“経験済み”だからこそ与える安心感。アニメ『キミゼロ』が見せる新しい世界観とは【新作アニメレビュー】

『葬送のフリーレン』や『薬屋のひとりごと』など注目作が目白押しの秋アニメではあるが、『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』(以下、『キミゼロ』)も一味違った面白さを与えている。本作は陰キャで未経験(童貞)の高校2年生・加島龍斗と、学年一の美少女のクラスメイト・白河月愛が仲を深めていくというストーリー。

同名ラノベが原作の『キミゼロ』は、ラノベ原作のアニメらしい王道な学園ラブコメとなっている。しかし、月愛は「告白されたらとりあえず付き合う」という大胆な性格をしており、そのうえ経験済み(非処女)で、この辺りは王道とは真逆。ヒロインが経験済みの学園ラブコメをアニメ化したことには若干驚かされた。というのも、“ヒロインが処女かどうか”に関する騒動が起きた二次元作品が少なくないからである。

大きなデマに発展したケースも

まず2008年に起きた『かんなぎ騒動』が挙げられる。漫画『かんなぎ』で「ヒロインのナギにかつて恋人がいた」と思わせる描写があったとして、そこから“ナギは経験済み”と考えた人達が激怒。作者の実家にビリビリに破いた単行本を送る者まで現れるなど、様々なトラブルが巻き起こり一時は作者が倒れて連載休止に追い込まれる事態となった。実際のところこれらは全てデマだったが、“ヒロインが処女かどうか”ということが争点になったからこそ、大きな騒ぎに発展したのではないか。

また、2004年に発売された美少女ゲーム『下級生2』では、メインヒロイン9人中5人が経験済みだったり、ヒロインが主人公と元カレを比較するシーンがあったりといったことに憤慨したユーザーが少なくなかった。その結果、割ったディスクを制作元に送るユーザーもいたという。これらの騒動を鑑みると『キミゼロ』がアニメ化したことには感慨深ささえ覚える。

※以下、本編に関するネタバレを含む可能性がございます

経験済みだからこその納得感

『キミゼロ』はタイトルの通り、“ヒロインが処女かどうか”をフックにするシーンが少なくない。しかし、月愛というキャラに違和感はなく、これまでの学園ラブコメアニメにはなかった安心感を与えてくれる。

月愛は龍斗の不器用な好意をしっかり受け止めているが、もし月愛が未経験であれば難しかった可能性もある。さらには、月愛は龍斗に向けた「龍斗と本物の好き同士になりたいんだ」「何があっても私は龍斗と付き合い続けたい」といった胸キュンフレーズは恐らく未経験の人が発するにはかなりハードルが高い。恋愛経験があるからこそ、誰とでも付き合ってしまう奔放な性格だからこそ、成立しているシーンは多い。

魅力的なヒロインが経験済みなのはむしろ当然

月愛は容姿が良いだけではなく、快活かつ優しい性格をしており、人間性も魅力的。むしろ経験済みであることは当然と言って良い。漫画やラノベ、アニメには様々な魅力的かつ未経験のヒロインが登場した。ただ、魅力的な女性が未経験ということは現実的ではない。“焼けた肌がよく似合う洋楽好きな人”のように、女性ウケに長けた男性が既に口説いていても不思議ではなく、月愛のように経験済みであることはむしろ自然だ。

そのため、王道の学園ラブコメ作品を見ている時に「魅力的なヒロインが未経験なはずない」と常に頭を過ぎるが、『キミゼロ』にはそういった“正論”に横やりを入れられることはない。経験済みゆえに恋愛ドラマとして安心感や説得力を与えてくれる。

また、サプライズでプレゼントをくれたり、キスをしたりなど月愛からリードするケースは珍しくない。従来のように“男性がリードするべき”という価値観を押し付けられることが無いところも、安心して見ていられる要因と言えよう。

経験済みヒロインだからこそ描けるストーリー

「アニメに現実味なんていらない」「非現実を楽しませろ」という意見はごもっとも。ただ、“未経験で魅力的”なヒロインが一般化している昨今、月愛という経験済みのヒロインの登場は、新しい化学反応を予感させる。

実際、龍斗とのやりとりはもちろん、6話での月愛の双子の妹・海愛のセリフは秀逸だった。月愛と違い未経験の海愛は龍斗に好意を抱いており、体育館の倉庫で2人きりの際に「私は加島君としたい。加島君が望むなら月愛のフリしたままで良い」「私なら加島君に初めてをあげられる、あの子と違って」と迫る。

海愛は昔から月愛と比較されて劣等感を覚えていたが、その過去を想像すると海愛がどれほど龍斗を好いているのかがよくわかる。それと同時にとても虚しさも覚えるセリフだった。メインヒロインが経験済みだからこそ誕生したパンチラインであり、恋愛関係にある2人だけではなく、周囲の人間の言動も真新しいものになっている。

こうした作風はその他の作品でも取り入れられており、講談社の少女マンガアプリ「Palcy」で連載している『目黒さんは初めてじゃない』では月愛同様、経験済みのヒロイン・目黒沙希が登場する。沙希は何を考えているかわからないクールなキャラクターとして、明るい性格の月愛とはタイプは異なるものの、“経験済み”を活かしたストーリーが展開されている。今後、月愛や沙希など“経験済み”だからこそ描ける作品に期待したい。

TEXT: 望月悠木(フリーライター)

『キミゼロ』作品情報

加島龍斗(リュート)は冴えない陰キャ男子、もちろん16年彼女ナシ。
そんなリュートの憧れは、白河月愛(ルナ)。学年一の美少女ギャルで、恋愛経験も豊富。
遠くから見ているだけで十分だと思っていたけれど……、なんと付き合うことに!?
恋愛経験ゼロの陰キャ男子と経験済みなギャル、住む世界が違いすぎる二人が織りなす
凸凹だけど、ピュアでリアルでドキドキがつまった極上青春ラブストーリー!

【原作】長岡マキ子(ファンタジア文庫『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。)
ファンタジア文庫/KADOKAWA よりシリーズ 6 巻刊行中!
【アニメーション制作】ENGI

©長岡マキ子・magako/KADOKAWA/キミゼロ製作委員会

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