野尻智紀、キャリア初の複数年契約と公表の背景「プロスポーツ選手としてどうあるべきかを考え」

 11月23日、TEAM MUGENが2024年全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)の参戦体制を発表。その中で、チーム在籍6年目を迎える野尻智紀と複数年契約を締結したことが明らかにされた。日本のモータースポーツ界では契約年数が公にされることは稀であり、今回の複数年契約の締結、公表に至った経緯と思いを野尻に聞いた。
 
──複数年契約は国内ではあまり耳にしないため、驚きました。

 そうですね。ただ、おそらくこれまでにも(公表されていない中では)あったとは思います。業界の中の方や事情も詳しく理解した人もいるとは思うのですけど、それ以外の人には複数年契約などの部分はこれまで知る術がなかったと思います。

 今回の複数年契約の発表に至った僕の思いをお話しさせていただくと、SFでアウト・オブ・キッザニアなどを含め、子供達に憧れを持ってもらえるようにという取り組みが始まっています。その中で、子供たちにレーシングドライバーのことについて詳しくは知られてないと感じたのが率直なところでした。

 知られていない、それによってレーシングドライバーは他のプロスポーツ選手やアスリートのように、夢や憧れを抱いてもらう土俵にも挙がっていないのではないかと。本来、僕としてはプロ野球のように、レーシングドライバーも年俸、契約金がいくらだとか、そういうところまで言えるような未来が来るといいなとは思っています。ただ、なかなかファーストステップとしては難しいところもあったため、今回の体制発表では複数年契約というところまでは発表したいと思いました。

 長期間の契約という表現でも、僕はその事実だけでもまずはインパクトになると思いますし、他にもいろいろなチャンスが舞い込んでくるかもしれませんが、やはり僕ももう34歳になる中で、複数年契約とさせてもらったという感じです。

 ただ、話し合いの中で今後の自分のどんなチャンスが来るかわからないこともあるので、何か新しいチャンスがあったらその都度、きちんと協議の上で、というところも認めていただいています。すごく自分に対して有利な内容で、ひとりのプロアスリートとして、かなりのリスペクトを持って契約交渉に臨んでいただいたという感じです。

──野尻選手自身にとって複数年契約は初めてですか?

 そうですね、初めてです。

──複数年契約のオファーはどちらからでしょうか?

 僕です。僕が最初に、プロスポーツ選手として、どう評価してもらえるかというところをチームやHRC側にも相談はしていました。プロスポーツ選手としてどうあるべきかを考え、であれば複数年契約をしましたというところまで発表しましょうと。

2023スーパーフォーミュラ第6戦富士 野尻智紀(TEAM MUGEN)

──SF最終戦の際に、「34歳ですけどまだ世界を目指します」とコメントしていましたが、複数年契約でも他のカテゴリーや、世界へ行くチャンスがあれば切り替えられる契約という理解でよろしいでしょうか?

 そうですね。かなり僕に都合が良いというか……。今の僕の立場でレーシングドライバーというものがプロスポーツ選手としてどうあるべきか、みたいなものも変えなきゃいけないという思いもあります。ただそれに固執していると自分のチャンスも逃すことになるかもしれない。そういったことも考え、調整しながらっていうところで、契約はいいかたちになったのではないかなとは思います。

 契約としてはより複雑化する部分もあると思いますが、今後の人たちにとっても何かのきっかけになればいいなと思っていますし、より僕たちがプロとしてきちんと評価をされて、そこのチームにいる、シートにいるんだというところを感じていただきやすくなったのかなと思います。

──野尻選手としてもTEAM MUGENは長くいたいと思えるチームだったということですよね。

 そうですね。体制発表リリースのコメントにもありますが、やはり自分のパフォーマンスを最大限に引き出せるのはTEAM MUGENであると思っています。

──チームメイトとなる岩佐歩夢選手についてはどのような印象をお持ちでしょうか?

 岩佐選手が鈴鹿サーキットレーシングスクール(現:ホンダレーシングスクール鈴鹿)の受講生だった際に、僕も講師をしていました。すごくクレバーというか、走りに対してもすごく探究心がある、そういった選手だと理解しています。そのため、割と彼の走りとか、そういった部分を含めて知っている方かなとは思いますね。

岩佐歩夢は2019年の鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)でスカラシップを獲得した

──スクール時代の岩佐選手の印象いかがでしたか?

 すごく丁寧で、どちらかと言えば結構(僕と)近いドライビングをするな、という印象はありましたね。あと、彼はスクール卒業後、そのまますぐヨーロッパに行っているので、今季のリアム・ローソンもそうでしたけど、より彼の力を発揮しやすくしてあげるのも僕の役目のひとつかなと思っています。

 チームメイトだからといって何かを隠すとか、そういう気はまったくないですし、むしろなにか助言も挟みながら、彼がよりパフォーマンスを引き出しやすい状況にしてあげたいというか、することも大切かなとは思います。

──2023年はランキング3位でした。シーズンを終えた今の心境はいかがですか。

 負けたことはもうひっくり返らないので。この年になってくると、悪い意味で負けるのにも慣れてしまいますよね。ただその分、次また勝つために何をしなきゃいけない。ずっと負け続け、そこからチャンピオンを獲ったっていう自分の経歴の中で、ここから何をすべきかは、しっかりと理解しているつもりです。

──1戦欠場の上でのランキング3位は、チャンピオンにも等しい活躍ぶりだったと思っています。

 1戦欠場も痛かったのですけど、それと同じくらい鈴鹿での、余計なクラッシュがかなり痛いものになってしまいました。1戦出なかったからタイトルを逃したという思いはあまりないです。ですが、タイトルを獲得できなかったことには自分の落ち度は当然あります。ですので、そこは割と自分の中で、きちんと負けを認めてる部分かもしれません。

2023スーパーフォーミュラ第3戦鈴鹿 クラッシュし呆然とコース脇に佇む野尻智紀と大湯都史樹

──2024年シーズンのSFではダンパーが共通化されることが明らかになっていますが、その影響は大きなものだと思っています。

 そうですね。例年この時期の合同テストは「何をしようか」というほどテストメニューが難しくて時間を持て余しちゃうのですけど、今年の12月に行われるテストに関してはいつもより真剣度が高いと言いますか、開幕直前のプレシーズンテストのように取り組まなければいけないと感じています。

──ダンパー共通化で勢力図にも変化が出そうですね。

 大いにあると思います。

──今年戦ったローソン選手、宮田莉朋選手、そして平川亮選手が2024年シーズンはSFに参戦しません。その点、寂しさとかありますか?

 それぞれ戦う場は違うと思いますけど、「F1を目指す」というからにはマックス・フェルスタッペンに代表されるドライバーたちのいるところに挑むということになると思いますが、並大抵の努力じゃフェルスタッペンのようなドライバーには勝てないと思います。

 ただ、その下の争いであればいくらでも勝つことができると思います。挑戦できるのは、ひと握りのわずかな人たちだと思いますから、僕が言うまでもなくすべてをかけて戦ってほしいし、きっと彼らもそうしてくれるでしょうから、かなり期待しています。

──宮田選手のFIA F2参戦は野尻選手にとっても刺激になったという感じでしょうか。

 正直、「FIA F2じゃなくてもね」と言える才能を持っていると思います。FIA F2という舞台でもいい成績を残して、再来年にくらいにはレギュラーでいてもらいたいなという思いはありますね。

──2024年のSFはどんなシーズンにしたいとお考えでしょうか。

 自分の目標はタイトル獲得であることは言うまでもないことです。2023年はSFにも大勢の観客の方が足を運んでくださりましたが、もっともっとサーキットを訪れる人を増やしたいですね。

 そのために、僕たちはできることをやらなければいけない。そういった意味でも、今回の発表は、わずかでも前進するきっかけになればいいなと、そう考えています。

2023スーパーフォーミュラ第8戦鈴鹿 野尻智紀(TEAM MUGEN)
2023スーパーフォーミュラ第8戦&第9戦鈴鹿 野尻智紀(TEAM MUGEN)

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