土橋教授は「エミリーのペルソナを与えられているときは、以前のラウンド(オークション)から学習し、その知識を入札戦略に統合している可能性」があるとして、ペルソナの有無が結果に影響するかもしれないとした。

オークション理論はビジネス全般に有益

“ペルソナなし”と“ペルソナあり”の実験結果をもとに、土橋教授はChatGPTなどの大規模言語モデルをベースにしたAI被験者をオークションの実験に用いることは必ずしも有用とは言えないと、慎重な姿勢を示した。また、価値観を問う先行研究ではAIが人間と似た回答をしたことなどに触れて、AI被験者向きの実験と、そうでない実験がある可能性を示唆した。

ペルソナを与えると回答が変わるという結果については「オークションに限らずビジネスなどに活用できる可能性があると思います」と述べて、ペルソナを持った「AI消費者」に新商品の感想を聞くなどのマーケティング活動に生かせるのではないかと提案。こうした実験を通して得られた知見は学術的興味にとどまらず、ビジネスに関わるすべての人にとって有益だと、オークション理論を研究する意義を語った。日本では部分的な導入の検討にとどまっている周波数オークションに関しても、オークション理論の研究が果たす役割は大きいという。

土橋教授によると、実験と同じ条件のオークションでChatGPTを使って金もうけをしようとしても、ChatGPTによる入札は明らかに「損」であるため得策ではない。だが今後、人間の振る舞いを模倣した「質の高いAI」が登場すれば、ツール禁止のネットオークションで人間と不正AI利用者を見分けることが難しくなるかもしれないという。

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