「部員350人全員を公式戦に出場させるため」東京国際大学サッカー部が取り組む組織づくり

伊東純也、守田英正、三笘薫、上田綺世……。FIFAワールドカップ・カタール2022で躍動した日本代表メンバーのうち9人が大学サッカー経験者だったことは、選手育成という観点で大きな注目を集めた。大学サッカーを経由して欧州でプレーする選手も増えており、大学は日本サッカーのレベル向上に欠かせない存在となりつつある。そこで本稿では、関東大学1部リーグ所属・東京国際大学サッカー部を15年間指導する前田秀樹監督の著書『東京国際大学式 「勝利」と「幸福」を求めるチーム強化論』の抜粋を通して、大学サッカーの組織づくりについてリアルな現場の声をお届けする。今回は350人以上という大所帯の部員数を抱える“意外な”理由をひも解く。

(文=前田秀樹、構成・撮影=佐藤拓也)

エリートのアスリートだけがスポーツを行う時代ではない

現在、東京国際大学サッカー部の部員は350人以上います。新たに約110人の部員が入ることも決まっています。その理由について、よく聞かれるのですが、答えは一つです。

「日本サッカーのため」。その一言に尽きます。

先日、ある取材を受けました。それは2020年に逝去した元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナについての取材でした。現役時代、日本代表としてマラドーナと対戦した時の思い出のコメントを出したんですが、その取材の中で世界と日本の違いについて聞かれました。そこで日本代表として行った様々な国のことを思い出しました。

当時、日本代表はよくドイツに行っていました。そこで感じたのはサッカーのレベルの差だけでなく、スポーツを取り巻く環境の差。スポーツが文化として根付いていることに驚かされたんです。それはドイツだけではありませんでした。ヨーロッパもアメリカも、日本代表として訪れた多くの国がスポーツを国としてすごく大切にしていたんです。でも、日本はそうではありませんでした。オリンピックやプロ野球など大きなイベントには注目が集まりますけど、それ以外はあまり報道されませんし、お客さんも集まりませんでした。

そして、最も大きな違いを感じたのが、日本ではスポーツは特別な人が行うものだという認識が強かったことなんです。つまり、アスリートだけがスポーツをするという印象を持っている人が日本には多い。ドイツをはじめとした海外ではアスリートだけでなく、誰もがスポーツをプレーして楽しんでいる。日常の中にスポーツがあるんです。だから、高齢者も子どもたちもスポーツを楽しんでいる。日本では特殊に思えるような光景が、ヨーロッパでは当たり前の光景だったんです。そこに私は衝撃を受けたんです。

大学のサッカー部の監督に就任する際、まず考えたことはそこでした。東京国際大学の倉田信靖理事長はスポーツを通しての人間形成の大切さを強調されています。エリートのアスリートだけがスポーツを行う時代ではないと私は考えています。スポーツを行う人数が多ければ、頂点は高くなります。

サッカー部に所属している全員がプロになるわけではなく、プロを目指しているわけではありません。サッカーではCチームだったかもしれないけど、社会人になってから休みの日にサッカーをしたり、子どもにサッカーをさせたりするようになったら、サッカー界にとっていいことだと思うんです。つまり、サッカー人口が増えるんです。プロにならなくても、大学でサッカーをやっていたと胸を張って言えるような人を増やしたいですし、サッカーが楽しかったと言える人を増やしたいんです。それが日本サッカーを強くするために大事なことだと思っています。

レベルの高い学生だけを集めれば、強化しやすいと思います。でも、それではサッカー文化やスポーツ文化は豊かにはなりません。大事なのは多くの人にサッカーに興味を持ってもらうことであり、サッカーを好きになってもらうことなんです。サッカーを生涯スポーツとして発展させることも我々指導者の重要な使命だと考えています。それが将来、日本サッカー界のためになると私は信じていますし、その環境をこの大学で作っていこうとしています。

全員を公式戦に出場させるための組織作り

サッカーを好きなってもらうためには、全員を公式戦に出場させることが大切なんです。サッカーをはじめ、スポーツは実際に試合に出場しないと分からない部分が結構あるんです。だからこそ、この大学では全員を公式戦に出場させるための組織作りを行っています。全13チームを作り、約350人の部員をレベルに合わせて、それぞれのチームに所属させて、週末にはリーグ戦に参加しています。そして、13チームすべてにプロのコーチをつけて指導をさせています。

大学には部活のほかに、サークル活動がありますが、サークルには専門の指導者がいません。それではサッカーの本質は伝わらないと思います。ちゃんと指導者がいる中で、次の試合で勝つためにしっかり準備をするという取り組みを繰り返すことが重要なんです。そして、選手同士で切磋琢磨する風土も大切です。自分がうまくなって、チームを強くするという目的を持たないとサッカーの本質は理解できない。そういう形を作っていきたいと思っています。それが大事だと思っています。

サッカー部に所属する選手の約半分は高校時代レギュラーではありませんでした。高校時代に完全燃焼できなかった選手たちがこの大学に集まってくるようになっています。説明会で保護者とお話するんですけど、保護者の方も『試合に出られない』ことに疑問を感じず、レギュラーになれなかったら試合には出られないものだと思っている方がほとんどなんです。私はそれがおかしいと思っています。指導者の人数や施設の状況もあって、全員に均等に試合経験を積ませることは難しいのは分かります。でも、それは良くないことなんです。それなのに、遠征費やユニフォーム代などの出費が必要なチームもあるそうです。毎年、それだけ多くの出費が必要になると、どの家庭も家計が大変なことになってしまいます。

私はスポーツをするために必要以上のお金がかかるということもできる限り避けたいと思っています。ということで、この大学はサッカー部としての活動に対しては、年間で5万円しかかからないようにしています。ユニフォーム代や遠征費、合宿費もいただくことはありません。練習着を揃えると、お金がかかりますから練習着は何を着てもいいようにしています。経済的な問題でサッカーをやらせることができない学生がいたら、可哀そうじゃないですか。また、サッカーをするためのお金を工面するためにバイトを一生懸命やるようになってしまったら、本末転倒です。

そういうことも指導者は考えないといけない。説明会でそのことを話すと、「高校時代より安い」と驚く保護者は多いです。我々の活動や理念を理解していただき、これだけの環境を揃えてくれる倉田信靖理事長にすごく感謝しています。

「勝つために、全員を出場させた方がいい」

真剣にサッカーをしないと、サッカーの難しさやサッカーのすごさが分からないんですよ。難しいから助け合いが生まれるし、その上で自分を表現しようとするようになる。そこで人間として成長できるようになる。それを選手たちが理解して、社会人になって、結婚して子どもが生まれた時、サッカーをやらせるようになる。サッカーを知っている人はサッカーをする子どもと会話ができるんです。そうやってサッカー人口を増やしていくことが大事だと思います。

エリートではなくても、サッカーをやっている人が増えることが日本サッカーのためになる。それがいい選手を育てていくことにつながると思うんです。それには多くの人にサッカーの試合を経験させることが大事なんですよ。

そして、試合に出られなかったり、指導者から怒鳴られたりした人はサッカーが嫌いになってしまう。そういう人を作らないことも大事なんです。そこでサッカーが嫌いになったら、成長を止めてしまう。たとえば、小学生に対しては9割褒めてあげて、1割課題を指摘してあげるぐらいがちょうどいいと思っています。今も子どもに対して怒鳴る指導者がいますけど、理由が分かりません。その子がスポーツを嫌いになってしまったら、元も子もありません。

かつて、元フランス国立サッカーアカデミー校長で、JFAアカデミーの初代テクニカルアドバイザーのクロード・デュソーさんが言っていた言葉で印象的なものがありました。それは「今日来た子どもが明日も来たいと思う指導をすることが指導者にとって大切だ」ということです。私はその考えにものすごく共感しています。明日もサッカーをしたいという気持ちを持たせることが大切なんです。大学でも私はコーチ陣にそういうことを伝えています。大事なことは一人でも多く、サッカーをして『楽しい』と思ってもらうこと。

ただ、サッカーである限り、勝たないといけない。そこは絶対にぶらしてはいけません。どの世代でも、どのカテゴリーでもやる限りは勝つ。そのためにどうやって力を合わせて戦うかを考えることが大事なんです。勝負にこだわらないというスタンスではサッカーの面白さは伝わらない。そこは絶対にピントがずれないようにしたいと思っています。負けていいなんてことは絶対にない。そこは難しいところなんです。勝ちたい、強くなりたい。でも、全員を試合に出場させたい。それは矛盾しているようですが、そうではないんです。勝つために、全員を出場させた方がいい。時間はかかるかもしれませんが、それが強くなるための秘訣です。それをこの大学で証明したいと思っています。

多岐にわたる分野で活躍する人材を。教えるべきはサッカーだけではない

近年、毎年トップチームからJリーグチームに選手を輩出するようになっていますが、サッカーの世界で活躍しているのはトップチームの選手だけではありません。たとえば、社会人チームに所属していた選手2名がオーストラリアでプロサッカー選手として活躍しているんですよ。そのうちの1人はお父さんが陸上の元選手でとにかく走力がすごくて、そのずば抜けた能力をオーストラリアで高く評価されているみたいです。2人ともオフの時に帰国した際には必ず大学に顔を出してくれます。そういう選手がいることは我々にとってすごくうれしいこと。これからも頑張ってもらいたいと思います。

部員の就職に関して、大学側が手厚くサポートしてくれています。6年前から大学側がスポーツ部対象の企業説明会を開催してくれるようになりました。聞くところによると、スポーツ部の学生は企業側から人気があるようです。2022年度は12社が参加してくれました。

そして、卒業生たちが就職した企業で活躍することによって、さらに就職の門戸は広がります。そういう伝統が出来つつあります。しかも、その説明会では卒業生が来て、学生に説明することも結構あるんです。卒業生が話すと、学生も真剣に聞くんですよね。

我々が教えているのはサッカーだけではありません。社会で必要なことを伝えているつもりなので、どの企業や組織でも、卒業生が頑張ってくれていることが私たちにとって大きな喜びです。東京国際大学サッカー部は誰もが入れるようになっています。でも、入り口だけ広げておけばいいわけではありません。出口もしっかり整えてあげることが我々の仕事です。だから、就職に対してもできる限りサポートしていきたいと思っています。

先日、倉田理事長があるホテルで会合を行っていたそうです。その次の日に理事長から電話をいただきました。実は、そのホテルにサッカー部出身の選手が働いていて、理事長に挨拶をしに来たみたいなんです。理事長は喜んでいた様子でした。保険会社など一般企業に就職する子も多いですが、消防庁や警察、自衛隊に入る部員も多いですね。東京国際大学では教員の免許を取得できるので、中学や高校の教員になる部員もいます。いろんな分野で活躍する人材をこれからも送り出していきたいと思っています。

(本記事は竹書房刊の書籍『東京国際大学式 「勝利」と「幸福」を求めるチーム強化論』より一部転載)

<了>

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[PROFILE]
前田秀樹(まえだ・ひでき) 1954年生まれ、京都府出身。東京国際大学サッカー部監督。小学校からサッカーを始め、京都商業高校(現在の京都先端科学大学附属高校)で国体京都府代表に選出された。その後、法政大学に進学し、関東大学リーグ、大学選手権の優勝を経験。その活躍から大学在学中に日本代表に抜擢される。卒業後に名門・古河電工に入社し中心選手として活躍。1981年、82年にはJFLベストイレブンを受賞。日本リーグ209試合出場35得点、日本代表国際Aマッチ65試合出場11ゴールを記録。1980年代前半の日本代表で主将を務め、W杯予選や五輪予選など数多くの国際マッチに出場。引退後は、ジェフユナイテッド市原、川崎フロンターレの育成を指導しながらサッカー解説者としても活躍。2003年より5年間は、J2水戸ホーリーホックの監督を務めた。2008年より東京国際大学サッカー部監督を務める。

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