「撃ってみろ!」包丁2本持つ男への“発砲”は適切だった? 警察官が事件現場で拳銃を撃てる“条件”と“状況”

「発砲した警察官は出世できない」という都市伝説もあるようだが…(mits / PIXTA)

「撃てるものなら撃ってみろ‼」――。

今月13日午前6時10分ごろ。大阪市住之江区の集合住宅で「男の怒鳴り声がする」との110番通報があった。通報を受けた住之江警察署の男性巡査長(42)が現場に駆け付けたところ、料理用の包丁2本を手にした男が冒頭の言葉を発しながら向かってきたため、一発威嚇射撃をし、制止のためわき腹に発砲した。

「拳銃の使用は適正な職務執行だった」

社会部記者が言う。

「警察の制止後に銃刀法違反容疑で現行犯逮捕されたのは集合住宅の別棟に住む無職・松本幸治容疑者(58)です。警察官が現場に駆け付ける前、松本はゴミ出しをしていた面識のない住人女性が空き室の玄関をたたくなどしていた松本を注意したところ、その住人女性に包丁で襲い掛かり、複数の切り傷を負わせていました。松本は逮捕後に病院に搬送されましたが命に別条はありません」

事件後、住之江署の本田直樹副署長は「現時点では、拳銃の使用は適正な職務執行だったと判断している」とのコメントを出したが、過去には警察官が犯人に対して発砲を行ったことで訴訟になったケースも存在する。

元警察官によれば拳銃は「携帯する際には拳銃の銃把部分と帯革(たいかく)と呼ばれるベルトにつりひもを付けることを義務づけらており、拳銃、弾は保管庫で管理され、都度幹部の立ち合いの下で出し入れしている」という。

そのように、保管や携帯まで拳銃の取り扱いを厳重に管理されている日本の警察だが果たしてどのような判断で発砲が許可され、また、どのような場合、発砲の正当性を認められず罪となる場合があるのだろうか?

安全な方向に向けて威嚇射撃をする必要がある

大阪府警に行政職員として入庁した経験もある堀田和希弁護士に過去の事例をひもときながら一問一答形式で解説してもらった。

──2007年に愛知県長久手市で起きた立てこもり事件では、拳銃を持った犯人に警察官が発砲され警察官救出時にもSAT隊員が撃たれ、死亡した後も、狙撃や突入といった決断ができなかったことなどが批判を受けました。そもそも警察は何の法律によって拳銃を携帯する権利を有し、どのような場合に発砲が許可されるのでしょうか?

堀田弁護士:まず、警察法第67条に「警察官は、その職務の遂行のため小型武器を所持することができる」旨が記されています。 また、警察官職務執行法第7条にその使用に関する定めがあるため、警察官には拳銃の使用が認められていると考えられています。

そして、警察官等拳銃使用及び取扱い規範第8条で「警察官は、警察官職務執行法第7条ただし書に規定する場合には、相手に向けて拳銃を撃つことができる」と規定されています。

具体的には、以下(ア)から(エ)の場合になります。

(ア)正当防衛の場合
(イ)周辺にいる市民の身を守るためなどの緊急避難の場合
(ウ)死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合
(エ)逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合

ただし、緊急時を除いて、警察官は拳銃を撃とうとするときは相手に予告しなければならないとされています(警察官等拳銃使用及び取扱い規範第6条)。また、緊急時を除いて、警察官は相手を撃つ前に上空などの安全な方向に向けて威嚇射撃をする必要があります(同第7条1項、3項)。

──――今回の大阪市住之江区での警察官の発砲は適正な職務執行だと言えるのでしょうか?

堀田弁護士:私個人としては、発砲は適正な職務執行という見解です。

今回は被疑者が両手に2本の包丁を手に持って警察官に向かっており、かつ警察官が警告し、けん制のために上空に威嚇射撃をしたにもかかわらず被疑者が止まらなかったため、警察官は被疑者に対してやむを得ずに発砲したものと考えられます。

とすれば、警察官が発砲するために必要な手順を踏んだうえで、自らの身を守るために発砲したといえるでしょう。

また、発砲により被疑者を死亡させておらず、わき腹に全治2週間程度のけがを負わせた程度であれば、警察官は自身の身を守るため被疑者に必要以上のけがを負わせたともいえませんので、今回の発砲行為は正当防衛として“適正な職務執行の範囲内”に収まるものと考えます。

──――過去にはナイフを持った犯人に警察官が発砲、死亡させ、遺族から訴えられ敗訴したケースもあります。警察官が発砲し犯人や遺族から訴えられた場合、何罪が適用される可能性があるのでしょうか? 個別具体的なケースについてもお聞かせください。

堀田弁護士:特別公務員暴行陵虐(刑法195条)、同致死傷(同196条)又は業務上過失致死傷罪(同211条)が適用され得ると思います。

警察官による拳銃の発砲が違法とされたものについては、昭和54年に警察官が銃刀法違反及び公務執行妨害の現行犯を逮捕しようと追跡していたときに反撃にあったため射殺してしまった事件があります。

同事件では、要約すると、警察官が近づかなければ被疑者が警察官に反撃をしたり、周辺住民に積極的に危害を加えるなどの犯罪行為を行っていたとうかがえる客観的事情がまったくなかったことから、犯罪内容や警察官が接近しなければ抵抗することもなかったという事情があり、かつ発砲した警察官には他の警察官の応援を待って追跡するなど、逮捕するために他にとり得る穏当な手段もあったため、発砲する必要まではなかったという判断を裁判所がしています。

そのため、警察官による被疑者に向けての発砲は、事件の内容(重大性)やそのときの被疑者の状況などから、どうしてもやむを得ない場合に最終手段として認められるべきものと裁判所も考えていることが分かります。

狩猟などの特殊な事情がない限り一般的には所持はできない日本の銃器事情。犯罪と対峙(たいじ)する警察といえども取り扱いには厳格なルールが定められているようだ……。

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