「わずか1年で黒字にできた」閉鎖寸前の学生食堂、甦らせた生徒たちと校長の秘策 物価高騰、少子化、コロナ禍…一体どうやった?

香川県立三本松高校の学食で談笑する生徒=9月、東かがわ市

 9月19日の昼休み。香川県東かがわ市の県立三本松高校では、食券を握りしめた生徒たちが学校の食堂「学食」にやってきた。メニューは400円のチキン南蛮定食。ご飯は、運営する地元の農事組合法人が収穫したコシヒカリの新米。常連の3年和田宏紀さん(18)が笑顔でほおばる。「何も言わなくてもいつも大盛りです。安い、うまい、それに学食の人が優しい」
 調理場で生徒たちの姿を見ていた法人の代表、藤本丈晴さん(58)はやりがいを語った。
 「本当においしかったときは、返却の時に『今日のめっちゃうまかった』って言ってくれるから、一人一人、何が好きかが分かる。農業では感じられない面白さがある」
 生徒の憩いの場になってきた学食を取り巻く環境は現在、厳しさを増している。少子化や物価高騰、新型コロナウイルス禍など、さまざまな要因によって経営が悪化。9月には広島市の食堂運営会社が給食や学食の提供を突然停止し、各地の学校現場に動揺を与えた。
 そんな中で注目を集めているのが三本松高校だ。存続の危機から学食を見事に再生させた。その独自の取り組みの根底には、学食を「生徒の学び場」と捉える新たな視点があった。(共同通信=小島孝之)

香川県立三本松高校の学食で、チキン南蛮定食をつくる藤本丈晴さん

 ▽のんびりと活動できる場所を学校内につくる
 2020年4月、泉谷俊郎さん(61)が三本松高校の校長に着任した時、学食の利用者はほとんどいなかった。生徒数は、泉谷さんが新任だった約30年前に比べ、約400人と半減している。メニューが現代の高校生のニーズに応えているとも言いがたく、閉鎖の話が持ち上がっていた。
 学校側は「地元食材を使った栄養価の高い食事を提供しよう」と、運営業者の変更に踏み切った。ただ、公募に応じたのは農事組合法人「福栄中央」だけ。
 泉谷さんは福栄中央側に、二つ要望した。①メニューを定食1品に絞って食品ロスを減らし②規格外の野菜を使って安価にしてほしい―。

香川県立三本松高校の学食のチキン南蛮定食

 でも、それだけでは生徒は学食を利用しないだろうと考え、生徒を運営に参画させようと決めた。こんな狙いがあった。「学食が自分たちのものになれば、利用率はおのずと上がる」
 新型コロナウイルスコロナ禍で迎えた2020年度2学期の始業式。泉谷さんは校内放送で全校生徒に参加を呼びかけた。
 「学食の運営の在り方を変えます。自分たちの手でおいしいものをつくりませんか」
 1週間後、呼びかけに応えた24人の生徒が集まり、プロジェクトが始まった。

生徒と話す香川県立三本松高校の前校長、泉谷俊郎さん(右)

 ▽強制力から解き放たれた時に生まれる主体性
 始動にあたり、決めたルールは一つだけ。
「できる時に自分のやりたいことをする。誰にも強制しない」
 部活動や授業とは違う価値観を感じてほしかったからだ。
 かつての泉谷さんは、ばりばりの体育会系の教師だった。学生時代にはハンドボール選手として活躍し、監督になってからは生徒たちをインターハイに導いた経験もある。
 「ある意味、縛られた中で弱い自分に負けずに頑張るというスポーツの世界も好きだし、大事だと思っている」
 でも、限られた高校生活の中で伝えたい価値はそれだけではない。
 「強制力から解き放たれた時、本当の主体性が生まれる。でも、生徒たちが何にも追われることなく、のんびりと活動できる場は学校に意外とない。学食をそんな場にしたかった」

香川県立三本松高校の学食の運営に参画する生徒たち

 ▽生徒が校内に畑を開墾し、メニューを開発
 生徒たちはそれぞれ担当するチームをつくり、すぐに楽しみながら活動を始めた。
 例えば「広報チーム」はメニューの絵を描き、学校内にPRした。「畑チーム」は校内の空き地にテニスコート半分ほどの畑を開墾した。収穫した野菜は学食で使ったり、地域に販売したりする。みんなで焼き芋をしたり、学食に地域の人を呼んで餅つき大会をしたりしたこともある。
 「メニュー開発チーム」は地元特産品のハマチを材料にハンバーグを開発。学食が調理してくれた弁当は「マルシェチーム」が地域のイベントで住民に販売し、学食の運営を援助した。
 今は全9チームで、65人が活動する。地域のイベントで住民との交流を楽しむ生徒もいれば、さび付いていた学食のゴミ箱を修復する地味な活動に取り組む生徒もいる。

さび付いていたゴミ箱を修復する香川県立三本松高校の生徒

 もちろん、失敗もする。昨年末に通信販売で生徒が考案した料理を販売した際は、材料費が高すぎて大赤字に。プロジェクトの運営費から穴埋めした。でも、失敗も生徒たちの良い経験になると学校側は捉えている。
 学食を利用する生徒は徐々に増えていき、開業から1年で黒字になった。
 学校側も全力で支援している。泉谷さんは香川県教育委員会と交渉し、外部に販売する許可を得た。地域の交流の場になってほしいとの思いも込め、生徒の活動を理解してくれる住民には、学食の利用も認めている。

香川県立三本松高校の畑で野菜の苗を植える生徒

 ▽教師は生徒の背中を押すだけでいい
 取材した9月19日の夕暮れ。先輩たちが開墾した畑で、女子生徒がサニーレタスや白菜の苗を植えていた。「イモムシって触れる?」「触角あるのはむりー」「私は何でもいけるよ」。そんな会話が飛び交う。
 1年の池田佳奈美さん(16)はこの日、初めて参加したという。泥の付いた制服姿で笑顔を見せた。「畑ができる女子高生ってすてきですよね。明日からはジャージーで参加します」
 2年の入道和俊さん(16)は建築士志望の友達と一緒に春休みにピクニックテーブルを制作した。木材は地域のリサイクルショップからもらい、リアカーで運んだ。自分たちが作ったものを学校のみんなが利用してくれたことが「今年一番うれしかったです」。

香川県立三本松高校の生徒が制作したピクニックテーブル

 今は受験勉強に集中する3年の宮西優依さん(17)は身近なことに関心を向ける大切さを知ったという。「普通に高校生活を送っていたら分からないことに気づけました」。自分たちで開発した梅ジュースの販売経験から、マーケティングを学んで食品関係の仕事に就くのが目標だ。
 泉谷さんは今年、定年退職した。ただ、今の校長や教職員も活動を理解し、支援
する。泉谷さんも、東かがわ市教育委員会の職員に転身し、三本松高校の学食運
営に継続して関わっている。「夏休みに2年の生徒が3、4人で畑の草抜きをしていた。普通は『暑いとか、しんどい』とか言うやん。暑い中でも、黙々と作業をする姿は僕の想像を超えていたな」
 生徒の姿に目を細め、こう語った。「先生の役割は失敗しても良い場所を作って、生徒の背中を押してあげるだけでいい。『言われたことをする』という枠を出た経験はきっと将来のためになる」

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