「従来なら一発アウト」のトランプ氏が再選ならば、軽んじられるのは民主主義ばかりではない このままなら〝お年寄り対決〟、日本への影響は?【ワシントン報告(10)米大統領選まで1年】

ニューヨークの裁判所で開かれた民事訴訟に出廷したトランプ前米大統領(中央)=10月24日(ロイター=共同)

 2024年米大統領選まで残り1年に迫った。現時点では民主党のバイデン大統領(81)と共和党のトランプ前大統領(77)の対決が最もあり得る。トランプ氏に対する根強い支持はどこから来るのか。説明はいろいろできるが、単純な説明は難しい。議会襲撃事件を引き起こした人物が再選されれば、民主主義に根ざす米国の伝統的な価値観の変質を意味することだけは間違いない。重大な分水嶺だ。(共同通信ワシントン支局長 堀越豊裕)

 ▽「再選を願う」

 ホワイトハウス近くの食堂で10月、旧知の元米政府高官に会った。大統領選の見解を尋ねると「トランプに誤りがあったのは事実だが、支持は変わらない。再選を願う」とためらいがなかった。
 南部アーカンソー州出身の年配の白人共和党員で、かつては運輸安全委員会(NTSB)委員を務めた。父親も共和党の有力者。トランプ氏が対抗勢力に位置付ける既存支配層の一人と言える。
 以前会ったのは2016年大統領選の直前。当初は泡沫候補だったトランプ氏が急速に勢いを付けていた。「大統領を1回やらせてみても面白いのではないか」。伝統的な共和党支持者の間でトランプ氏への忌避感が強かっただけに、その意見は意外に感じた。

米ワシントンのホワイトハウス=8月(共同)

 やらせた結果、大混乱をもたらした今となれば認識も変わっているだろうと思ったが、回答は冒頭の通りである。トランプ氏支持層といえば白人労働者層とみられるが、実はもっと分厚い。
 大統領に万が一の事態が起きた場合、その継承順位が副大統領に次ぐ下院議長に10月下旬、トランプ氏派のジョンソン議員が選ばれたことも、共和党内におけるトランプ氏の影響力が依然として大きいことを示した。

11月14日、米ワシントンで記者会見するジョンソン下院議長(ロイター=共同)

 ▽魅力的な人柄

 共和党候補選びレースでトランプ氏の支持率は群を抜く。議会襲撃事件のほか、不倫関係にあったとされるポルノ女優への口止め疑惑などで刑事被告人の立場にあるにもかかわらずだ。
 従来なら一発アウトの人物がなぜ支持されるのか。メディアや学者が理由を探ってきた。一つは現状への人々の不満である。
 所得格差の著しい拡大や白人の人口減少、国際競争力の低下を背景に、トランプ氏の「米国第一」の主張は白人優位だった時代の古き米国を是とする人々の心に響く。
 個人的にも魅力的な人物なのだろう。安倍晋三元首相は回顧録で、トランプ氏が来日時に拉致被害者家族会と面会した際、熱心に耳を傾けたエピソードを挙げながら「誠実さを感じた」と振り返っている。

トランプ米大統領(当時、左から2人目)と面会し、思いを伝える拉致被害者家族の飯塚耕一郎さん(手前右から3人目)。左端は安倍首相(当時)=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影)

 トランプ氏に代わる候補として期待されたフロリダ州のデサンティス知事は温かい人柄というイメージではない。フロリダ州議会議員の一人はニューヨーク・タイムズ紙に「自分がけがをした時、トランプは電話をかけてきてくれたが、デサンティスからは全くなかった」と語った。伸び悩みの一因として、人望のなさがクローズアップされている。

10月8日、米アイオワ州で選挙イベントの参加者と握手するデサンティス・フロリダ州知事(ゲッティ=共同)

 トランプ氏が再選されれば民主主義は後退し、大統領に求められてきた自己抑制的な品格も軽んじられるのだろう。海外の駐留米軍の削減をしばしば口にしてきただけに、日米同盟の将来も不透明さが増す。われわれ外国人の目から見れば、国際協調を重んじる米国であってほしいが、米国の民意に外国人は口を挟めない。

 ▽「何か起こる」

 バイデン氏の老いは隠せない。大統領専用機のタラップを昇り降りする際など、足元がおぼつかない時がある。比較すれば、トランプ氏の方が元気に見えるものの、それでも70代の後半である。

2021年3月19日、エアフォースワンのタラップを上る途中、つまずいた後で手すりをつかむバイデン米大統領=米アンドルーズ基地(ロイター=共同)

 大統領選はこのままでは現職と前職の「お年寄り対決」に突入するが、変化があるとすれば今年11月上旬の南部バージニア州議会選を挙げる識者が多かった。首都ワシントンに隣接し政治意識が高い上、民主党と共和党の力が拮抗する重要な州だ。50代のヤンキン州知事は共和党のホープの一人と目される。共和党を勝利に導いた上で出馬するとの観測もあったが、結局州議会の上下両院とも民主党が押さえ、機運は急速にしぼんだ。
 1年は短いようで、長い。「何か起こるには十分な時間」(米紙USAトゥデーのページ・ワシントン支局長)である。2016年選挙でトランプ氏の勝利を予測できた人は、当時ワシントンにいた私を含め当日まで少なかった。

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