大阪万博、500日前にこの状態で本当に開催できるのか(前編)「理念もマネジメント能力もない」という実動部隊 問題続きの背景に三つの構造的要因

「2025年日本国際博覧会協会」の看板前で写真に納まる(左4人目から)経団連の中西宏明会長、大阪府の松井一郎知事、大阪市の吉村洋文市長ら。肩書はいずれも当時=2019年1月、大阪市

 大阪万博の開幕まで、11月30日で500日。1年以上あるとはいえ、準備状況は瀬戸際の色が濃くなっている。花形となる海外パビリオンは建設の遅れが明白で、独創的なデザインを諦めて簡素な外観に移行する国が相次ぐ。会場の整備費用は当初の想定から2回目となる引き上げが決まった。その額、最大で2350億円。このうち国と大阪府・大阪市が合わせて3分の2を負担する。つまり大半が税金で賄われるということだ。多くの国民が万博不要論を唱える気持ちはよく分かる。
 一体なぜ、これほど迷走しているのか。さまざまな問題がある中、私たちは実動組織となる「日本国際博覧会協会」、通称万博協会に注目した。この間の動きを見ていると、相次ぐ問題発生の背景として構造的要因が三つ浮かび上がってくる。「顔役不在」「寄せ集め」「公的機関の限界」だ。どういうことか。順番に説明していきたい。(共同通信=2025年大阪・関西万博取材班)

 ▽「顔」は一体誰なのか
 最初に浮かび上がる疑問は「万博協会の『顔』は誰なのか」という点だ。万博のニュースでは岸田文雄首相や自見英子万博相、吉村洋文大阪府知事らが発言している場面が割と多い。ところが3人とも、万博を仕切る協会の会長ではない(吉村氏は副会長)。トップとなる会長は経団連会長で、現在は十倉雅和氏が務める。
 顔役が見えづらいことの問題は、万博会場の整備費を巡る一連の経過で端的に表れた。会場となる大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)の土台とインフラを整え、催事場をはじめとする施設を建てるための費用だ。2回の見直しを経て、11月上旬には当初想定されていた1250億円の1.9倍となる最大2350億円まで上振れすることが決まった。費用は国と大阪府市、経済界がそれぞれ3分の1ずつ負担する枠組みが維持された。
 建設資材の高騰を主な理由とする今回の増額について、万博協会は10月20日、精査した結果をオンラインで国など三者に報告した。説明者は協会事務方トップの石毛博行事務総長。報告を聞く側は大阪府の吉村知事、大阪市の横山英幸市長、関西経済連合会の松本正義会長らだった。ここに十倉会長の姿はなかった。一方、報告を受ける側はいずれも協会の副会長を務めている。
 万博協会副会長を兼ねる吉村知事は、協会の事務方幹部を2度府庁に招き、詳細な積算根拠を聞き取った。いずれも記者団に様子を公開した。社会情勢の変化による費用の上昇と、コスト縮減を同時に図っている点を説明させ「負担増やむなし」の雰囲気をつくり上げた。「万博協会の報告を受けた大阪府知事」として、府民らに負担増をおわびしつつ、増額を容認した。自身の職責については「協会副会長で責任者だ」と強調しながらも、府の代表者として協会をただす立場を貫いた。呼び付けられた協会側からはこんな不満が漏れた。
 「吉村知事を立てないといけないから仕方ないが、まるでさらし者だ」
 ある大阪市議は言う。「知事も市長も協会の副会長であり、事態を把握して議会や府民・市民に伝えるべきだった。役割をはき違えている」
 通常の組織であれば責任者が「顔」として認知されるが、協会の会長や副会長の場合、経団連や大阪府など別組織の代表を兼ねており、協会幹部としてメディアに露出する機会は少ない。今年9月からは石毛事務総長が月1回記者会見しているものの、十倉会長が同席する場面は限られる。「万博の運営主体である協会」について、責任を持って統率するべきは誰なのか。国民に分かりづらい状態が続く。

「2025年日本国際博覧会協会」の設立総会後、記念写真に納まる(左端から)大阪市の吉村洋文市長、大阪府の松井一郎知事ら(肩書は当時)=2019年1月、大阪市

 ▽「英知を結集した」という実動部隊
 日本国際博覧会協会は2019年1月に発足した。前年11月の博覧会国際事務局(BIE)総会で大阪万博の開催が決定したことを受けてできた、官民合同の組織だ。万博について定義する国際博覧会条約によると、万博は国が主体となって開催することが前提で、万博協会はいわばその実動部隊に当たる。設立趣意書には「万博を成功に導くために、世界から英知を結集し国民を挙げて開催準備に当たる」と記された。
 構成は大きく分けて「役員」と「事務方」の2つ。役員は理事会を構成する主なメンバーで、会長は経団連会長が務める。副会長には大阪府の吉村知事や大阪市の横山市長、関経連の松本会長ら13人が名を連ね、学識経験者や企業関係者ら15人も理事に就いている。
 一方、万博協会の「本体」ともいえるのが、事務総長をトップとする「事務方」だ。事務総長は、日本貿易振興機構(ジェトロ)の理事長だった経済産業省出身の石毛博行氏。中央省庁出身者を中心に副事務総長5人が並び、その下に海外パビリオンを所管する「国際局」や会場整備を担当する「整備局」などの部署がある。総勢700人近い大所帯だ。
 大所帯にありがちな「寄せ集め」ぶりも、問題続出の構造的要因として浮き彫りとなっている。

オンライン会議で万博整備費の増額を報告する、日本国際博覧会協会の石毛博行事務総長=10月20日、大阪市

 ▽「カルチャーも決め方も異なる」
 万博を取り巻くさまざまな課題のうち、最初に大きく注目されたのは海外パビリオンの建設だ。150を超える参加国・地域のうち、自前で建設する「タイプA」を当初希望した60カ国(56施設)の準備が大きく遅れていることが明らかになった。
 新型コロナウイルス禍が一段落し、大規模再開発が国内で相次ぐ中、閉幕後の解体を前提にしたパビリオン建築は業者にとって魅力に乏しい。2024年には建設現場の残業規制が強化され、人手不足に拍車がかかる。海外の設計であれば言語の壁も生じうる。こうした問題はかねて業界団体側から指摘されてきたが、協会の動きは鈍かった。トラブルが噴き出してから対応する「後手」ばかりが目立つといっても過言ではない。
 ここで浮かんできた「寄せ集め所帯」ぶりについて、協会幹部は自らこう分析する。
  「職員それぞれのカルチャーが異なり、物事の決め方や考え方が違う。何度か意思統一しようとしてきたがなかなかうまくいかなかった」
 大きなプロジェクトについて議論をしてもフォロー体制が機能せず、停滞することもあったという。
 見かねた政府は8月末、岸田文雄首相による号令をかけた。「万博の準備は極めて厳しい状況に置かれている。成功に向けて政府の先頭に立って取り組む」。9月からは財務省や経済産業省から幹部を次々に送り込み、新たに「総合戦略室」が設置された。主に部局間の調整やプロジェクトの進行管理を担う。開幕1年半前に至ってようやく「かじ取り役」が固まったという体たらくだ。

万博に向け、木造の巨大屋根「リング」の工事が進む大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)=11月19日

 ▽「公益性を考えれば…」限界あらわ
 万博の成否の鍵を握るのは、参加国が独創的なデザインで自ら建てるパビリオンの「タイプA」だ。万博協会は準備遅れの指摘に対し、参加国と建設業者とのマッチングには注力した。各国には国内建設業者のリストを提供し、建設業者向けにもタイプA参加国のリストを作成した。7月には十数カ国がパビリオンの概要を説明する機会を設けて、参加した業者にアピールした。
 それでも建設業者からすると、万博に前向きになれない事情がある。大阪のターミナル駅の梅田周辺を含め、国内では複数の大型の再開発事業が進行中だ。今後数十年を見据えた街づくりの醍醐味に比べて、万博の建物の多くは半年間の会期が終われば解体してしまう。大手ゼネコン関係者の言葉がそれを象徴する。「万博工事はうまみがない」
 タイプAの建設を目指す60カ国(56施設)のうち、大阪市から建設に必要な許可を得たのは、11月下旬時点で5カ国にとどまる。日本建設業連合会の宮本洋一会長(清水建設会長)は6月時点で、建設が開幕に間に合うかどうかを問われてこう指摘している。「非常に厳しい状況だ」。関係者に繰り返し懸念を伝えていたという。万博協会はもっと踏み込んだ対応を取れなかったのか。
 協会は2019年10月、一般社団法人から公益社団法人へと移行した。職員は「みなし公務員」に当たり、公務員と同様の規定が適用される。協会幹部はパビリオン建設との関係をこう説明する。
 「公益性を考えれば、マッチングの機会を増やすことしかできない」
 有力な事業者を個別にプッシュしたり、事情をよく知る大手ゼネコンに仕切りを任せたりすると、談合やカルテルに当たりかねないからだ。この幹部は言う。「協会の調整不足と批判されるが、では、これ以上何ができると言うのか」。一連の推移を見守ってきた大阪市議はこう嘆息する。
 「『公』の機関が大規模事業を開催することの限界を露呈している」

万博に出展するオーストリア館のイメージ=オーストリア大使館提供

 ▽1970年の成功体験
 こうした現状には、専門家も苦言を呈する。1970年の大阪万博に詳しい京都大大学院法学研究科の中西寛教授(国際政治学)は指摘する。
 「巨大なイベントには、理念とマネジメント能力の両方がないとうまくいかない。2025年大阪・関西万博はその両方がなく、1970年の成功体験と経済効果への期待だけで進んでいる。会場整備費が増えたり、海外パビリオンの建設が遅れたりするという逆風が吹いたことで、その弱点が暴かれた」
 中西教授によると、1970年の大阪万博も万博協会の人員は寄せ集めだったものの、出身母体の違う職員をまとめ上げる力を持った幹部がいた。また、日本の経済発展を国内外にアピールするという明確な意義があり、ヨーロッパやアメリカ以外では初めての万博となったことで、欧米中心ではない世界をどう見せるのかという点も当時の関係者はよく議論したという。
 共同通信社が11月に実施した世論調査では、万博の開催について「不要だ」が68.6%に達した。「必要だ」は28.3%だった。中西教授は手厳しい。「逆風の中でも、頑張って万博をする意義がどこにあるかが説明されない。『2兆円の経済効果』など抽象的な話しかなく、当事者が無責任に進めていくから国民はしらけている」。その上で「寄せ集め所帯の万博協会にはマネジメント能力がない。みんな一時的な出向だから、他人に嫌がられることを指摘することもないのだろう。だからこそ上に立つ人間がしっかり詳細を詰めながら進めなければいけないが、そうした人がいない」と嘆いた。
 しかし万博の工事は進んでいる。これからするべきことはあるだろうか。中西教授は現実的な選択肢として次のようなことを訴えた。
 「改めて万博で何を訴えるべきかを関係者で考えるべきだ。それに沿って計画をシンプルにし、それ以外の部分は削ることで予算の圧縮に努める。こうして理屈を付けて削っていけば、国民に納得感を持って万博を受け止めてもらえるだろう」

1970年の大阪万博に詳しい京都大大学院の中西寛教授=11月7日、京都市

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