障害者に「特別扱いできない」はNG…来春から民間企業に求められる合理的配慮 「過重な負担」の線引き難しく〝炎上〟懸念も、当事者に入り交じる期待と不安

障害者配慮を学ぶ動画の一場面(リーンオンミー作成の教材より)

 障害者から生活上の困りごとや障壁になることを取り除く対応を求められた際、過重な負担にならない範囲で配慮する「合理的配慮」が、2024年4月から民間事業者に義務付けられる。代表的な例として、車いすの移動を補助するスロープを設置したり、聴覚障害者と筆談や手話で対応したりすることなどが挙げられる。企業は主体的な取り組みが求められるが、「どのように準備すればいいのか」は手探りの状態。対応を誤ればインターネット上で〝炎上〟しかねないと懸念する。障害のある当事者側にも期待と不安が入り交じる。有識者は共生社会の実現に向けた契機とするため「企業と障害者の双方が対話を積み重ねることが鍵だ」と指摘する。(共同通信=水内友靖)

「リーンオンミー」が開いた企業向けイベント「合理的配慮はじめませんか?」=2023年8月、大阪市

 ▽「相手のペースに合わせ時間をかけて返答を待つ」も配慮
 今年8月、「合理的配慮はじめませんか?」と題したイベントが、大阪市内で開かれた。参加したのは「ネット上で『差別だ』と非難されないか」という不安を抱えた企業だ。イベントを通して制度の内容を学び、「自社ではどういった配慮が求められそうか」「どのように応じられるか」を考えた。
 主催したのは、福祉施設や企業向けに障害理解のためのeラーニング事業を展開する会社「リーンオンミー」(大阪府高槻市)。リーンオンミーは、知的障害者や精神障害者らへの接し方に関するオンライン教材を無料で提供している。
 教材では「相手のペースに合わせ時間をかけて返答を待つ」「はっきり、短く、具体的に伝える」「保護者ばかりに話しかけるのは避ける」などと紹介している。この教材は当初、25年開催の大阪・関西万博のスタッフ向けに作成され、現在はメーカーや小売業などでも利用が進んでいる。

「リーンオンミー」の志村駿介社長=2023年10月6日、大阪市

 ▽ダウン症の弟との接し方を友人に…「使命だ」と起業
 リーンオンミーの志村駿介社長は「義務化自体や準備の仕方を知らない企業が多い。見た目で分かりづらい障害の場合は特にその傾向が強い」と説明する。 
 志村氏の3歳年下の弟は、ダウン症で知的障害がある。幼少期から弟との接し方を友人たちに伝えてきた。この原体験を生かすことが「使命だ」と思い、2014年に起業した。
 身体障害への配慮の仕方はイメージしやすい一方、知的や精神障害の場合はそもそも接した経験のある人が少ないとみている。志村氏は「来春の義務化の意義は大きい。障害者と向き合い、その意思を尊重できる社会への契機にしないといけない」と強調する。

 ▽対応済みか、改善が必要かを〝診断〟
 バリアフリーに関するコンサルティング業「ミライロ」(大阪市)は2022年、合理的配慮義務化への準備を後押しするため新しいサービスを始めた。企業が約60の質問に答える「ミライロサーベイ」だ。
 調査票には
・視覚障害者がPCやスマホの読み上げ機能を使って情報を得られるようホームページを設計しているか
・補助犬同伴での入店の受け入れ義務など法令を正しく認識しているか
・合理的配慮に関する社員研修を実施しているか
といった質問が並ぶ。
 結果を踏まえ、ミライロが報告書を作成する。小売業や宿泊業、保険・金融業などとの契約が進んでいるという。ミライロの担当者は「健康診断のように、既に対応できている点や、改善点を可視化することで、漠然とした不安の解消につながる」とPRする。

 ▽企業が戸惑う「過重な負担」の範囲
 合理的配慮は、2016年4月施行の障害者差別解消法で、まず国や自治体に義務付けられた。2021年の法改正により、現在は努力義務とされている民間事業者も来年4月に義務化の対象となる。違反には直接的な罰則はないものの、国は必要に応じて報告の求めや指導、勧告などができる。
 差別解消法は
① 障害者が希望する配慮の内容を伝える
② 企業が過重な負担にならない範囲で対応する
という手続きを定める。企業は「特別扱いできない」「前例がない」などと拒むことは認められない。
 一方で、具体的な配慮策は課していない。「過重な負担」の範囲も、障害の程度や企業規模などケースごとに異なり、それぞれで柔軟に対応する必要がある。この点が、企業が戸惑う要因になっている。

 ▽合意点を探る「建設的対話」の決裂を防ぐには
 例えば、視覚障害者がスーパーの店員に買い物の付き添いを依頼するケース。店側が混雑時に人手が足りていないことを理由に、すぐに対応することが難しくても「希望商品を伝えてくれたら、後で準備しておくことができる」と代替策を提案するなど、拒否するのではなく合意点を探ることが求められる。このプロセスは「建設的対話」と呼ばれる。
 ただ、制度の周知が進んでいない中では、対話が決裂する恐れもある。ニッセイ基礎研究所の三原岳上席研究員は、炎上や、訴訟などの民事紛争への発展を防ぐため「NPO法人などがコーディネーター役を務め、やりとりを調整する仕組みが有効だろう。さまざまなケースごとに話し合いを積み重ねて社会全体で好事例を増やせれば、障害者を取り巻く環境を改善していくことができる」と語る。
 多くの企業が近年、誰一人取り残さないと掲げる国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」や、環境や社会課題などを重視する「ESG」への貢献をうたう。障害者への配慮もその重要テーマであるはずだが、三原氏は「企業の意識はまだまだ低い。前例にとらわれる傾向があり、ケースごとの柔軟な対応にも慣れていない。来春の義務化を、各社の事業の在り方を問い直す機会にしてほしい」と指摘した。

取材に応じる「DPI日本会議」の佐藤聡事務局長=2023年10月16日、東京都内

 ▽「あなたのため」と主張し入店拒否…まずは話し合う姿勢を
 合理的配慮の制度がうまく機能するかどうかは、障害のある当事者側にも不安がある。「過重な負担」を口実にして事業者が何の配慮にも応じようとしない恐れは残るからだ。障害者団体「DPI日本会議」(東京)の佐藤聡事務局長は「過重な負担だと判断するのはあくまでも限定的にしてほしい」と話した上で、かつて経験したこんなエピソードを紹介した。
 車いすを使う佐藤氏が中華料理のチェーン店に入ろうとした時のことだ。「あなたが入ると(車いすで)通路が狭くなる。熱い料理を運んでいる時に、誤ってかかってしまうかもしれない。危ないので、あなたのためだ」と店側に入店を拒まれたという。
 佐藤氏は「私からすると危ないなんてことはなく、通路も確保できるから大丈夫だと思った。こういう具合に認識のずれが生じる場合がある。事業者は勝手に判断して断るのではなく、どうすれば入店やサービス利用をできるのか、一緒に話し合う姿勢を持ってほしい」と呼びかけた。

 ▽クレーマー扱い?障害者と事業者を「つなぐ窓口」
 来春の義務化の円滑な施行に向け、内閣府は10月16日から専用の相談窓口を設けた。障害者と事業者の双方から電話やメールで相談を受け付け、自治体や関係省庁などに取り次ぐ。その名も「つなぐ窓口」で、障害者団体が要望していた仕組みだ。
 祝日・年末年始を除く週7日、午前10時から午後5時まで
 フリーダイヤルは、0120(262)701
 メールは、info@mail.sabekai-tsunagu.go.jp
で相談を受け付ける。
 佐藤氏は「配慮を依頼した障害者が、単なるクレーマーとして扱われるケースもあるのが現状だ。双方の対話だけで解決されない場合は、企業に改善を促すなど国や自治体には積極的な役割を担ってほしい」と話し、当事者が暮らしやすい社会の実現に期待を込めた。

© 一般社団法人共同通信社