「上司に髪型かえられた!」 パワハラ訴え1億円請求… 裁判所は“慰謝料”認めるも金額が「期待ハズレ」だったワケ

上司からのイジメを受け1億円を請求したが…(すとらいぷ/ PIXTA)

ヘアスタイル強制チェンジパワハラ事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

上司が、部下の髪に整髪料をつけて髪型を変えたんです。あとは退職強要も認定されています。裁判所は会社に慰謝料50万円の支払いを命じました。(ゆうちょ銀行事件:水戸地裁 R5.4.14)

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ 会社
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・銀行を運営する会社

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▼ Xさん
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・上記会社に勤めていた方
・昭和54年4月〜平成30年3月

どんな事件か

ーーー どんな理由で会社に損害賠償請求したんですか?

Xさん
「私が上司からイジメられていたのです。髪型を変えられたり、退職を強要されたり。あとは、恣意(しい)的に担当業務を制限されたり、同僚から悪口を言われたりする嫌がらせも受け続けたんです。会社は職場環境配慮義務を怠っているので、それを理由に損害賠償請求しました」

Xさんは、なんと! ・・・1億円を請求。

※ 裁判所に払う手数料だけで32万円かかります。印紙代ってヤツです。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「会社は50万円を支払え」

一応、慰謝料請求が認められましたが、1億円から大幅ダウンです。裁判所が認めた上司のパワハラは、以下の2つです。

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1. 退職の強要
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課長代理がXさんに対して「退職届を書いたか?」と尋ね、退職届を渡して「これを所長に提出するよう」述べたんです。

この点について裁判所は「アウツ! やりすぎ!」と判断。具体的には「これは退職するよう示唆し、さらにXさんが自ら退職するよう精神的圧力をかける行為と見られてしかるべきもの。客観的に見て、社会通念に照らし、度を過ぎた言動」と判断しました。

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2.髪に整髪料をつける
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Tokyo 狸 / PIXTA

係長が、Xさんの髪に整髪料をつけて髪型をかえたんです。合計8回。その髪型のまま仕事をさせました。Xさんは不本意だったようです。

ーーー ん? 係長、反論ですか?

係長
「はい。Xさんの髪を触ったり整髪料をつけたりしたことはありません! 私の整髪料をあげるか貸すかして使い方を教えたことはありますけど。というのも。Xさんの髪が日常的にボサボサだったり、フケがたまっていたりしていたんです。女性社員からも『フケがあって近寄るのがイヤだ』と申告があったので」

裁判所
「シャラップ! あなたの言い分は不合理だね。Xさんの髪にフケがついていて周囲に不快感を与える状況だったなら、あなたとしては、まずはXさんに指摘してフケを払うよう指導するのが自然だ。それをせずにフケの除去に効果があるとは思われない整髪料を渡してその使い方を教えただけって、不自然・不合理です」

「てなわけで、整髪料をつけたと認定します! この行為はXさんに屈辱感を与え、その人格的利益を侵害することは明らかです」

上記2つのパワハラについて、裁判所は「会社は職場環境配慮義務を怠った」と認定しました。そして25万円ずつの慰謝料を認め、合計50万円となりました。

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▼ 認められなかったパワハラ
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Xさんは他にも多くのパワハラがあったと主張しましたが、残念ながら認定されず。認定されなかったものを一部挙げます。

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・Xさんに行わせていた業務がXさんの能力に照らして過少だったとはいえない
・基本給の減額が不当な人事評価だったとはいえない
・上司がXさんのかばんを検査した事実は認定できない
・Xさんの日記には、上司がXさんに対し「みんなからいろいろ言われてツライだろうから退職したら」と言われた旨の記載があるが、退職を強要する趣旨とは評価できない
・スキップを強要されたとは認定できない
・モニタリング業務から排除されたとは認定できない
…etc.
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退職強要となるケース

コチラもどうぞ。
「雑魚はいらねえんだよ」人格否定の“退職強要”にうつ病発症…会社の“業務上の指導”が違法とされたワケ

「じゃあ書けよ、書けよ! 退職願を」
「どっかへ行けよ。それで終わらすべよ」
「雑魚」
「チンピラ」

この言葉はバス会社で運転手に言い放たれたものです。裁判所は【退職強要】と認定。慰謝料60万円の支払いを命じました。

パワハラ被害を会社に申告しておく

今回のケースは、残念ながら多くのパワハラが認定されませんでしたが、パワハラされたと感じた場合には会社の相談窓口に申告しておきましょう。パワハラ防止法は以下の措置を会社に義務づけています。

①「パワハラを許しません!」と周知せよ
②「パワハラしたヤツを厳正に対処します」と周知せよ
③「相談窓口はココですよ」と周知せよ
④「相談者のプライバシーを守ります!」と周知せよ
⑤「相談しても何の不利益もありませんよ」と周知せよ
⑥相談窓口をキチンと機能させよ
⑦相談があればソッコーで事実関係を確認せよ
⑧パワハラが確認できたら、被害者をレスキューせよ
⑨パワハラが確認できたら、加害者にしかるべき措置をとれ
⑩再発防止策をとりたまえ

詳しくはコチラ。
会社内上司の悪質な“いじめ”が止まない… 「パワハラ防止法」は対抗手段の“武器”になる?

会社がおざなりな対応をすれば、会社に対して安全配慮義務違反を問える(=損害賠償請求などができる)可能性が高まります。上司やパイセンのパワハラで悩んでいる方は、会社が上記の措置をとっているか1つずつチェックしてみてください。パワハラされた証拠も確保しておきましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

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