コンビニ女性店員暴行事件に見る「ヘイトの時代」に入った韓国

韓国の最高検察庁に当たる大検察庁は、今月4日に起きた男性による女性に対する暴行事件に対して、「ヘイトクライム(差別扇動犯罪)である」として、厳重に対応するように指示した。

韓国メディアによると、この事件は今月4日午前0時過ぎ、慶尚南道(キョンサンナムド)晋州(チンジュ)市のコンビニで、20代男性のA被告が泥酔状態で店に入り、商品を落とすなどの乱暴な行為を行い、それを止めようとした20代女性の店員Bさんの胸ぐらをつかんで、陳列棚に押し付け転倒させ、耳と靭帯に怪我を負わせたというものだ。その際にA被告はBさんに対して、「お前はフェミニストだから殴られて当然だ」と吐き捨てたという。

A被告はまた、仲介に入り、警察に通報しようとした50代男性客のCさんに、「お前は男なのに、なぜフェミニストの味方をするのか」として、携帯電話を奪い、電子レンジで入れて破壊し、暴行の末に左目と右手首を骨折させる重傷を負わせた。その後さらに、Bさんに対して再度暴行を振るった。A被告は男性優越主義団体「男性連合」のメンバーだと語っていたという。

捜査に当たった昌原(チャンウォン)地検晋州支庁は、A被告が、普段から「フェミニストは女性優越主義者で、精神教育を受けるべき」という考えを持っていた点、「ショートカットの女性はフェミニストの外見に該当すると思い込み犯罪に及んだ」点などを挙げ、この事件はヘイトクライムだとし、「犯した犯罪に見合った刑が宣告されるよう努力し、被害者保護にも最善を尽くす」と発表した。

この事件に対して大検察庁(最高検)は「他の動機なしにショートカットの被害者に『お前はフェミニストだから殴られてもいい』と無差別に暴行した事件は、典型的なヘイトクライム」だと規定し、加害者に対する厳しい対応と、被害者に対する治療、カウンセリング、保護に全力を尽くすよう指示した。

大検察庁は、ヘイトクライムを「人種、肌の色、宗教、国籍、性的指向、障碍などに対する偏見に基づき、その集団やそれに属する人に嫌悪を表出する犯罪」と定義し、「人間の尊厳と平等を害し、社会の分裂、葛藤を誘発・深化させ、社会の平穏を阻害すると同時に、特定集団に属する人たちに犯罪のターゲットになりうるという恐怖と不安感を引き起こすなど、深刻な社会問題をもたらす」とした。

韓国には現在、ヘイトクライムに対してより重い刑を適用する法律は存在しないが、刑法改正に向けた立法事実の積み上げが行われている段階と言えよう。一例を挙げると、韓国の警察庁は昨年1月から、「異常動機犯罪」を統計で別途集計するようになった。

そこには通り魔犯罪とヘイトクライムが含まれるが、個々の事件をそのどちらに分類するか、より根本的にはヘイトクライムや差別の定義を巡り、激しい議論、対立が起こっている。

その背景には、韓国社会が過去40年で経験した社会の大きな変化がある。

1990年代までの韓国社会のメインテーマは、統一や民主化、経済発展などだったが、民主主義体制が定着した2000年代に入り、大きなテーマに隠されていた個人レベルの人権問題が社会的に議論されるようになった。その一つが女性の低い地位に関する問題だ。

ノーベル文学賞受賞候補と言われていた詩人の高銀(コ・ウン)氏、世界的な知られた映画監督の故金基徳(キム・ギドク)氏、次期大統領候補と目されていた故朴元淳(パク・ウォンスン)前ソウル市長による女性への性暴力加害など、近年になり、今まで覆い隠されていた多くの女性の声なき声が明るみに出て、著名な人物の社会的地位を奪うほどの力となった。

また、1980年の光州事件(光州民主化運動)で戒厳軍の性暴力被害を受けた女性たちが、38年も経ってからその被害を告白した件は、その大きな流れの中にあると言えよう。

さらには、社会的に弱い立場に立たされている脱北者女性を保護すべき警察が、性暴力の加害者となった事件も明るみに出た。

しかし、これらの告発、女性の地位向上、アファーマティブ・アクション(差別是正措置)に対して、既得権層である男性の一部から逆差別であるとの声が上がるなど、対立が激しくなった。

このような対立の構図は、男性と女性のみならず、韓国人と外国系住民、韓国人と脱北者と中国出身の朝鮮族、LGBTとキリスト教右派、トランスジェンダー女性(男性として生まれたが性自認は女性である人)とシスジェンダー女性(女性として生まれて自身を女性を考える人)など様々な集団間で見られ、2010年代後半以降から「ヘイトの時代」と呼ばれるに至った。

もちろんこのような対立は韓国だけの現象ではない。日本の最近の例を挙げると、トランスジェンダー女性を女性と認めない人々と、それを差別だとして反対する人々との間での議論が激しくなっている。先月には東京・新宿で、トランス女性の排除を訴えるデモが行われ、多くの人がそれに反対する活動を繰り広げた。このような動きは、世界各地で起きている。「ヘイトの時代」に入ったのは韓国だけではなく、全世界だ。

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