「また日本に戻ってきたい」 “劣悪な環境から脱走”イメージ覆すベトナム人技能実習生“勝ち組”ケース

技能実習期間中には東京ディズニーランドや、世界遺産の白川郷も訪れたという(makistockphoto / PIXTA)

出入国在留管理庁によれば、昨年失踪した技能実習生は9006人と過去2番目に多かったといいます。日本には約32万人の技能実習生がおり、“失踪率”でいえば約2.8%。これを多いと見るか少ないと見るかは、人ぞれぞれかもしれません。

失踪の原因はさまざま考えられますが、その原因は必ずしも、一般的にイメージされる「劣悪な労働環境」ではなく、「思うように稼げない」状況も大きく影響していると言われています。

技能実習をきっかけに祖国で“勝ち組”の人生を手に入れた人、失踪せざるを得ない状況におちいった人、“技能実習マネー”に群がる有象無象…。多様な立場から見つめると、日本が生み出したこの制度がいかに“複雑怪奇”であるか分かります。

第1回目は、技能実習期間中に国内旅行なども楽しみながら、帰国後に購入した新築マンションで新婚生活をおくるアンさん(男性、28歳)の例を見ていきます。

(#2に続く)

※ この記事はジャーナリスト・澤田晃宏氏による書籍『ルポ 技能実習生』(筑摩書房)より一部抜粋・構成しています。

“当たり”の職場は「出張が多く、残業も多い」

ベトナム北中部のトゥアティエン・フエ省出身のドアン・グエン・フォック・アンさん(28歳)は、ホーチミン市にある送り出し機関で働く。アンさんは高校卒業後、地元の短期大学に進学。短大卒業後は地元企業の経理部門で働いた。給料は約3万円で、地元では「いい給料だった」(アンさん)が、日本で実習生として働く知人のFacebook(フェイスブック)の投稿に、日本への思いを抱くようになったという。

「旅行に行ったときの写真を投稿していて、日本の綺麗な風景に憧れました。連絡をとると、『日本で働けば10万円を貯金できる』とも聞きました。元々、日本のことは大好きです。小学校時代はドラえもんと名探偵コナン。中学時代はドラゴンボールや犬夜叉にハマりました。日本の漫画とアニメが大好きで、今でもユーチューブなどで見ています」

アンさんはその知人に送り出し機関の紹介を頼み、2015年4月から名古屋の建設機器メーカーで技能実習を始めた。日本へ行くためにかかった費用約50万円は、全額親が準備してくれた。

実習先の会社は従業員30人程度の小さな会社だった。そのうち、4人がベトナム人の実習生だった。出張が多く、残業も多い。現在、送り出し機関のスタッフとしてたくさんの求人情報を知る現在のアンさんの立場からしても「当たり」だった。8月はお盆休み中にも出張、残業があり、手取りは最高で23万円を超えた。時給も2年目に50円、3年目には100円上がった。

40万円のカメラを購入、3か月に一度は国内旅行へ

お金は自分のためにも使った。趣味のカメラの購入に約40万円、最新型のノートパソコンに約15万円、3か月に1回程度はカメラを持って国内旅行に出かけた。東京ディズニーランドや、世界遺産に登録された岐阜県の白川郷には二度足を運んだ。

技能実習期間中に中古のアイフォンを5、6台買って、家族にプレゼントした。3年間は自分のためには一切お金を使わず、せっせと貯金する実習生が多い中、アンさんはお金を使ったほうだろう。それでも、2018年4月に250万円を持って帰国した。

帰国後のことを考え始めたのは「技能実習の3年目です」とアンさんは話す。

「また日本に戻ってきたいと強く思いました。そのために、日本語もしっかり勉強しました。

日本人社員とのコミュニケーションが多い現場で、そうした意味でもラッキーでした。帰国前からホーチミン市の日系企業にコンタクトを取り、働ける場所を探しました。日系企業に入れば、また日本に行くチャンスがあると考えました」

その受け皿となったのが、送り出し機関だった。現在は、主に日本語教育を担当している。教師として教壇に立つのではなく、講師のスケジュール管理や、カリキュラムの作成などを担当する。給料は日本円で約7万円。ベトナムの企業に比べれば、高いという。

帰国後に新築マンションを購入。冷蔵庫は日立、洗濯機は東芝

2019年10月、ホーチミン市内のアンさんのマンションを訪ねた。新築の分譲マンションに、5月に結婚したばかりの奥様と2人で暮らしている。友人を通して知り合った彼女はアンさんとは別の送り出し機関で日本語教師として働くが、元技能実習生というわけではない。大学時代に日本語を専攻したという。

急激な経済成長で、中間層が膨らむベトナム。一人当たりGDPは約2400ドル(2017年)で、10年前の約3倍だ。日本で言えば、1970年代前半の状況である。一人当たりGDPが3000ドルを超えればモータリゼーションが進み、1万ドル以上は先進国の水準と言われる。ベトナムの成長はまだまだこれからだ。3世帯同居が普通だったベトナムも、サービス業の拡大で若者たちが都市部に出てきつつある。住宅の価値は上がり、不動産投資をする送り出し機関幹部も多い。2018年12月に650万円で買ったばかりのアンさんのマンションも、すでに価値は750万円になっているという。

毎週日曜日の日課は、奥さんとホーチミン市を代表する複合型施設ビンコムセンターで映画を見て、ショッピングをし、食事をすることだという。日本語の勉強は欠かさず、ユーチューブで奥さんと日本のアニメやドラマを見ることも多い。最近見て面白かったものはと尋ねると、「僕だけがいない街」と「ナミヤ雑貨店の軌跡」の2作品を挙げた。

「子どもは2人欲しい。そして、子どもが大きくなったら今のマンションを売って、もう少し街中に新しいマンションを買いたい。2LDKに4人で暮らしたい」

冷蔵庫は日立、洗濯機は東芝。ピカピカの日本の白物家電が並ぶ1LDK56平米の部屋で、アンさんは未来を語った。

(第2回目に続く)

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