松任谷由実「Delight Slight Light KISS」バブル時代の純愛ソングに誰もが共感!  バブル期真っ只中にリリースされたユーミンの名盤「Delight Slight Light KISS」

バブル期真っ只中に生まれたアルバム。テーマは “純愛”

1988年といえばバブル期真っ只中、浮かれきった時代に『Delight Slight Light KISS』は生まれた。タイトルの意味は “舌を入れないキス”。なんともオトナっぽい。テーマは “純愛”。前作の『ダイアモンドダストが消えぬまに』、この翌年に生まれる『LOVE WARS』の3作は "純愛三部作” と呼ばれる。

バブル期のギラギラした華やかな時代、女性たちのパワーは圧倒的だった。巻き髪やワンレン、長い髪をなびかせながら、体のラインが出る洋服に身を包み、颯爽と街を歩いていた。その堂々とした姿を幼心に見ていた世代としては、もしかすると女性が今までの日本社会の中で一番自由を謳歌し、自信を持って生きていたようにも見える。周りの男性たちを “アッシー、メッシー、ミツグくん” と呼び、いかに自分たちに尽くしてくれるかを競わせるような姿も今となっては懐かしい。そんな時代にユーミンは、“舌を入れないキス” と題して、純愛を歌うのである。時代に対して正反対の… というより、ちょっとしたユーミンの皮肉を感じてしまうのは私だけだろうか。

のっけからこの曲、「リフレインが叫んでる」

1曲目に耳を澄ますと、かすかな音がどんどんリズムを刻みながら近づいてきて心に迫ってくる。「リフレインが叫んでる」のイントロは、まさに名イントロ、あまりに秀逸だ。この無機質にな刻まれる音が胸の高鼓動とシンクロしてきて、ああ、もうすでに胸が苦しい。

 どうして どうして僕たちは
 出逢ってしまったのだろう
 こわれるほど抱き締めしめた

そして、いきなりのサビ!初めて聴いたとき、「えっ、この曲が1曲目なの!?」と衝撃を受けた。普通であれば、聴かせどころの中盤であったり、終盤、なんならラストの曲として締めの役割を果たしてもおかしくないだろう。しかしこんなにもキャッチーでドラマティックな名曲を惜しげもなく冒頭に持ってくるユーミンに思わず唸った。そしてこの曲で私たちの心をぐっと掴み、ひとりひとりの物語として聴かせるユーミンは、やっぱりすごいのである。

過去の恋を忘れられず、自問自答する主人公。別れにはどんな理由があったのだろう。思い出の場所を訪ね、すり切れたカセットテープを改めて聴いてみると “リフレインが悲しげに叫んでる" のだ。この言葉のセンスには、ただただ脱帽。誰もが共感し、涙してしまう。

 どうして どうして私達
 離れてしまったのだろう

月並みではあるが、出会いがあれば別れはセットで訪れる。この歌詞の問いかけは、私たち人間が生まれ持って抱えることを宿命づけられた “孤独" をも描いている。ユーミンは人間の宿命を恋心とともに見事に歌い上げる。

誰もが自分の物語にしてしまうユーミン・マジック

ユーミンの歌詞のすごさは “共感” にある。誰が聴いても、どの曲も、すべてが自分の物語に変わる。ユーミンの曲の中に自分の姿が、恋が、せつなさが、必ず存在するのだ。誰一人同じ物語などないというのに…。誰もが自分の物語を見つけること。これこそがユーミン・マジックだ。

ユーミンの綴る歌詞は一見、具体的な物語を描いているようで、実は肝心なところは曖昧なまま聴き手に委ねられている。目の前の光景や、風景、日常にありがちな描写、想いが事細かに、かつ繊細に描かれている。けれど実はそれは心の機微を描くための小道具にすぎない。描かない部分にこそ、誰もが惹かれ、共感を抱いているのだ。だからこそきっとどの曲も、自分の物語となって聞こえてくるのではないだろうか。

そういう意味でもまさにユーミンの歌詞は文学なのだ。そしてそれは時代すらも超えていく。人が人を好きになる気持ちというのは、いつの時代も普遍的なものということをユーミンはいつだって私たちに音楽で証明してくれる。

発売後約1年間にわたりオリコンアルバムチャート100位以内にランクイン

5曲目「Home Townへようこそ」と、6曲目「とこしえにGood Night(夜明けの色)」は、松任谷正隆とともに杉真理が編曲として参加。杉の特徴でもあるポップスとロックンロールの融合 “ポップンロール” の魅力が詰まった2曲は、とても心地よい。

サウンド面でみると、シンクラヴィアを使用するなど、デジタル打ち込みサウンド全開のアプローチが施されており、モダンさを感じさせるものとなっている。

このアルバムは売れに売れ100万枚を突破。そして発売後約1年間にわたりオリコンアルバムチャート100位以内にランクインするという驚異的な記録を残す。

ということは、バブル期で浮かれていた女性も男性も、実はみな恋に対しては “純愛” を求めていたということなのかもしれない。やはり人の心のありようというのはどんな時代でも変わらないのでは…。そして、そうしたこともユーミンにとっては織り込み済みであり、お見通しだったのかもしれない。そう、やはりユーミンは、すごいのである。

カタリベ: 村上あやの

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