【中原中也 詩の栞】No.56 「秋の夜空」 詩集『山羊の歌』より

これはまあ、おにぎはしい、
みんなてんでなことをいふ
それでもつれぬみやびさよ
いづれ揃つて夫人たち。
    下界は秋の夜といふに
上天界のにぎはしさ。

すべすべしてゐる床(ゆか)の上、
金のカンテラ点(つ)いてゐる。
小さな頭、長い裳裾(すそ)、
椅子は一つもないのです。
    下界は秋の夜といふに
上天界のあかるさよ。

ほんのり明るい上天界
遐き昔の影祭、
しづかなしづかな賑はしさ
上天界の夜(よる)の宴。
    私は下界で見てゐたが、
知らないあひだに退散した。

【ひとことコメント】〈影祭〉は簡素に行われる祭事のこと。きらびやかで優美な星空を影祭にたとえ静かさを強調することで、秋らしい清澄な感じが加わっています。絵本のような語り口の中にも、行の高さの違いや素っ気ない終わり方を通して、〈私〉が住む〈下界〉との隔たりを感じさせます。

(中原中也記念館館長 中原 豊)

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