【アジア】【現場ウオッチ】インドネシアで発進 高速鉄道「ウーシュ」[運輸]

テガルルアル駅に停車する高速鉄道の車両=インドネシア・西ジャワ州(NNA撮影)

10月2日、インドネシアの首都ジャカルタと西ジャワ州バンドンを結ぶバンドン高速鉄道が開業した。「Whoosh(ウーシュ)」と命名された列車の最高時速は350キロメートル。ジャカルタ東部のハリム駅からバンドン県のテガルルアル駅間の約142キロを、45分ほどで結ぶ。東南アジア初となる高速鉄道を体験してきた。【NNAインドネシア 高島雄太、Merliyani Pertiwi】

日本と中国の受注競争の末、中国主導で2016年1月に着工してから約7年半。東南アジアで初の高速鉄道として商用運行がようやく始まった。

駅間の長さは約142キロ。ハリム駅から西ジャワ州カラワン県のカラワン駅、西バンドン県のパダララン駅を経由し、テガルルアル駅まで運行する。

ハリム駅で乗客を迎え入れる添乗員=ジャカルタ特別州(NNA撮影)

試乗したのは9月29日。列車は午前9時にハリム駅を出発。西ジャワ州ブカシ周辺地域まではチカンペック高速道路沿いを進み、そこから南進して最高時速に達する。カラワン駅には停車しなかったものの、パダララン駅での約5分間の停車を含め、約45分であっという間にテガルルアル駅に到着した。

試乗時の車両は8両編成。座席のグレードは、VIP(18席)、ファーストクラス(28席)のほか、プレミアムエコノミークラスがある。プレミアムエコノミークラスは2列と3列シートで座席数は計555席。2列シートに1カ所、3列シートに2カ所、充電用コンセントが設置されている。

窓の幅は1メートル以上と大きく、開放感がある。走行中は静音性が保たれ、少し離れた席の人とも普通の声量で会話できる。揺れも気にならない。停車駅や駅構内でのアナウンスは、インドネシア語と英語となっている。

試乗会で乗車したプレミアムエコノミークラス(NNA撮影)
最上位であるVIPクラスの座席(NNA撮影)
ファーストクラス(NNA撮影)

■11月まで割引、片道約1400円

建設事業は、インドネシアの国営企業コンソーシアム(企業連合)のピラル・シネルギー・BUMN・インドネシア(PSBI)が60%、中国の北京雅万高速鉄路が40%を出資するインドネシア中国高速鉄道社(KCIC)が担当した。

10月2日、開業宣言式典に出席したルフット調整相(海事・投資担当)は、9月中旬からの試乗で市民から好反応を得ることができたとコメント。運賃は10月16日までは無料で、18日からはプレミアムエコノミークラスの片道運賃を15万ルピア(約1,420円)に設定し販売。11月30日までのプロモーション価格としている。

当面は西ジャワ州カラワン県のカラワン駅には停車せず、ハリム駅とテガルルアル駅間を46分で結ぶ。

運行本数は、10月下旬時点で1日18~25本。運輸省によると、今後は段階的に本数を増やし、最終的には1日68本の運行を予定する。

ハリム駅のロビーを闊歩(かっぽ)する駅係員=ジャカルタ特別州(NNA撮影)

■大統領「高くついた」、投資回収に139年とも

価格面で競合となるのが、国鉄の従来線だ。ジャカルタからバンドンへ向かう従来線の運賃は、中央ジャカルタにあるパサールスネン駅発が4万5,000ルピア。約4時間かかるものの、運賃は高速鉄道の3分の1程度。優等列車の発着駅であるガンビル駅発は所要時間が2時間50分で運賃が15万ルピアからとあり、現時点では高速鉄道に分がある。しかし、ブディ運輸相は先に、正式運賃は25万~30万ルピアになるとの見方を示しており、プロモーション終了後の運賃が客足を左右しそうだ。

ハリム駅構内。乗車前に荷物のX線検査を実施=ジャカルタ特別州(NNA撮影)

高速鉄道に試乗したデラさん(女性、自営業)はNNAに対し、運賃が15万~25万ルピア程度でなければ、緊急時以外に利用することはないだろうと述べた。また、バガスさん(男性、国家公務員)は、「業務上では利用することもあるだろうが、家族と一緒に移動するとなると自家用車を選ぶ」と述べた。高速道路のほうが、移動が楽だという考えだ。

ジョコ大統領は10月2日の開業宣言式典で「ウーシュは効率的で環境負荷が少なく、他の交通機関と接続された、大量輸送機関の近代化を示すものとなる」と強調。また技術面や資金面など新たな試みを導入する際には、想定もしなかったことが起こりえると指摘。「高くついたが貴重な経験であり、将来の人材育成に生かす必要がある」と述べた。

ハリム駅外観。首都圏の軽量軌道交通(LRT)ブカシラインと接続=ジャカルタ特別州(NNA撮影)

建設事業費は当初約55億米ドル(8,240億円)と試算されていたが、最終的には70億米ドル以上となった。ジョコ大統領は、国費の投入や政府保証の付与などもやむを得なかったとの認識を示した。

現地メディアによると、KCICのドゥウィヤナ社長は、航空会社のように繁忙期や閑散期などの需要に応じて運賃の価格を変動させる「ダイナミックプライシング」を導入することなどで、約40年での投資回収が可能になると説明。

運賃以外の収入源に駅構内のテナント料や広告料などがあると述べ、さらに駅のネーミングライツ(命名権)を導入して収入を得ることも検討しているとした。

有識者からは、投資回収は少なくとも139年後になるとの見方も出ており、高速鉄道並みのスピード感が発揮できるかは不透明だ。

西ジャワ州を走る高速鉄道の車窓。写真中央の三角の建物は、壮大なモスクとして知られる「アル・ジャバール・モスク」=インドネシア・西ジャワ州(NNA撮影)

※「現場ウオッチ」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2023年11月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。

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