<レスリング>【特集】世界3位の日下尚(三恵海運)がドイツの「ブンデスリーガ」で単独修行、世界で通用する技術を学ぶ!

今年9月の世界選手権(セルビア)の男子グレコローマン77kg級で3位に入賞し、パリ・オリンピック代表の内定を勝ち取った日下尚(三恵海運)が、10月中旬からドイツへ渡り、実力アップを目指している。

▲ドイツ滞在も1ヶ月を超え、地元選手ともすっかり打ち解けている日下尚

ドイツでは、ブンデスリーガ「ヴェルダウ(Werdau)」に所属して練習し、毎週末に行われる試合に出場。練習と実戦を交互にこなす生活だ。ブンデスリーガ(注=ドイツ語の「リーガ」は、「リーグ」の意味)は、同国のサッカー・リーグを指すことが多いが、様々な競技のクラブチーム対抗戦の総称。

最近はインドのバジラン・プニア(乙黒拓斗の好敵手)やキューバのトップ選手も参加。世界から注目を集めているリーグ。会場は決して広くはないが、レスリングを知っている観客がぎっしり入り、スポットライトやショーアップもすごい。

日本では、柳川益美・前群馬大レスリング部部長(日体大卒)が1974年に1シーズン参加し、柳川氏の紹介で2人が参戦。2008年北京オリンピック銀メダリストの松永共広氏(日体大卒)が2009~10年のシーズンに参加しているほか、1984年ロサンゼルス・オリンピック金メダリストの宮原厚次氏、オリンピック3度出場の笹本睦・現日本協会アシスタントコーチがドイツにコーチ留学した際に接している。

▲ブンデスリーガで闘う日下尚

外国での大会参加や合宿練習とは違う緊張感

日下はこのリーグに参加し、ドイツ選手をはじめとした外国選手との試合および練習で、世界で通用する技術を学んでいる。全日本選手権や世界選手権と違い、修行としての試合出場なので、勝ち負けを気にせず伸び伸びと自分の技を試していると思われるが、そうではなく、「けっこうプレッシャーを感じます」と言う。

常に「世界3位のナオ・クサカ」と紹介され、広くはないが満員で盛り上がっていて、観客からの注目がすごいからだ。 観客や応援者の目は選手を刺激し、踏ん張りにつながる。情けない試合はできない。

試合は団体戦。日本の学生リーグ戦と同じで、チームの流れがあり、負けても内容のある試合が求められる。日下はグレコローマンの選手だったので、東日本学生リーグ戦にレギュラー選手として出場したことはない(レギュラー選手を温存するための出場経験はあり)。団体戦特有の緊張感をもって試合をするのは初めてに近い感覚で、これも実力アップに役立つのは言うまでもない。

外国での単発の大会参加や合宿練習とは違う気持ちの高まりがあり、マンネリ防止の面でも効果がありそうな毎週末の試合開催だ。

▲チームの勝利も目指す団体戦は、実力アップに必要な闘いだ(右から2人目が日下尚)

ドイツ語は話せなくても、マット上では気持ちが通じる

日下がドイツへ向かったのは、オリンピック出場を決めたからの修行ではなく、以前から興味があったと言う。「オリンピック出場枠を取れていなくても、来ていたと思います」と話すほど、あこがれの場だった。

きっかけは、ハンガリーの選手で世界選手権出場の経験もあるジョンボル・ギュラス氏が、東京オリンピックに向けての練習で日体大に来たこと。日体大の輝かしい栄光を築いた藤本英男・元部長が、かつてハンガリーにコーチ留学しており、同大学は以後もハンガリーとのつながりがあった。

ギュラス氏は日本の練習を気に入り、コロナ禍が収束して交流が活発化。選手を連れて来日し、日本のレスリングを学んでいる。そのギュラス氏がドイツで指導を始め、世界への飛躍を目指す日下の視野に入った。

昨年のU23世界選手権(スペイン)で、前年優勝のイドリス・イバエフ(ドイツ=ロシア・チェチェン共和国出身)に勝ったが、この選手がブンデスリーガの花形選手。日下は「満員の観客の中で盛り上がる大会と聞いていて、選手として参加してみたい、という気持ちがありました」と話す。

▲ドイツ遠征のきっかけとなったジョンボル・ギュラス・コーチ(ハンガリー)

▲11月初めには日体大・松本慎吾監督(左端)が視察で訪れた。左端がギュラス・コーチ、右から2人目は日体大でも練習したU23ドイツ代表のルーカス・マルコ選手

ドイツ語は話せないが、これまでの海外遠征の経験から、マット上でのレスリング選手同士のコミュニケーションは何とでもなる。今年の2月ころには参加したい旨を松本慎吾監督に話して実現へ。オリンピックの出場枠を取れたことで、本番へ向けての格好の修行の場となった。

恵まれた環境ではないが、ハングリー精神がつく!

欧州のグレコローマンは、腕取りや最初から抱えてきてテークダウンを目指すスタイルが主流。まず差して押して攻勢を取る日本選手に多い闘いとは違う。グラウンド技も、タイミングで回すローリングもあるが、力で回すローリングも多く、クラッチの位置も違う。もちろん、リフト技で4点、5点も積極的に狙ってくる。

それらのすべてが、オリンピックへ向けての練習になり、「やられる中から覚えていきたい」と気合が入る。1回の練習が1時間から1時間半くらいで、日本に比べると短くて凝縮されていることは、これまでの海外での合宿で経験済み。「足りない」と思うときは一人で練習すると言う。

周囲は日本から来た世界メダリストに気を遣ってくれ、何かとよくしてくれるが、専門のトレーニングコーチやトレーナーがいるわけではなく、体調維持はすべて自分の仕事。「(大学には)専門のトレーナーがいたりして、恵まれていることを感じます。しかし、こちらではハングリー精神がつきますね」と話し、日本を離れての単独修行ならではのメリットも口にする。

▲練習と試合で欧州のグレコローマンに数多く接し、対応を目指す

食事は、最初はなかなか合わず、腹を下すことはなかったものの、体重は一時、かなり減ったという。しかし、若さには順応性という特権もある。いつしか地元の食事にも慣れ、今ではさほど気にならないとか。寿司やラーメンは、今や“世界フード”であり、地元の選手がそれらの店に連れて行ってくれたりして、時に懐かしい味を堪能しているそうだ。

19日には、オーストリアでジュニア選手の指導をしている日体大時代の1年先輩の池田龍斗選手(a.c.wals=2022・23年世界選手権63kg級代表)がドイツへ来てくれて合流。ともに汗を流し、久しぶりに日本語を十分に話せたもよう。

単独修行も必要だが、世界のあちこちに日本選手のだれかがいるという状況になれば、日本選手はもっと世界へ出て行くようになるのではないか。今回、日下の練習と試合の視察で日体大・松本慎吾監督がドイツを訪れ、ブンデスリーガの試合を観戦し、今後の交流も話し合った。日下の英断は、ともすると内弁慶になっている日本選手に、新たな道を切り開く転機となるかもしれない。

約1ヶ月半にわたるドイツ遠征も、いよいよ終盤。世界選手権初出場でオリンピック代表を決めた“新星”は、どんな輝きを加えて帰国するだろうか。

▲短い滞在だったが、日体大・松本監督は今後のドイツとの交流について話し合った

▲現地ではオーストリア在住の池田龍斗選手(左)とも合流して練習に励む。中央は東京オリンピック77kg級優勝のハンガリー、タマス・ロエリンツ=ドイツからハンガリーへ遠征したときの撮影

▲約1ヶ月半すごすことになるドイツでの生活。パリ・オリンピックへ向けての起爆剤としたい

(写真は、本人および松本慎吾監督提供)

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