1986オメガトライブの『Navigator』から考察するカルロス・トシキの魅力とポップミュージック

『Navigator』('86)/1986オメガトライブ

その歌声とサウンドが、欧米でのシティポップブームにおいても注目されているという1986オメガトライブ。そんな彼らの1stアルバム『Navigator』、2nd『Crystal Night』のデジタルリマスター盤が、11月22日にリリースされた。ともにシングルでのみ発表された楽曲や別バージョンなどとボーナストラックとして収録しており、2枚併せたら、1986オメガトライブのコンプリートアイテムと言ってもいい代物だ。ファン必携と言えるだろう。今週はそんな1986オメガトライブから、デビュー作『Navigator』を取り上げる。

カルロスの個性的な美声

実はわりと最近まで1986オメガトライブを忘れていた。すみません。いや、「君は1000%」も「Super Chance」が彼らの代表曲であったことは忘れてはない。何なら♪君は1000%〜とか♪Ah Super Chance〜とか、サビなら何とか歌える。バンドの成り立ちも分かる。杉山清貴&オメガトライブから杉山らメンバーが脱退し、そこにカルロス・トシキ(以下、カルロス)が加わったことは知っていた。それでは何を忘れていたかというと、杉山清貴&オメガトライブから即カルロス・トシキ&オメガトライブとなったとばかり思っていて、その間に1986オメガトライブがあったことを完全に失念していたというわけだ。この度のデジタルリマスター盤がリリースされるニュースを聞いて、“おっ、そう言えば…”と、誠に失礼ながら1986オメガトライブというバンド名を思い出した次第だ。ホントすみません。しかしながら、自己弁護するわけじゃないが、それもカルロスの存在感が強過ぎたからだと思う。あとでも述べると思うが、「君は1000%」も「Super Chance」にしても、サビのキャッチーさはもちろんのこと、カルロスの歌声があってヒットに結び付いたことには、多くの人にとっても異論のないことではないかと思う。♪君は1000%〜とか♪Ah Super Chance〜にしても、カルロスが歌うからこそ、楽曲がさらに魅力的に聴こえた。それは間違いのないのではなかろうか。

カルロスの歌声の特徴を形容すると、やっぱり“甘い”となるだろうか。某バラエティー歌番組では、“女性が選ぶ 甘い声の男性ヴォーカリスト”として平井 堅、福山雅治、藤井フミヤ、秦 基博、徳永英明、河村隆一、玉置浩二、hyde(L'Arc-en-Ciel)、増田貴久(NEWS)、草野マサムネ(スピッツ)の名前を挙げていたと聞く。なるほど…とは思う。だが、こうして並べてみると“甘い”の基準が分かったような気もするし、まったく分からない気もしてくる。カルロスの歌声を指して単に“甘い”というのは、いささか乱暴のようだ。よって、筆者なりに別の形容を加えてみたい。ひとつは“可愛い”、そして、もうひとつ“くすぐったい”はどうだろうか。当時まだ22歳と若かったにせよ、立派な成人を捕まえて“可愛い”とは何事かとご本人並びに関係者、ファンの皆様に叱られそうだが、それでもやはり彼の声に“可愛い”はあると思う。特に高音域(『Navigator』収録曲では概ねBメロ、サビ)で少年っぽさが感じられる。おそらく英語、ポルトガル語、日本語のトリリンガルであることも関係しているのだろう。日本語の発音が微妙にネイティブのそれとは聴こえ方が異なり、それが個性にもつながっていると思われる。個人的にはラ行にそれを感じる。メロディーを伸ばすところ(小節やセンテンスの終わりとか)で色濃いように思う。M4「Navigator」であれば《夏服の胸が 君を何故か大人に見せる》の最後の《る》であり、M6「君は1000%」では《君は微笑みだけで 海辺のヴィラ》の《ラ》や《しなやかな仕草と 渡されたカクテル》の《ル》がそれで、舌足らず…というと語弊があるかもしれないが、日本語のラ行とは若干異なる発音に、自然と“可愛い”を感じてしまうのである。余談だが、昨今のK-POPのシンガーが歌う日本語にも似たニュアンスがあると思う。

また、彼の歌声には、全体的に独特の揺らぎがある。そこが“くすぐったい”ところだ。高音域でビブラートをかけたところでもそれは確認出来るが、低音域でもわりと感じるところで、Aメロの出だしはだいたいそんな印象。決して芯が弱いわけではなく、むしろ力強さを感じるものの、表層がどこかフワフワしている。そんなイメージだ。とりわけ楽曲のテンポがミドル~スローなナンバーでそこが心地良く響き、本作ならばM3「Aquarium in Tears」とM5「Night Child」がその本領発揮と言えるだろうか。その“甘く、可愛く、くすぐったい”が及ぼす効果(?)を以下で探っていくが、まずは、そのカルロスの個性的な美声は1986オメガトライブの最大の武器であったことを強調しておきたい。

デジタルサウンドの大胆な導入

『Navigator』での1986オメガトライブのサウンド面に話を移そう。以前、当コーナーで取り上げた杉山清貴&オメガトライブ『ANOTHER SUMMER』(https://okmusic.jp/news/382133)もそうだったのでドンシャリ感は覚悟して拝聴したものの、これが想像以上に1980年代サウンドだったことに正直言って驚いた。派手なものは、ニューロマ寄り…というよりは、もはやシンセを駆使した独自のジャンルではないかと思うほどにデジタル音が重ねられている。M2「You Belong to Him」のBメロから聴こえてくるマリンバ的な音色は最近あまり耳にしたことがない新鮮さを感じたし、M4「Navigator」で全体に横たわるキラキラとしたシンセの装飾はいかにも…といった感じで、覚悟していた分、それほどびっくりもしなかったのだが、M7「21 Candles」のインパクトの強さにはちょっと面食らった。イントロからガシンガシン、ドンシャンドンシャンとリズムが鳴らされる。個人的にはFrankie Goes To Hollywoodを思い出した。歌が入ると比較的落ち着いた感じにはなるのものの、間奏ではギターソロを凌駕するかのようにノイジーなビートが響く。楽曲そのものはあくまでもポップスの範疇であるのもかかわらず、サウンド、とりわけリズムの重さが妙に突出している。Duran Duranの楽曲にもこういうタイプがあったかもしれないと思ったし(The Power Stationだったか…)、思えば、この頃、日本でもこのようにビートを強調した12インチシングルがあったことが記憶に蘇ってきた。そういう時代だったと言えばそこまでなのかもしれないが、ここまでくると、ちょっと実験的な香りがして、むしろ相当に興味深く思ったところだ。

想像するに、1986オメガトライブとなった時、バンドメンバーからベース、ドラムがいなくなり、カルロス、高島信二(Gu)、黒川照家(Gu)、西原俊次(Key)という編成になったことがその背景にあったのかもしれない。リズム隊がいないのだから、必然的に同期に頼ることになる。当時の音楽シーンの流行を考えれば、生音とは逆のベクトルを指向したと見ても不思議はなかろう。わりと派手なデジタルサウンドになったことにも納得できる。

もうひとつ、これは筆者の完全な邪推だが、カルロスの歌声との相性を考えた──そこもあったのではなかろうか。前述の通り、少なくともデビュー当時のカルロスの歌声は甘いものであった。可愛くもあったし、くすぐったくもあった。例えば、アコースティックセットや弦楽奏のような生音でのアンサンブルとも相性が良さそうではあるが、その真逆とも言えるデジタル音と組み合わせることで、むしろ歌声が際立つ。そんな判断があったのではないだろうか。彼の歌声はフワッと柔らかく、グラフィック的に言えば、曲線的であり、丸みを帯びたものだと言える。一方、デジタルの波形は直線的であって、1980年代は特にそれが強調されていた。筆者は音響の専門的なことは分からないので、科学的な確証も何もない勝手な意見なのだが、カルロスの歌声とデジタルサウンドは対極の関係にある。それゆえに、カルロスの歌声がより甘く、可愛く、くすぐったく響いた。そんなことも想像した。だとすると、M7のサウンドを面白く感じたのは、カルロスの歌声による効果かもしれない。

閑話休題──。デジタルサウンドに面白みを感じたので、そこばかりを強調して書いてしまったが、楽曲そのものはニューロマでもテクノでもなく、ポップスであることを改めて述べておきたい。ソウル、ファンクをベースにしたものが多く、M5「Night Child」などは昨今のコンテポラリR&B;に近い印象がある。シティポップでもいいと思う。また、M1「Blue Reef」やM3「Aquarium in Tears」辺りで聴かせるカッティング、M4「Navigator」の間奏でのソロと、ギタープレイの確かさもしっかりと確認できる。バンドの矜持が示されているというと、いささか大袈裟だが、そこもまた改めて強調しておかなければならないところだろう。

カルロスの声と歌詞との相性

最後に『Navigator』の歌詞について記そう。これも覚悟はしていたが、バンド名が示す通り、やはりバブルの匂いがするのは当然と言えば当然だろう。1986年は[一般的にこの年からバブル景気とされる。1991年初頭に崩壊するまで4年半(1992年初頭頃にバブル景気が正式に終結するまでを含めると、約5年余り)続いた戦後で二番目に長い好景気である]ということである([]はWikipediaからの引用)。《キャビンのパーティーナイト 目が合うたび/止まらない 想い》(M2「You Belong to Him」)とか、《ペントハウスの 窓に射す街の灯で/君抱きしめた…》(M3「Aquarium in Tears」)とか、《君は微笑みだけで 海辺のヴィラ 夏に変えてく》(M6「君は1000%」)、《シャンパン・グラス 傾けて 微笑む君は》《Make Romance 飲みかけのキール 君がそっと手渡す》(M7「21 Candles」)とか、なかなか香しいワードが並んでいるのも、むべなるかな…といった感じではある。今となっては、昭和の青年たちが想い描いた、いにしえのファンタジーとして微笑ましく受け止めたい。

それはそれとして、歌詞で描かれているストーリーが、一部を除いて、主に主人公がお相手に翻弄される内容であるというのは注目ポイントだろう。

《But you belong to him 打ち消しながら/渚とばした 夏の日々/How can I say I love you かすかな予感/伏せたまつ毛に 煌めいた》《海を見つめて 戻れないと/君はつぶやいた》(M2「You Belong to Him」)。

《海へ続いてく ハイウェイを見下ろして/君はごめんねと/ひとことだけつぶやいた》《白いクーペから 差し出した左手に/握ってた指環/アスファルトに音たてた》(M3「Aquarium in Tears」)。

《Can I write our love story/いつも君は愛の Navigator/僕の心 静めてほしいのに/I do I believe I love you/二人でいる夜を Navigation/僕の願い その唇だけで 答えほしい》(M4「Navigator」)。

《黄昏の街角 君にダイアルする/返事はテープの声 むなしくもどかしい》《一人でいられない 僕は君を探す/いつか教えてくれた 秘密の19 century bar》《年上の人だけど せつない瞳で僕を見る/言葉を選ぶ度 はにかんですねてる》(M8「Older Girl」)。

どうしてこういう内容になったのかと言えば、これはもうカルロスの歌声、そのキャラクター性によるものだと──これは邪推ではなく、確信するところである。甘いけれど、可愛らしく、聴く人の心をくすぐる美声は、どこか寄る辺なさも秘めている。誤解を恐れずに言えば、少しばかりの不憫さがある。それがこうした歌詞と相性が抜群にいい。この辺はカルロスがどうとか、1986オメガトライブのメンバーがどうとかいう以前に、オメガトライブのプロデューサーである藤田浩一氏の意向、あるいはそれを汲んだ作家陣のイメージから来たものだろう。ちなみにM4、M8は藤田氏の作詞である(M8はカルロスとの共作)。そう考えると──筆者の邪推込みではあるが──1986オメガトライブとは、首尾一貫、とても丁寧に作られたプロダクトであったことも分かる。そう言うと揶揄しているように聞こえるかもしれないが、これは誉め言葉。米国の優れたエンターテインメントがそうであるように、音楽に限らず、ポップな作品というのは、ひと握りの人物の思考だけによって作られるものではないと思う。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Navigator』

1986年発表作品

<収録曲>
1.Blue Reef
2.You Belong to Him
3.Aquarium in Tears
4.Navigator
5.Night Child
6.君は1000%
7.21 Candles
8.Older Girl
9.North Shore

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