「もうこれ以上長引かせるのは本当にやめてほしい」村山浩昭元裁判長 “袴田事件”再審決定から公判開始まで長すぎた9年…いまも後悔 

1966年、静岡県旧清水市(現静岡市清水区)で一家4人を殺害したとして死刑判決が確定した袴田巌さん(87)の再審第3回公判が11月20日、静岡地方裁判所で行われ、有罪判決の最大の根拠となった「5点の衣類」についての審理が始まる。

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第2次再審請求審で2014年、静岡地方裁判所裁判長として、再審開始と釈放を認めた村山浩昭さん(66)が、SBSのインタビューに応じた。再審開始決定は東京高裁で一度取り消され、2023年10月に静岡地裁で再審公判が始まるまでに9年以上の月日が流れた。「決定文をどう書けば取り消されなかったのか。いまも後悔が残っている」。村山さんは当時の胸中を振り返るとともに、えん罪被害の拡大を防ぐために再審法を改正すべきと訴えた。

無罪判決「1審での確定」望む

ーこの9年に意味はあったのでしょうか。
9年は長かった。長すぎたと思います。あえて言わせていただければ、無駄だったと思います。今回始まった再審公判で、検察官は再び有罪立証をしています。9年前の決定後すぐ再審公判に移っていたとしても、検察官は、いまと同じ立証ができたはず。だからこそ、無駄だったと思います。

2020年、再審開始決定が高裁で取り消された時には非常に驚くと同時に、袴田さんとひで子さんに申し訳なく思いました。決定を出した裁判長として、高裁の裁判官を説得できなかった自分に悔しさを感じ続けてきました。しかし最終的に再審開始になるべき事案であることは、一度も疑ったことはありません。

もともと、袴田さんの死刑を決めたのは「5点の衣類」です。第2次再審請求審では裁判官が勧告したことで、検察官が新たに約600点の証拠を開示しました。新旧の証拠を総合的に評価すると、袴田さんの犯人性を支える証拠は、「5点の衣類」以外にはあまりないんですよね。

その上「5点の衣類」については、再審開始決定で言及したように、捜査機関のねつ造の可能性などさまざまな疑問がある。新たに開示された証拠によって、その疑問がさらに深まったということになれば、袴田さんが犯人だという認定自体は相当脆弱になってきます。私個人の考えですが、通常であれば、それらの証拠関係を基にすれば、裁判官が袴田さんを有罪とすることは考えにくいと思っていました。

ーすでに2回、再審公判が開かれました。経過をどうみていますか。
検察官が袴田さんの自白調書を証拠から排除したことは、再審公判の争点が一つ減ったという点で、検察官として賢明な選択だったと思います。自白調書はまったく信用できないという結論になるであろうことを、検察官が見込んだから排除したのだと思います。

もちろん、公判では無罪判決が出るものと思っています。その上で、1審(地裁)判決が確定してほしい。もうこれ以上、長引かせるのは本当にやめてほしい。そのためには、判決がしっかりしたものでなければなりません。そうでなければ、検察官は控訴するでしょう。

裁判官が検察官に有罪立証させることにしたのは、控訴が念頭にあってのことではないでしょうか。要するに、検察官もこれだけ主張、立証をしたでしょうと。そうであるならば裁判官には、1審判決で確定できるような、実のある判断をしてもらいたい。それでも控訴するなら、検察官は国民的な非難を浴びることになるでしょう。

ただし、有罪立証によって審理がいたずらに長引くことのないよう、きちんと、審理の促進をしてもらいたいとも率直に思っています。袴田さんや姉ひで子さんの年齢を考えれば、なおさらです。

取り消された再審開始決定 残る後悔

ー2014年、裁判長として再審開始と袴田さんの釈放を認めることに、ためらいはありましたか。
まず、前提として、裁判というのは独立していて、事件を担当している裁判官だけで結論を出します。周りから意見されるなどの影響を受けることは一切ありません。

ただ、当時調べた限りでは、裁判所の決定によって、死刑が確定した受刑者を釈放した前例はありませんでした。そもそも釈放ができるのか、いま、袴田さんを釈放までする必要があるのかという2点が問題になりますので、その点についても当然3人の裁判官で議論しました。

ー当時裁判官として、袴田事件から何を学びましたか。
あらためて、予断、偏見なく、事件に向き合うこと。そして、考え抜いた結果に従った結論を出すこと。裁判官としての勝負どころですね。

再審開始決定に至るまで、裁判官3人で充実した議論ができた。みな、それぞれ正面から正直に事件に向き合ったことは間違いない。非常に素晴らしい経験でした。本来あるべき裁判官としての合議を純粋にできたという意味で。

私自身は、袴田事件以外にも、心に残る事件があります。喜びと後悔、両方の思いがあります。あの事件と巡り合ったから自分は裁判官を続けることができた、裁判官をやっていてよかったという思い。一方で、あのときもっとできることはなかったのかという後悔もあります。袴田さんの場合は後者です。

再審開始決定を出してから再審公判開始までに9年もかかってしまった。決定文をどう書けば高裁で取り消されなかったのか。書き直せるならばどう書くか。いまだに考え続けています。

裁判官は当事者の言い分を聞く。その言い分が正しい場合も正しくない場合もありますが、民事であれば、なるべく紛争の適正な解決を目指す。刑事であれば、刑罰権の誤りなき実現を目指す。無罪の人を処罰してはいけないし、社会で更生する可能性を見極めていく必要がある。裁判官はそれぞれ性格やメンタリティは異なるにせよ、みな、同じように考えていると思います。

ー再審開始決定を不服として検察官が即時抗告(不服申し立て)したことに反論する意見書を、東京高裁に提出されましたね。
意見書については刑事訴訟法(第423条)に定められているので、それに従って書いたまでです。抗告が出てすぐに書いて送ったと思います。抗告申立書を読んだところ、再審請求審で議論したことを蒸し返しているような部分がほとんどだったので、そこにあまり時間をかけてほしくないという思いで書いたのですが、(高裁がその後再審開始を認めなかった)結果からみれば、あまり高裁には響いていなかったということですね。

偶然関わった再審「えん罪という過酷さ知って」

まずは知っていただきたいですね。現にこの日本で、えん罪という過酷な目にあっている方がいること。ではなぜそんなことが起きるのかということを、考えてほしいです。

袴田事件は、たくさんある再審事件の中の一つですが、再審制度の問題が、わかりやすい形で凝縮されているといえます。これまでの日本の刑事司法はいかに問題があったのかということを示している事件です。率直に目を向けて、いまの刑事司法制度、再審制度の問題点を考えるきっかけにしていただきたいです。

ー再審法を改正すべきだと考え始めたのは、袴田事件がきっかけですか。
再審法の課題は認識していましたが、より一層考え始めたのは袴田事件を担当したことがきっかけです。袴田事件に関わってから約11年が経ちましたが、袴田さんの置かれた死刑囚という立場は続いています。

多くの裁判官が再審に関わるわけではありません。私は偶然関わり、再審法の問題点を強く感じた。それならば強く感じた私が再審法改正を訴えなければと。使命というほど偉そうなものではないですが、自分がやるべきことの一つだと思っています。再審法改正を目指す日弁連の再審法改正実現本部委員として、一般市民に再審法の問題点をわかっていただき、法改正を実現するための活動をしています。袴田事件を担当しなければ、委員を務めることはなかったでしょう。

ー袴田さん、姉のひで子さんに対して、いま思うことを教えてください。
袴田さんには、とにかく健康でいていただきたい。無罪判決が出て、真に自由の身になった暁には、願わくば袴田さん自身がそれを実感できるような状態になっていただけたらと思います。

ひで子さんに対しては、私は一人の人間として、心から尊敬しています。裁判所での陳述もとても堂々としていて、かつ、礼儀正しい方です。人間的に、圧倒されました。再審開始決定が東京高裁で取り消された時、ひで子さんは諦めないと。もう50年戦ってきたからと言われた。これからも、100年でもやりますよという勢いだったと思います。弁護団が、落胆したり憤ったりしている中で、ひで子さんの毅然とした姿はいまでも覚えています。

ひで子さんと袴田さん、ぜひともお二人が健康であるうちに無罪判決が確定して、巌さんが真に自由の身になって、少しでも長く生活していただきたい。おそらく、袴田事件に関心を寄せて支援しているみなさんが望んでいることでしょう。

証拠開示 高いハードル

ー再審開始まで9年もの時間がかかった背景には、法制度の問題があります。村山さんが改正すべきと考える再審法の問題点を教えてください。
3つあります。1つ目は、証拠開示の問題です。過去の、再審で無罪になった事件をみると、捜査機関が持っていたにも関わらず、有罪を確定した裁判では出てきていなかった証拠が新たに開示されることで、裁判官に、無罪方向の証拠があったのだと再評価されて無罪になるという事例が非常に多いのです。また、新たに開示された証拠物を新しい技術で鑑定した結果、無罪であることがはっきりした事件もあります。

つまり、証拠開示は非常に重要な意味を持っていますが、再審請求手続の中で「捜査機関は証拠を開示しなければならない」というルール(条文)はありません。

ー裁判官にとって、検察官に新たな証拠を開示するよう勧告するのは、難しいことですか。
裁判官が検察官に証拠を開示するよう説得するハードルは高いです。開示の必要性がわかりやすい証拠であれば、検察官も大きく抵抗はしません。しかしそうでない証拠の場合は相当抵抗されるのが常です。

検察官は「なぜ開示が必要なのか」と問うてくるので、裁判官ははっきりとした見解を持って、検察官に必要性を説明しなければいけません。粘り強く勧告を続けながら、あの手この手で説得を試みることになりますが、そこは裁判所の努力に委ねられているというわけです。

袴田事件の場合も、約600点もの新たな証拠が、複数回にわたって開示されました。検察官が一度に全部出さないからです。その都度「弁護団がこういう主張をしている。それについてはこういう証拠があるはずだし、必要だ」と説く。まず、あるのかないのかという問題と、ある場合に、出すのか出さないのかという問題。こういった問題についてある程度議論をしないと、なかなか出てこない。それが現実です。ルールがあれば、当然そうしたやり取りは不要になります。だからルール化すべきです。

再審の進行「裁判所次第」欠かせぬ法整備

ーそのほかの再審法の問題点はなんですか。
2つ目は、検察官抗告(不服申立て)の問題です。袴田事件の再審公判が始まるまで、再審開始決定から9年もかかった原因の一つです。検察官が抗告しなければ、2014年の決定の段階で再審公判が始まっていたわけですから。

再審開始が即無罪となるわけではなく、検察官と弁護人は再審公判で争えるのです。それなのに再審公判が始まる前に検察官が抗告する、いわゆる「前さばき」がうんと肥大化してしまって、そこに当事者も法曹三者も非常に大きなエネルギーと時間を費やしている。本来のあり方ではないと思います。

検察官は「誤った再審開始決定を是正しなければ、公益の代表者としての責務を果たせない」といいますが、この抗告によって、えん罪被害者の利益が著しく損なわれています。抽象的には検察官の言う通りで、現に決定が取り消された事例もありますが、実際には開始決定に対する検察官の抗告は、ほとんど棄却されているのです。最終的には再審公判が始まり、結果無罪になっているのです。

検察官が抗告をした分、時間がかかり、えん罪被害者の救済が遅れる。えん罪被害を拡大させています。抗告は必要性が乏しく、むしろ実害の方が大きい。検察官としては、抗告という制度がある以上は、「する」という方向になるでしょう。

欧米の先進国などの立法例をみると、基本的には開始決定に対しては、検察官が抗告ができない制度になっています。日本でも禁止すべきです。

再審請求人からすると、請求を受理してもらったけれど、一体裁判所はいま、何をしているのかわからない状態が、年単位に及ぶことも珍しくありません。司法への信頼は失われる一方でしょう。

再審法を整備すれば、再審に携わる法曹がそれぞれの立場で任務を遂行していくことができるようになります。困る人はいないどころか、請求人の利益になるだけでなく法曹三者にとってもよいことだと思います。

<プロフィール>
村山浩昭(むらやま・ひろあき)東京大法学部卒、1983年に判事補任官。2012年から静岡地方裁判所の部総括判事。2014年3月、同地裁裁判長として袴田巌さんの再審開始と釈放を決定した。盛岡地裁・家裁所長、名古屋と大阪両高裁の部総括判事を務め、2021年に定年退官。2022年に弁護士登録。

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