地域の総消費額向上を目指した観光DXを“じゃらん流”データドリブンな観光地経営の実現に向けて

観光庁も戦略のひとつとして推進している観光分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)。宿泊予約サイト『じゃらん』を有するリクルートでは、神奈川県箱根町や山梨県富士吉田市、新潟県妙高市といった複数の自治体と包括連携協定を締結し、地域とともに観光DXに関する実証実験に取り組んでいます。

デジタル技術やデータを活用することで、地域の観光産業のあり方に生まれている変化の兆しについて、じゃらんリサーチセンター研究員の木島達也が解説します。

人口減少地域で消費の伸びしろをつくるには、観光産業の進化が欠かせない

観光DXとは、デジタル技術やデータを活用することで、地域の観光産業に携わる自治体やDMO、事業者が現状の課題を把握し、改善し、進化していくための取り組みです。

リクルートの旅行事業領域が観光DXに取り組む背景のひとつに、コロナ禍や相次ぐ自然災害によって大きなダメージを受けた地域を支援することがあります。効果的な打ち手を打つためにも、現状を定量的に正しく把握する必要があります。

そして、私たちが本質的に目指すのは、観光産業が地域消費をけん引し、中長期的に総地域消費額の向上を目指していくことです。地方の多くは少子高齢化によって人口が減り続けており、地域に閉じた経済だけでは次第に先細りしていくことが明白です。だからこそ、消費の伸びしろを広げるために、地域外からの観光客の増加や、一人当たりの消費額を高める体験を創造することが必要です。慢性的な人手不足を解消するためのデジタル技術を活用した業務効率化や、データを活用した需要予測などを通して観光消費を向上させ、地域に貢献していきたいと考えています。

リクルートには、こうした観光DXに役立てていただけるプロダクトやデータが従来から複数存在します。宿や遊び体験、レンタカーなどの予約システムである『じゃらんnet』。『トリップAIコンシェルジュ』や『レベニューアシスタント』など旅行業界に特化した業務支援サービスや、キャッシュレス決済の『Airペイ』をはじめとした『Airビジネスツールズ』。すでに全国で活用されているプロダクトを組み合わせることで、迅速なDX化を推進可能とし、各プロダクトが保有する統計データを、地域独自のデータと掛け合わせることで、人の動き(人流)や消費の動向(金流)を把握することが地域課題の解決に役立つのではないかと考えました。

データを取得するだけでなく、自治体や事業者の使い方をどうデザインするか

現在、リクルートは神奈川県箱根町や、山梨県富士吉田市などと包括連携協定を結び、観光DXを目的とした実証実験を行っています。データ活用の動きは全国で他にもありますが、私たちがこだわったのは、「誰が」「どのように」活用するのかを整理し、対象の人たちがすぐに使えるものにデザインすること。単にデータを蓄積・提供するだけでは、自治体やDMO、事業者の方々にとって効果的な使い方が見えず活用されていないこともあるからです。

例えば箱根町の場合。DMOと共に戦略策定をしていく中で、箱根エリア全体の来訪者数予測=需要予測情報を、地域の飲食店・土産物店・体験施設などへ提供することを検討しました。そこで、じゃらんnetのオンハンドデータ(先予約)と、箱根町で保有していた位置情報データ(人流データ)を突合し、相関性を検証した結果、15日前のオンハンドデータが人流予測に活用できると分かりました。

箱根DMOは、2週間先までの人流予測を地域の事業者が登録するグループLINEに共有し、事業者はこのデータを従業員の勤務シフトや食材の仕入れなどに活用しています。活用いただいている事業者のひとつである「箱根小涌園ユネッサン」では、これまで経験と勘で来場者数を予測していたときは的中率70%程度だったところ、データ活用により90%程度まで精度が向上したとのことです。

また、山梨県富士吉田市では、市役所がおこなう観光基本計画の策定にデータを活用。既存の調査手段では見えづらかった業種別の消費額や、宿泊のリードタイム、属性、単価といった詳細な実態把握を可能にしました。これによって地域の観光課題が明確になり、収益を向上させるための具体的な計画策定を実現しています。

富士吉田市でも事業者に対して先々の地域宿泊予測を提供。飲食店を複数運営するかぎしっぽでは、地域宿泊者のナイトタイム消費を狙った誘客に活用しており、新たな顧客層の獲得に成功しています。ちなみに、代表の高橋さんは他地域からの移住者で、自治体からすれば、高橋さんのような移住者の商いを支援すること定住者を増やすためにも大切ですし、「かぎしっぽ」は既存の飲食店と地元の限られた顧客を奪い合うのではなく、地域外の観光客需要を喚起し、地域全体の消費を増やすことに貢献しています。

観光DXを推進するには、自治体や事業者が具体的にイメージしやすい成功事例が必要

このように、「誰が」「どのように」活用するのかを明確にデザインしていく意味で、現在は事業者向けのデータ活用方法を意図的に需要予測に絞っています。もちろん、本来はデータを多様な切り口で分析すれば活用幅が拡がるはずですが、条件を足して複雑にするとどう活用すればよいか想像がつきにくくなります。多くの方に利用いただき、データドリブンな観光経営の価値を実感していただく意味でも、まずは需要予測からスタート。そのうえで、『Airペイ』などに蓄積される実際の決済統計データが需要予測と連動しているのかなどを検証しながら、地域の観光消費額へ更に寄与できるものへと進化を目指しています。

また、観光DXをさらに推進していくためには、自治体・DMO・事業者それぞれのロールモデルとなるような成功事例を増やしていくことも必要です。まだまだデジタル技術の活用が進んでいない地域や事業者の皆さんからすれば、観光DXと言われても現実味を帯びない側面があるかもしれません。だからこそ、類似する境遇にいる地域やお店がどのようにデジタル技術やデータを活用し、どのように変革しているのか、具体的に参考になる事例を作りあげたい。引き続き地域のみなさんと一体となって検証を進めてまいります。

寄稿者 木島達也(きじま・たつや)リクルート エグゼクティブプロデューサー

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