この手に抱きしめたい…加藤登紀子さん、12月に虐待被害者らと「応援ソング」 映画「REALVOICE」監督ら参加

加藤登紀子さんが「この手に抱きしめたい」を歌い、コーラス練習する参加者ら=17日、埼玉県さいたま市大宮区の市民会館おおみや(レイボックホール)

 シンガー・ソングライターの加藤登紀子さん(79)が12月に埼玉県さいたま市大宮区で開催するコンサートに、児童虐待被害者や地域食堂のボランティアらがバックコーラスとして参加する。本番を前に大宮区で今月17日、加藤さんと参加するボランティアらが一緒に練習を行った。

 合唱するのは、加藤さんが作詞作曲した「この手に抱きしめたい」。虐待を受けて施設などで育った若者たちのドキュメンタリー映画「REALVOICE(リアルボイス)」の応援ソングで、映画のエンディングに使用されている。コンサートでは、第1部の最後の曲目になるという。

 「みな風地域食堂」(中央区)のボランティアら参加者約50人はこれまで3回練習を重ね、この日は加藤さんから初めて指導を受けた。加藤さんは「心を膨らませて歌ってください」と話しながら、歌声を披露。「最初の瞬間、歌う前に体の用意をできていることが大事」と呼びかけた。

 同食堂のボランティアで、コーラス練習に参加した松本典子さん(68)=中央区=は、人間的なつながりが楽しくて、ボランティアに参加している。食堂には子どもや親子だけでなく、児童養護施設を退所した18歳以上の人たちも訪れる。松本さんは「施設を出た後の生の声は衝撃だった。人と人がつながることが希望で、世の中に広がってほしいと思って歌いたい」と話した。

 コンサートには、映画の監督山本昌子さん(30)ら出演者約10人も参加する予定。加藤さんは11日、都内の上映会で、山本さんらと初めて合唱した。加藤さんは「みんなが歌ってすてきだった。映画出演はカミングアウトで、勇気を奮って出演している。乗り越えなくてはいけないこともあったと思うけど、一緒に歌いたいと、さっそうと現れた。うれしかった。胸を張って生きる覚悟、存在としての輝きを感じた」と語った。

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言時に作った「この手に―」が、映画の応援ソングとなり、「すごく大事な歌」になっているという。加藤さんは「映画の最後に流れてきた時、自分で歌っているけれど、号泣しました。みんなが街の片隅で、どのように生きているのか、社会はもっと目を向けてほしい」と話していた。

 「加藤登紀子ほろ酔いコンサート2023」は12月22日午後4時、大宮ソニックシティで、県内で初めて開催される。お酒付き全席指定7千円、学生席千円など。各チケットガイドで販売している。

 問い合わせ・申し込みは、トキコ・プランニング(電話03.3352.3875)へ。

■虐待の“後遺症”知って 映画で被害者ら70人の声

 映画「REALVOICE(リアルボイス)」の監督山本昌子さん(30)は、自身も生後4カ月の時にネグレクト(育児放棄)のため保護され、児童養護施設などで育った。振り袖の記念写真撮影や居場所づくりで、同じ境遇の児童養護施設出身者らへの支援活動を続けていく中で、映画を製作した。理不尽な虐待を生き延びた子どもたちが、大人になっても苦しんでいる声を知ってほしいという。

 虐待の当事者として17歳から活動し、仲間たちと深く関わる中で、大人になってからも虐待の後遺症に苦しめられていることを知ったという。自身は理解ある学校の先生らに恵まれ、偏見やいじめに遭ったことはなかった。「理解できていると思い込んでいたが、決してそうではなかった。驚くぐらい実感して、世の中の人たちにも分かってもらおう」と映画を企画した。

 2人の女性を中心に約70人の虐待被害者らが出演している。「もっと俺らの声をちゃんと聴いてください」「楽しい時間を奪ったのは大人たちです」。一人一人の声に力があると感じていたことから、声をとる形のドキュメンタリーとして作り上げた。家族に対する複雑な感情、施設への感謝、怒りを語る出演者もいる。約1年かけて撮影し、今年4月に公開された。上映会は埼玉を含む全国各地、カナダなど約60回に上る。

 加藤登紀子さん(79)とは2020年から交流があり、応援メッセージをもらっていた。加藤さんが山本さんらのユーチューブ番組に出演した際、「この手に抱きしめたい」を即興で歌ってくれた。

 「母親の愛情のような登紀子さんの歌が、すごくすてきだと思った。出演者は母親の愛情をきちんと受け取れなかった子がほとんど。歌詞が出演した子たちを最後に包み込んでくれるように感じて、ぜひ使わせてほしい」とお願いした。加藤さんは快諾し、無償で提供してくれた。

 山本さんは今月11日、東京・六本木の上映会で、「この手に―」を初めて加藤さんと合唱した。トークショーの予定から急きょ決まり、出演者約10人が登壇した。「すごく不安だったけど、映画のエンディングに選んだ歌詞の意味を思いつつ歌い、一体感が生まれてすてきな経験になった」。12月のコンサートにも参加する予定で、山本さんは「みんなと一緒に歌うので、すごくいい経験になると思う。楽しみにしています」と話した。

 一人でも多くの人に知ってもらおうと、映画はユーチューブ、ユーネクストで無料配信されている。山本さんは映画の中で、「こんなにも理不尽な思いをして、一生懸命に生きているみんながいる」「世の中に伝えたいと思って、映画を撮りたいと思ったし、よりもっと、みんなを理解するために、みんなに会いに行こうと思いました」と語っている。

■子どもの居場所づくりが大切/知事と加藤さんら対談

 大野元裕知事、加藤登紀子さん(79)、「みな風地域食堂」代表の山田ちづ子さん(74)がコーラス練習後、子どもの居場所や若者支援などをテーマに対談した。練習に参加した人も対談を見守った。

 加藤さんは若者の支援を続け、映画「REALVOICE」の支援につながったと説明。「コンクリートに囲まれた社会は不自由。コロナで距離を取るようになったが、近い距離に誰かいてほしい。理由がなくても、友達になれる距離感が必要」と語った。

 山田さんは地域食堂の取り組みを紹介。児童養護施設を退所した18歳以上の若者らが訪れるようになり、子ども食堂から名称を地域食堂に変更したという。「最初は人見知りをしていたが、1回足を運ぶと、実家に帰ってきたようになる」と話していた。

 大野知事は「居場所がとっても大切。子どもたちは大変な思いをし、母親らは孤立している」として、必要性を強調した。「居場所をつくり、信頼できる大人と出会うことは、現代社会の独特な問題に対する処方箋の一つ。行政だけではできない。広げていくには多くの人の理解と協力が必要」と呼びかけていた。

山本昌子さんが監督した映画「REALVOICE」の一場面((C)CHAプロジェクト)
加藤登紀子さん(中央右)と合唱する山本昌子さん(同左)ら映画出演者=11日、東京・六本木(ACHAプロジェクト提供)
対談する大野元裕知事(手前左)と加藤登紀子さん(同右)ら=17日、さいたま市大宮区の市民会館おおみや(レイボックホール)

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