「子どもと暮らしたいのは、エゴでしょうか」障害のある母親へ乏しい支援 乳児院に預けざるを得ない女性たち、グループホームは同居想定せず

男児の写真を見つめる山川美玖さん(仮名)=2023年9月、さいたま市

 知的障害や発達障害がある女性たちが子どもを産んだ場合、子育てでは厳しい現実が待っている。支援制度が整っていない上、周囲からも理解されず、サポートを十分受けられないケースがある。昨年、北海道のグループホームでは、結婚を希望する知的障害者が不妊処置を受けていた問題も明らかになった。「子どもと暮らしたいのは、私のエゴでしょうか」。やむなく子どもを乳児院に預けた2人の女性に思いを聞いた。(共同通信=船木敬太)

 ▽アパートでの〝孤育て〟行き詰まる
 さいたま市在住の山川美玖さん(24)=仮名=は、日常会話からは障害に気付かれないことも多いが、自閉症で物覚えにむらがある。特別支援学校高等部時代の同級生で、知的障害がある男性と交際し、自身が21歳だった2020年に男児を出産した。
 出産後、家族の事情で実家では子育てできず、民間アパートの1室を借りて交際相手と一緒に暮らした。ミルクのあげ方やお風呂の入れ方などは出産した病院や、2週間に1回訪問してくる保健師から教わった。ほかに週1回ほど、ヘルパーによる育児支援も受けたが、相談相手は乏しかった。親からの支援も多くは望めず「特に夜は保健師さんに電話もできず『孤育て』でした」と振り返る。
 アパートは単身者が多く、乳児の泣き声への苦情が相次いだこともあって、子育ては行き詰まった。グループホームで子育てを支援している社会福祉法人「上州水土舎」(群馬県富岡市)の存在を知り、訪れて相談したこともあったが、結局は山川さんの周囲の理解を得られず、子どもは乳児院に預けることになった。

 ▽子どもは「生きる理由」、養子に出す踏ん切りつかず
 子どもを自分たちで育てるべきか否か。乳児院に預けた後も、パートナーの男性を含めて周囲からは養子に出すことを勧められた。子どもの幸せを考えると、手放した方がいいかもしれないことは理解できた。だが、山川さんにとって子どもは「生きる理由」で、踏ん切りが付かなかった。パートナーと意見が合わず、交際は解消。山川さんは精神的に不安定となり、今も心療内科に通う。
 記者が「当時、もっと支援が必要だった?」と質問すると、山川さんは否定した上で振り返った。「育児は自分がしなければいけないこと。支援が足りなかったとかは言えない。でも、もう少し支えてもらったり、相談に乗ってもらったりすれば、今こうして苦しんでいないかもしれない」。
 今は子どもと一緒に暮らす日を夢見て、パソコンなどの職業訓練に励んでいる。山川さんはいつか「生まれてくれてありがとう」「私のエゴで引き取りたいと言ってごめん」という二つの言葉を子どもに伝えたいと思っている。「将来一緒に暮らせるようになっても、もし子どもが私と離れることを選ぶなら、それは受け入れなければいけない」

男児と顔を寄せ合う和田和美さん(仮名・本人提供)

 ▽わが子と一緒に帰ることができない家
 軽度の知的障害があり、神奈川県藤沢市のグループホームで暮らす和田和美さん(31)=仮名=は、今年4月に男児を出産した。生理不順もあって妊娠に気付いたときには22週を越えており、中絶の選択肢はなかった。長年担当している相談支援専門員を始め、行政などが支援して、県内の病院で入院して産んだ。
 交際相手とは別れ、シングルマザーとして子育てを希望したが、出産後に退院しても、子どもと一緒に住まいであるグループホームに帰ることができなかった。和田さんが暮らすグループホームが、同居を断った。
 グループホームは制度上、原則18歳以上の障害者を対象にしており、子どもとの同居は想定していない。育児を支援した場合の行政からの財政的な手当てもない。グループホームの管理者は「居室はワンルームで、支援できる職員もおらず、子どもとの同居は困難だ」と説明している。
 和田さんは県内の企業で働き、子どもと2人で暮らせる収入がある。金銭管理など苦手なことはあるが、障害の程度は軽く、和田さんが暮らすグループホームの管理者も「彼女はサポートがあれば育児ができると思う」と話す。
 和田さんは子どもを乳児院に預け、週末に面会に行く日々を送る。「やむを得ず乳児院に預けたが、早く一緒に暮らしたい」。そう願い、どうすれば同居できるか周囲と相談を重ねている。

 ▽宙に浮く希望「スタートラインに立つことさえ許されない」
 和田さんを担当する相談支援専門員の女性は、「彼女は育児のスタートラインに立つことさえ許されない」と、現状に疑問を呈する。
 北海道のグループホームで起きた問題を受け、厚生労働省は今年1月、障害福祉や子育て関連施策を最大限活用して障害者の育児を支援するよう自治体に通知した。だが、実際には希望が宙に浮いてしまう現実がある。
 相談支援専門員の女性は、出産後の和田さんの変化を感じているという。仕事により励むようになり、貯金にも取り組む。「実家での子育ては親の都合でできず、アパートなどで1人で育児をするのに必要な支援を用意するのは現実的に難しい。本人の希望に沿ってグループホームで子育てできるのが望ましいと思うが、そうしたグループホームは乏しい」と嘆く。

上州水土舎の金谷透理事長=2023年9月、群馬県富岡市

 ▽障害者を想定した子育て支援の仕組みが欠落
 知的障害や発達障害がある人の出産、子育ては実態が不明な部分が多い。上州水土舎の金谷透理事長は「当事者が育てたくても、自治体を含めて周囲が理解してくれず、乳児院に預けるケースが多いのではないか」と話す。厚生労働省は本年度、支援を巡る課題や、母子保健、児童福祉との連携の好事例の調査に乗り出した。
 西南女学院大の杉浦絹子教授(看護学)は「グループホームで暮らしながら働く障害者が増え、出産や育児を希望する人も現れている。女性のケースは氷山の一角で、断念せざるを得ない人はほかにもいる。社会全般で子育て支援が進みつつあるが、障害者を想定した仕組みが欠落しており、現行の支援の枠組みではグループホームでもそれ以外でも希望をかなえるのが難しい。行政も障害福祉と子育て支援の部署間で連携が取れていない場合が多く、制度の見直しと関係職員への研修の双方を進めるべきだ」と指摘している。

 ▽取材後記
 障害があると、子育てだけではなく、恋愛や結婚でも周囲から厳しい目を向けられる。特別支援学校高等部の学年主任に向けた専門家の調査では、約7割が男女交際を禁止または制限していた。北海道のグループホームでは結婚や同棲を希望する入居者が不妊処置を受けていた。
 グループホームの入居者が出産しても、わが子と一緒に帰ることすら難しい。望んでも、子育てできない八方ふさがりの現実がある。障害があると、恋愛も、結婚も、子育ても「できない」と一方的に決め、制限する風潮があると感じている。当たり前のことだが、障害の有無にかかわらず同じ人間だ。当事者の希望にもっと耳を傾けていいのではないだろうか。
 今回の取材で、2人の母親はそれぞれわが子への強い愛情と、離れて暮らすつらさを何度も話してくれた。「もし自分が恋愛を止められたり、わが子と一緒に暮らせなかったりしたら」。そう考えずにはいられなかった。

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