ロシアは核実験を再開するのか?CTBTから離脱、プーチン大統領は「準備を万全とする」よう命じた 「シベリアでやれ」「米国に分からせろ」相次ぐ強硬発言、核拡散防止体制に危機

1949年8月に行われたソ連最初の核実験(ゲッティ=共同)

 ロシアのプーチン大統領が11月2日、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回する法律に署名、同国の事実上のCTBT離脱が決まった。ウクライナ侵攻を巡る西側との対立が深まる中、ロシアが国際的な核軍縮の求めに反して核実験に踏み切るのではとの懸念が強まっている。(共同通信=太田清)

 ▽大統領「準備万全に」

 ロシアのCTBT離脱の動きはかねてあった。2月21日に行われた毎年恒例のロシア上院に対する年次報告演説で、プーチン大統領は、米国の核兵器について「核弾頭の性能を保証する期限が切れつつあることを知っているし、新たな核兵器開発が行われ、核実験の可能性を検討していることも分かっている」とした上で、国防省と国営原子力企業ロスアトムに対し、「核実験の準備を万全とする」よう命じたことを明らかにした。

 プーチン氏の言う「新たな核兵器」とは、米政権が2021会計年度(20年10月~21年9月)の予算教書に盛り込み、開発計画が明らかになった潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載予定の新型核弾頭「W93」などを指すとみられる。

 4月11日には外務省のザハロワ報道局長が米西部ネバダの核実験場で「実験準備を進める決定がなされた」として、米国を非難。ロシアでは既に2018年ごろから米国が同実験場で準備を進めているとの懸念が表明されてきており、米国の核実験再開を警戒していた。
 8月には、プーチン氏の命を受けたかのように、ショイグ国防相とロスアトムのリハチョフ社長がヘリコプターで、かつて核実験が行われた北極圏のノバヤゼムリャ島実験場を上空から視察した。

北極圏ノバヤゼムリャ島の核実験場(タス=共同)

 ▽核の最後通告

 10月2日には、ウクライナ侵攻を巡り、核兵器使用を主張するなど過激な発言を繰り返している国営テレビ「RT」のマルガリータ・シモニャン編集長が自身の番組で、シベリア上空で核実験を行い、ウクライナ支援を続ける西側に「核の最後通告を突き付けるべき」と発言。
 ペスコフ大統領報道官はすぐさま、「実験の意向はない」とシモニャン氏の発言を否定したものの、プーチン大統領は5日に南部ソチで行われた国際討論フォーラム「ワルダイ会議」で、「核実験を再開すべきだとの声は聞いている。今、再開すべきかどうか話す用意はないが、ロシアは米国に対し『鏡』のように対応する」と言及。CTBT批准撤回の権限は議会にあるとも話し、議会での対応を促した。
 議会は下院が17日に撤回法案の審議を開始。法案は全議員の95%超に当たる438議員により提案された。大統領府第1副長官を務めたプーチン氏の側近、ウォロジン下院議長が「可決は米国の厚かましさに対するわれわれの答えになる」と演説すると、議場は拍手に包まれた。18日に全会一致で可決され、上院でも可決された。

10月5日、ワルダイ会議で話すロシアのプーチン大統領(ゲッティ=共同)

 ▽20年以上も批准せず

 CTBTについて、核二大国の米国とソ連はともに1996年に署名。ソ連の核兵器を継承したロシアは2000年6月に批准した。
 一方、米国は1999年、共和、民主両党の党派対立などから、権限を持つ上院での批准に失敗。その後も(1)ロシアなどが小規模核実験を行っても検知できない恐れがある(2)安全保障上のフリーハンドが持てない。実験なしでは核兵器の信頼性が確保できない(3)潜在的敵国である中国、北朝鮮、イランなどが署名または批准せずに核開発・強化を進めるなど、CTBT、核拡散防止条約(NPT)は既に形骸化している―などの主張が強く、批准に必要な3分の2の賛成票を得られていない。
 米国は92年に実験のモラトリアム(一時停止)を始め、現在まで行っていないものの、ロシアの批准から20年以上にわたってCTBT未批准の状況が続いている。

 ▽ウクライナ問題

 ロシアはなぜ今になって、核実験再開に結びつく動きに出たのか。公式には、未批准の米国への対抗措置との立場を取っているが、背景には米国の実験再開に対する警戒とともに、ロシアとの戦争でウクライナを支援する西側へのけん制の狙いがあるのは間違いない。
 ロシア外交問題評論の第一人者である国立研究大高等経済学院のドミトリー・トレーニン教授は8月3日掲載のロシア紙コメルサント(電子版)とのインタビューで、ロシアのCTBT批准撤回の動きについて、激化するウクライナでの戦闘を反映したもので、核の抑止力を使って西側のウクライナ支援を阻止する目的があると強調した。
 10月18日のロシア下院のCTBT批准撤回法案可決を受け、ロシアの国営メディア「スプートニク」は、米国が国際問題で譲歩しなければ、ロシアは批准撤回に続き、CTBTからの脱退、地下核実験、次いで大気圏核実験を行う用意があるとの論評を掲載。「米国にはまだ考える時間がある」と警告した。

ロシア軍の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ヤルス」と兵士ら=2022年2月25日、モスクワ近郊(タス=共同)

 ▽相次ぐ強硬発言

 ロシアは今後、実験再開に踏み切るのか。ロシア外務省不拡散・軍備管理局のウラジーミル・エルマコフ局長は10月16日、「ロシアは実験のモラトリアムを続けており、最初に行うことはない。米国が行った場合のみ、実施する」と断言したが、国内では再開すべきとの声は強い。
 退役軍人で、ロシアニュースサイト「ガゼータ・ルー」や、ラジオ局「ベスチFM」の軍事問題解説員を務めるミハイル・ホダリョナク氏は10月17日のガゼータ・ルーで、ロシアの核兵器が「さびた剣」でないことを西側に分からせるために、核実験実施を検討すべきだと主張した。
 同氏は昨年2月のウクライナ侵攻前、侵攻したとしてもロシア軍は簡単には勝利できないと警告する論文をロシア紙に寄稿。また、侵攻後の昨年5月には、国営テレビの人気トーク番組「60分」で、大政翼賛的発言が続く中、西側の支援を受けたウクライナを破るのは容易ではないと異例の発言をし、内外で注目を浴びた。
 ホダリョナク氏はガゼータ・ルーで、ソ連時代に製造されたロシアの核弾頭が老朽化し使用期限が過ぎている一方、ロシアには交換のための新たな核物質はないと、西側で広く報道されていると指摘。
 こうした西側の考えを正し、ロシアの核兵器が使用可能であることを確認するとともに、新たな核兵器を開発するためにも「核実験以外の確かな手段はない。米国が行うかどうかとは関係なく、実験実施を検討すべきだ」と主張した。
 ロシア通信によると、ソ連・ロシアの核開発の中心となってきた核物理学研究施設「クルチャトフ研究所」のミハイル・コバリチュク総裁は9月28日、米国の攻撃的な姿勢に対してソ連が1961年、ノバヤゼムリャ島実験場で広島型原爆の3千倍以上の威力を持つ史上最大の水爆ツァーリボンバ(爆弾の皇帝)の実験を実施。以後、「米国はすぐに話が分かるようになった」と指摘した上で、「今こそそうした状況だ。1回だけでいい。すべてうまくいくようになる」と実験実施を提唱した。

ウクライナ軍に供与される米軍のM1エイブラムス戦車(ゲッティ=共同)

 ▽実験場の現状は

 ソ連は1949年から90年にかけ、主にノバヤゼムリャ島と現在のカザフスタンのセミパラチンスクで、計715回の核実験を実施。以後もロシアはノバヤゼムリャ島の実験場を保持し続けている。
 実験再開が決まれば同島で行われる可能性が高いが、米CNNテレビ(電子版)は9月23日、核不拡散問題の米専門家による衛星写真分析などから、ネバダ、中国新疆ウイグル自治区ロプノールの実験場と並び、ノバヤゼムリャでも近年、核実験の準備ともとれる施設建設が続いていると報じた。
 一方、長期にわたり衛星写真などでノバヤゼムリャ島の動静を分析している環境問題非営利団体ベロナ財団(オスロ)は、10月のリポートで、2000年代初めに将来の地下核実験用に造られたとみられるトンネルなどに大きな変化はなく、差し迫った実験準備の兆候はないと報告した。
 情報は錯綜しているが、ロシアの核兵器開発を担う全ロシア実験物理学科学研究所の研究責任者ビャチェスラフ・ソロビヨフ氏は2月8日、タス通信に対し「ノバヤゼムリャでは実験の準備ができている」と明言、政治的な決断が下ればすぐにも実施できる態勢であることを強調している。

 ▽懸念

 ロシアのCTBT離脱に伴い生ずる懸念は核実験再開だけではない。
 核軍縮や核実験、CTBTの問題に詳しい防衛省防衛研究所の一政祐行サイバー安全保障研究室長は「現時点で、ロシアの批准撤回は、新戦略兵器削減条約(新START)履行停止などと同様、国際的戦略環境の変化に伴うもので、米国に圧力をかける狙いがある。他国への影響や核拡散リスクを考慮すれば、核実験再開は必ずしも合理的な選択とは言えず、また核兵器の開発・維持といった技術面でも、核実験の必要性が高まっているとは考えにくいとの指摘もある。切迫した状況にはないと見ているが、最終的にはロシアの政治決断になる」と分析。
 一方で「ロシア国内には(核実験の早期探知・検証のための)CTBT国際監視制度の観測施設が多数設置されているが、今後、CTBT離脱で同施設の管理状況が悪化する、あるいは観測データの送信が滞るなどすれば、北朝鮮の核実験監視などにも影響が生じかねない懸念がある」と指摘した。

都内でインタビューに答える防衛省防衛研究所の一政祐行サイバー安全保障研究室長=11月14日(共同)

 ▽連鎖反応

 万が一、ロシアが核実験再開に踏み切ることがあれば、世界はどのように変化するのか。
 米ソの核軍縮交渉にも参加した核軍縮問題分析の第一人者、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所のアレクセイ・アルバトフ国際安全保障センター長はコメルサント紙に対し、こう警告した。
 「ロシアのCTBT離脱で世界各国の条約離脱と核実験開始という、連鎖反応を引き起こす可能性がある。CTBTがNPT体制を支える重要な主柱であることを考えると、同体制が崩壊し、核保有国がさらに増え、核のカオス(無秩序)に陥る恐れすらある」

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 包括的核実験禁止条約(CTBT) 核爆発を伴うあらゆる核実験を禁じる条約。1996年に国連で採択され、2023年1月時点で186カ国が署名、176カ国が批准。発効には、採択時点で原子炉を保有している44カ国の署名・批准が必要だが、米国、中国、イラン、イスラエル、エジプトが未批准、インド、パキスタン、北朝鮮が未署名であるため発効していない。日本は97年に批准。CTBT機構準備委員会本部はウィーン。

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