宮城・石巻市に避難して1年7カ月 ウクライナ人女性 自立への第一歩

ロシアの軍事侵攻を受け、宮城県石巻市に避難しているウクライナ人女性です。避難から1年7カ月が経ち、この夏から介護施設で働き始め新たな一歩を踏み出しました。

ウクライナ出身のホンチャロヴァ・イリナさん(64)です。8月から石巻市の介護施設で週に1回働いていて、利用者の体を動かすサポートをしています。

ウクライナで25年間小学校の教師を務めた後、高齢者の支援団体で活動していたイリナさんは、ロシアの軍事侵攻を受け2022年4月に石巻市に住む長男を頼り、ウクライナ北部の都市チェルニーヒウから母親と避難してきました。

多くの人の支援を受けて石巻市で暮らしてきたイリナさんに、長引く避難生活である思いが芽生えました。
ホンチャロヴァ・イリナさん「日本の社会のために何か役立ちたいと思っています。
住んでいる街に少しでも貢献したい。(利用者の笑顔を見ると)自分の心の中にある悩みや悲しい気持ちなどを忘れることができます」

介護施設で勤務を始める

避難当初からイリナさんと交流を続けている施設長の遠藤早苗さんです。出会った時のイリナさんが震災の時の自分と重なりました。
老人福祉施設花水木遠藤早苗施設長「その頃は笑顔であっても、目がとても悲しい目をしていらっしゃる方だと思って、(石巻市も)大切な街や思い出が津波で流されたり身内や近い人の多くを亡くしたりで、つらい思いや苦しい思いをしてきたのでイリナさんの目を見て感じました」

イリナさんの心に寄り添いたいと支援を続け、施設で働くことを提案しました。ウクライナのことを話すとよく涙を流していたというイリナさんは今、自分にできることを考えています。
ホンチャロヴァ・イリナさん「心に抱えている苦しみや悲しみが消えてしまったわけではありません。でも、どんなことがあっても生き続けなければなりません。人生は続いていく、生きていかなければなりません」

石巻市に避難して1年7カ月が経ち、日本語も覚えました。地域のコミュニティセンターで開かれた作品展に、イリナさんの作品が初めて展示されました。イリナさんは、1年以上にわたり書道を学んできました。
ホンチャロヴァ・イリナさん「書道は心に深い影響を与え安心感をもたらし、前向きな気分にさせてくれる効果があります。そのため、私は書道を一生続けていきたいと思います」

書道を学ぶ

ホンチャロヴァ・イリナさん「皆さんこんにちは。私はイリナです。2022年の4月16日、母と一緒にウクライナから来ました」
石巻市の震災遺構・門脇小学校で月に1回行っている語り部のボランティアも、もう1年になります。
ホンチャロヴァ・イリナさん「この街には古い寺院や建物がたくさんあります。通りには木や花がたくさんあります」
侵攻前のふるさとの様子やウクライナの文化について日本語で話し、命の尊さや平和への願いを伝えています。

女性「あんなきれいな街を壊されて、あんなふうになるっていうのはすごくショックです」
ホンチャロヴァ・イリナさん「いくつかの場所は現在破壊されています」
女性「平和に対する思っていうのは失ってはいけないんだなっていうか、忘れてはいけないんだなって。今はガザ地区とかそっちの方にテレビはなってるんだけど、でもウクライナも毎日戦争が起きてるんだから」
ホンチャロヴァ・イリナさん「あなたの国の皆さんの健康と平和を祈ります。日本はとても素晴らしい国です。ありがとうございました」

戦争終結を願う

ロシアの軍事侵攻から2024年2月で2年が経ちます。長引く戦争に、犠牲者が増えています。石巻市での生活に慣れてきた一方、イリナさんの心に刻み込まれた傷が消えることはありません。
ホンチャロヴァ・イリナさん「(避難当初は)戦争がすぐに終わると期待し、日本での滞在は短いものになると思っていました。しかし(戦争の)終結がいつになるのか誰にも予測できません。戦争が終結することを心より願っています」

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