HEATHさん、気鋭の若手指揮者…有名人の訃報とワクチン接種を結びつける人が後を絶たないワケ

昨今、有名人の訃報が報じられると、SNS上でワクチン接種と関連付ける投稿が大量になされている。ワクチンに関する非科学的な言説がいまだに根強く支持されるのはなぜなのだろうか?

10月7日にX JAPANのベーシストHEATHさん(享年55歳)が死去していたことが報じられると、X(旧Twitter)上では「ターボ癌」がユーザーの間で話題になっているワードとして、トレンド入りした。ターボ癌とは、新型コロナワクチン接種後の後遺症でがんの進行が加速する症状を指す“造語”。一部で、HEATHさんの死因がこのターボ癌によるものではないかとの指摘が相次いだのだ。

しかし、米国国立がん研究所によると「COVID-19ワクチンががんを引き起こしたり、再発を引き起こしたり、病気の進行につながるという証拠はない」とあり、ターボ癌は科学的根拠のない風説だ。

さらに、指揮者の山脇幸人さん(享年31歳)が11月2日に急逝したことが報じられた際にも、山脇さんが新型コロナのワクチンを接種していたことを強調し、ワクチンと死を関連付けようとする投稿が多数見受けられた。

■強固な、“正しい”とされることを信じないスタンス

ワクチン接種の話題も下火になってきた今日この頃。それでもなお、有名人が亡くなる度に「ワクチンを打っていた」と、訃報とワクチン接種を結びつける人が後を絶たないのはなぜなのだろうか? 臨床心理学の専門家で筑波大学の原田隆之教授に話を聞いた(以下、カッコ内は全て原田教授)。

まず、原田教授によると、ワクチンと死を結びつける大きな要因は”確証バイアス”という心理が影響しているという。

「“確証バイアス”というものがあって、それによって思い込んだものにすぐ因果関係を見つけて飛びついてしまうのです。本当なら人が亡くなる原因は色々ありますが、“ワクチンは危ない。ワクチンで人が死ぬんだ”という“確証バイアス”をもっていると、もう他の原因は一切考えないで、“人が死ぬ=ワクチン”といった風に、直接ワクチンと結びつけてしまうのです。ある種、“思考の手抜き”をしているともいえます」

そもそもなぜ、このような投稿をする人たちは新型コロナのワクチンにここまで懐疑的なのだろうか。

「どこの国でもどんな時代でも、そうした考えの方は一定数います。たとえば、現代医療に不信感を持っている人は、ワクチンに極度の批判をすることがあるし、自然派志向で添加物などを極端に嫌ったりする人は、化学調味料を使った料理研究家を批判したりします。このような反科学的な思想を根底に持つ人たちが、コロナのワクチンに対して“危険だ、危ない”っていう考え方を強めていっているんだと思います」

原田教授によると、このような反科学的・反権力的な思想は陰謀論に結びつきやすいのだという。今回の新型コロナのワクチンについても、実は増えすぎた人口の削減が目的であり体に悪いというものや、製薬会社はワクチンによって病気を引き起こし新たな薬を売ることを目的としている、などの陰謀論が相次いで生じた。

また、コロナワクチンに対し懐疑的なスタンスの人たちは、権威や一般的に“正しい”とされる常識を疑ってかかるケースが多く見られる。何事にもすぐに飛びつかず、真に受けないでその真偽を検討するという態度自体は、重要な態度であると言えるが、その一方で科学的な根拠を欠いたり、出所の疑わしい情報を頼りにすることは危険性が潜んでいる。

「反ワクチンの思想を持つ人たちには、国が発信する情報、あるいは代表的なメディアなど“権威ある機関”からの情報は“自分たちを惑わす嘘”なんだという確信みたいなものがあって、“みんな騙されているんだ”と思っている。そして、騙されていない自分たちは、みんなが知らないことに気づいているから“より優れているんだ”という優越感を持つことができるんです」

そして、公的なリリースやマスメディアからの情報を信じない代わりに、SNSを主要な情報源としているという。

「私がワクチンに関して論文を書くためにデータを取った際に、こうした人々は反科学的な、あるいは反権威的な傾向が非常に強くて、情報の取得についても大手のメディアよりも、YouTubeやSNSに頼る傾向が強いという結果が出ました。また、政府や政治家に対する信頼感も低いことがわかりました」

さらにSNSを利用することで、自分と同じような意見の人達だけで共鳴しあい、ますます自分たちこそが正しいという確信を強めていくのだという。

■“反ワクチン”活動は、彼らなりの正義感

コロナ禍初期ほどワクチンの話題が活発ではない今でも、積極的にワクチンの“危険性”を発信し続けるのはなぜなのか。

「彼らなりの正義感みたいなものがあるのです。ワクチンを打っても打たなくても残念ながら亡くなる人はいます。しかし、彼らにとっては人が亡くなると“これはワクチンのせいだ”と思い込んでいるので、“もっと情報を配信してワクチン接種をやめさせなければならない”と思う。日本ではもう1億人を超す人が打っているなかで、彼らは少数派。それもあって危機感を強めており、“これではいけないんだ”っていう、彼らなりの非常に偏った、歪んだ正義感に突き動かされているんだと思います」

とはいえ、前述のように科学や権威が嘘をついているという“逆張り”の思想が根底にあるため、論理立てての説得は難しいという。

「権威のある医師や国もそうですしWHOもそうですが、専門家が否定するとますます反発をするので、いくら説得を試みても逆効果にしかならないんですよね。自分たちが信じたいことしか信じないのが“確証バイアス”なので、いくら何を言っても、もう彼らの考えを変えることは極めて難しいと思います」

■SNSの“デマ” 荒唐無稽に見えても、起こる弊害

ワクチンと有名人の訃報を結びつけるような投稿は、たとえ一部の人たちだけが信じている”荒唐無稽”に見える内容だとしても、社会的に悪影響を及ぼすこともあるという。

「少数派の偏った意見であってもこれを軽視してはいけないと思います。“ワクチンは危険だ”という投稿が、人気投稿として表示されたら目にしてしまいますよね。すでに接種したという人でも、新しいワクチンに不安を感じていたりしますし、副反応も出て不安になることはあります。また、ワクチンが原因かどうかはわからないけど、接種後に亡くなっている人もいるわけです。そうしたときに、ワクチンの恐怖を煽るような投稿を目にすると、不安を強めてしまう人はいるのではないでしょうか。

以前、子宮頸がんのワクチンをメディアが“あれは危ないんだ”と報道して、ものすごく影響があったように、今のコロナワクチンをめぐる陰謀論的な主張にしても、それが荒唐無稽で非科学的な内容だといって軽視してはいけないと思います」

社会に影響のあるようなデマや陰謀論については、一つずつ正しい情報を専門家や専門機関が発信していくことが重要だという。

「正しい情報の発信は怠ってはいけないと思います。最近、X(旧Twitter)でも“コミュニティノート”という機能ができて“これのツイートには科学的根拠がありません”みたいなコメントが付けられるようになったのはいいことです。投稿を読んで一旦は不安になっていた人も、科学的で冷静に考えると“やっぱりそうなんだよね”ってことをそこで確認できるし、きちんとしたソースがあれば安心もできます。

厚労省や専門家は、ワクチンをめぐるデマを“バカバカしい”と放置するのではなくて、SNSやホームページなどの様々なチャンネルで正しい情報を発信していく行為を、今後も怠ってはいけないんじゃないかなと思います」

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