“大卒エリート”のベトナム人青年が「母国最高クラスの初任給」を捨て「技能実習生」になった“戦略的”理由

ベトナムの大卒最高クラスの初任給は日本円で4万円程度だという(よねやん / PIXTA)

出入国在留管理庁によれば、昨年失踪した外国人技能実習生は9006人と過去2番目に多かったといいます。日本には約32万人の技能実習生がおり、“失踪率”でいえば約2.8%。これを多いと見るか少ないと見るかは、人ぞれぞれかもしれません。

失踪の原因はさまざま考えられますが、その原因は必ずしも、一般的にイメージされる「劣悪な労働環境」ではなく、「思うように稼げない」状況も大きく影響していると言われています。

技能実習をきっかけに祖国で“勝ち組”の人生を手に入れた人、失踪せざるを得ない状況におちいった人、“技能実習マネー”に群がる有象無象…。多様な立場から見つめると、日本が生み出したこの制度がいかに“複雑怪奇”であるか分かります。

第2回目は、大学卒業後、日系企業から「ベトナムの大卒としては最高クラスの初任給」を提示されながらも、技能実習生として来日する道を選んだダットさん(男性、31歳)の例を見ていきます。

(#3に続く)

※この記事はジャーナリスト・澤田晃宏氏による書籍『ルポ 技能実習生』(筑摩書房)より一部抜粋・構成しています。

10年後、給料が10万円になっているイメージを持てなかった

ハノイ市内から車で約1時間半にあるハイズオン省のある村で、元実習生のグエン・ヴァン・ダットさん(31歳)に出会った。日本に来る実習生の大半は高卒や中卒だが、ダットさんは大学を卒業した珍しいタイプだ。しかも、ベトナムでは最難関校の一つである国立ハノイ工科大学の出身。高校時代は約200人中、上から2番目の成績だったという。

ダットさんは大学卒業後に、日本のヤマハ発動機のベトナム法人から内定を得た。「ベトナムの大卒としては最高クラスの初任給」(ダットさん)を提示されたが、それでも日本円で4万円程度だったという。

「ベトナムでは大卒でもまだまだ給与のいい仕事はありません。10年後に自分の給料が10万円になっているイメージを持てなかった」

同時期に受けていた日本企業の実習生の面接に合格し、ダットさんは日本行きを決意する。2012年3月、東海地方の大手工作機械メーカーの実習生として来日。給料は月額約13万円、住居費などを引かれた手取り額は約9万円だった。確かに「ベトナムの大卒としては最高クラスの初任給」の3倍以上を稼いだ。

「生活費として使ったのは2万円程度です。最低6万円は貯金できました。仮に送り出し機関に払うお金をすべて金利の高い銀行から借りたとしても、1年以内に返済し、3年間で年金の脱退一時金も合わせて200万〜300万円を国に持って帰ることができます。これがベトナムの若者が日本に期待する平均的な夢でしょう。ハノイ市内では難しくても、地方ならそれだけのお金があれば、まだ家が建ちますし、お店を開くことができます」

ベトナム人が実習生として日本を目指す理由を、ダットさんはそう解説した。

こうした動機は本章で繰り返し述べてきた(編注:抜粋箇所外)が、それだけではない。

「日本で技術を学び、日本語が話せるようになると、ベトナム国内の日系企業から高いポジションで採用してもらえます」

ダットさんは現在、フンイエン省の工業団地にある日系企業の生産技術課長として働いている。月収は1200ドル(約13万円)。ベトナムの国内企業のサラリーマンとしては、相当高い月収だという。

外務省の海外進出日系企業実態調査(平成30年要約版)によれば、ベトナム国内の日系企業数は1816拠点。近年は毎年8%前後ずつ増加し続けている。ベトナムに帰っても、日本での経験を生かして、ベトナム企業より賃金の高い日系企業で働ける ―― そんな希望も、日本を目指す実習生の増加を後押ししているようだ。

“国際貢献”として技能実習生を受け入れている企業は「ないに等しい」

ダットさんは実習生として来日した翌年、ベトナムに帰国している。実習生としての滞在は1年3か月だった。実習先の大手工作機械メーカーがベトナムに工場を建設し、そこの幹部スタッフとして働くことを提案され、ダットさんはそれを受けたのだ。現在は別の日系企業で働くダットさんだが、日本で学んだ技術をベトナムに移転するという、まさに国際貢献を目的とする技能実習制度のモデルのようなケースだ。

技能実習制度の目的が、技能実習法で示された通り「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進すること」であれば、こうしたダットさんのようなケースがたくさんあっていい。日本で学んだ技術をもとに実習生が起業し、自社の従業員に技術が伝わるという形も望ましいだろう。

ただ、そうしたケースは稀だ。実習生が日本を目指す目的は、技能や技術の修得ではなく、ほとんどの場合、出稼ぎだからだ。実習生を受け入れる日本側も、国際貢献として技能実習生を受け入れている企業はないに等しいだろう。技能実習制度はその基本理念を「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(第3条2項)としているが、実態は労働力の確保だ。

ジツコの「労働条件等に係る自主点検実施結果の取りまとめ」(2017年10月)によれば、技能実習の実習実施機関の約6割は従業員19人以下の零細企業だ。そうした企業に、国際貢献に寄与する余力があるとは思えない。

(第3回目に続く)

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