「モラル」 ソーシャルメディアで誹謗中傷にさらされる一家 【インドネシア映画倶楽部】第62回

Budi Pekerti

インターネットが一部では日本よりも浸透しているといえるインドネシアでは、近年、ソーシャルメディアによる弊害をテーマにした映画が相次いで制作されており、本作品もその一つ。今年のインドネシア映画祭で高く評価され、注目を集めている。

文と写真・横山裕一

たとえ正しい行動を取っても、ソーシャルメディアで真実が捻じ曲げられ、世間の批判に晒されてしまうネット社会の危険性を描いた作品。今月(2023年11月14日)授賞式が行われたインドネシア映画祭2023でも、17部門でノミネートされ、主演女優賞と助演女優賞を獲得している。

物語の舞台は新型コロナウィルスの流行するジョグジャカルタ。学校で生徒のカウンセリングを担当している女教師プラニが伝統市場に買い物に行った際のある出来事が「事件」にまで発展するところから始まる。コロナ禍で仕事がうまくいかず精神的に衰弱した夫を力づけようと、プラニは夫が好きな伝統菓子を買いに行くが、大勢の客が詰めかけていて順番待ちを余儀なくされる。

そこにある男性が順番待ちをしている複数の客に対し、自分の分も合わせて注文してもらうよう依頼して回っていたため、プラニは注意する。「あなたの行為でまじめに順番待ちしている人たちの分が遅れてしまうでしょ」。悪びれる様子もない男性とプラニは口論となり、怒りに任せてプラニは「(あなたのせいで)時間がかかってしまう」と捨て台詞を吐いて買い物を諦め市場を後にする。

後日、プラニが捨て台詞を吐いた部分のみの映像がソーシャルメディアに投稿される。プラニが「時間がかかってしまう」と話したジャワ語がインドネシア語で人を罵倒する言葉にも聞こえたため誤解を呼び、ネット上でプラニは非難の的にされる。プラニは当時の正しい状況や自らの正当性を訴えるが、火に油を注ぐばかりで挙げ句の果てにはプライバシーの侵害や家族への誹謗中傷まで受ける。挙げ句の果てには、プラニは学校から教職解雇を言い渡されてしまう……。

ソーシャルメディアが普及して久しいが、情報や映像の切り取り次第では真実と大きく捻じ曲げられたホークス(Hoax/偽情報)になる場合も多く、意図のあるなしに関わらず、ネットなしでは生きられない現代において深刻な社会問題となっている。本作品では偽情報がもとで主人公だけでなく家族までが被害を受けているように、誹謗中傷はそれを受けた個人の生活自体をも壊してしまう危険性を孕んでいることの警鐘を鳴らしている。

折りしも今月下旬からインドネシアでは大統領選挙のキャペーンが始まるなど、総選挙、地方選挙を含めて政治の季節が佳境に入り、ソーシャルメディアでは相手候補者の偽情報や誹謗中傷が再度飛び交うことが予想される。有権者の真実を見極める力が試されるが、政治に限らず、ネット上の偽情報は世界的な課題でもある。

我々もいつ偽情報に踊らされているとも限らず、真実の見極めが困難なことも問題が抜本的に解決されない原因でもある。こうした問題の影響が身近な実生活レベルにどのように及ぶかが本作品では丹念に描かれている。さらには本人が意図しない中、知らぬ間に撮影され、知らぬ間に誹謗中傷の的にされてしまうところにソーシャルメディアの恐ろしさがあることを浮き彫りにしている。都市部だけでなく、本作品のように地方でも同じことが起き、いつの間にか我々個人が巻き込まれてしまう可能性をも孕んでいる。このため本作品ではインターネット利用者に対して、「良心のあり方」、リテラシー向上の必要性が訴えかけられている。

インターネット社会は世界的な潮流であるが、インドネシアは通信販売に限らず、新型コロナウィルスのワクチン接種登録や公共交通機関などでの提示、さらにはビザ申請や税関申請など、一部では日本よりも浸透しているほどだ。こうしたネット社会の普及を反映してか、近年ソーシャルメディアによる弊害をテーマにした作品が相次いでいる。ユーチューバーの女性が元恋人によって裸体写真をアップロードされてしまう「ライク&シェア」(Like & Share/2022年作品)、出会い系サイトをめぐるサスペンススリラー「スリープコール」(Sleep Call/2023年作品)などが挙げられ、今後も問題の露呈に伴い、様々な関連作品が登場することが予想される。

本作品は大ヒットはしていないながらも、回転の早いインドネシアの劇場ですでに公開から3週間目に入っているように、作品の社会的な関心の高さが窺われる。またインドネシア映画祭で高評価された影響もあるとみられる。この機に是非鑑賞していただきたい。

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