「映適ガイドライン」で撮影現場はどう変わった? ブラック職場脱却へ 斎藤工もシンポジウム参加

日本映画界は今、変化の時を迎えています。実は2019年度の経産省のスタッフアンケートで、撮影現場がブラックであることが判明。これは“よろしくない”ということで、「日本映画制作適正化機構」が発足されました。この「映適」のガイドラインを作ったのは、映連(大手映画会社)、日映協(独立系プロダクション)、映職連(監督、撮影、照明、美術、録音含む8つの職能団体)の三者であり、話し合いを繰り返し、現在のガイドラインが完成しています。そしてやっとこの規定が今年の4月から、様々な撮影現場に導入され始めました。では、実際にガイドラインに沿って撮影現場を動かした結果、変化はあったのでしょうか。

今回、この結果報告をシンポジウムというスタイルで伝えようと「映職連」が動きました。ちなみに「映職連」ということは、監督や撮影部、照明部、録音部など、まさに撮影現場のスタッフということになります。彼らだけで話し合いよりも外部の視点が有った方がいいのでは、という案で、中村義洋監督に声をかけられ、私が進行をする流れになりました。

主に課題だったのが過酷な撮影時間。それを今回のガイドラインで「すべてのスタッフの作業・撮影時間は1日あたり13時間(準備・撤収、休憩・食事を含む)以内とする」と設定。更に、準備と撤収にかかる時間は、(みなし1時間+1時間=合計2時間)と決め、撮影時間は「段取り開始(リハーサル)から最終カットOK(撮影終了)までの11時間以内」となりました。なお、休憩時間については、作業撮影時間が13時間を超える場合は、10時間以上のインターバルを設けるとも書かれていました。

それらを実践して判った事は、撮影日数が今までよりも1〜2日は伸びるものの、精神的には落ち着いて撮影が行え、食事もしっかり取れたという声でした。こう実践してみると分かるのですが、意識すればなんとかできるということです。ただし、各部署によって準備期間も多く必要であり、美術部やメイク部など時間や日数できっちり仕事を納められないパートも存在することがわかりました。しかも撮影日数が伸びれば予算は増えるし、ハラスメント撲滅の為に専門家によるリスペクトトレーニング講座をスタッフ全員が受ける為の予算も必要なので、そこはスポンサーサイドにしっかりと説明して予算を確保しなければなりません。

というのも日本はフランスや韓国と違い、国(文化庁)が映画にかける予算が桁違いに低いのです。具体的に書くと20億円前後ほど。しかもフランスのCNCや韓国のKOFICなどのような、映画の行政機関がないので日本映画界を取りまとめ、世界の窓口となる機関もない。だからこそ、ゆとりを持った準備や撮影が出来ないというのが根本的な問題となります。ここについては是枝裕和監督らが「action4cinema 日本版CNC設立を求める会」を設立し、日本映画界の仕組みを変えるべく活動を行なっています。また深田晃司監督も同じことを唱えています。

けれど、まだ願いは届かず。それでも今出来ることをやろうではないか、と「映職連」に所属する現場スタッフも意識改革を始めた今年。「今、やっとスタート地点に立った。いろんな声を取り入れてガイダンスも随時、変えていく」と今回のシンポジウムでベテランスタッフ陣は語っていました。

ここから次のステップは、女性スタッフが出産をしても戻れる現場。実際のところ、アンケートでは現場スタッフは未婚の人、特に女性は子供を待っていない人が多い状況です。それもそのはずで地方ロケとなれば、幼子を誰が見るのかということになります。それについて今回、シンポジウムを見に来ていた俳優の斎藤工さんは、「自分が監督の現場には託児所を用意して、子供にもすぐ会える状況を作った」と言っていたのでした。

もしかしたら、抱っこ紐で遠方にロケバスで移動することを考慮すると、荷物やおむつ換えも手間なので、大手映画会社の撮影所で託児所を設け、スタッフは無料でいつでも利用出来るというのが“まずやれること”な気がします。

確かに密かに首を傾げていたことの一つに、子育て経験のない監督や多くの男性スタッフばかりの現場で「母と子の物語」を作る日本映画界についてでした。それこそ、子育て経験のある女性スタッフや、もちろんしっかり子育てに関わった男性スタッフが居て、アドバイスができれば問題ないかも知れません。

そういった点も踏まえると、男社会の映画界で生み出される物語は、偏りが生まれるのは当たり前のこと。脚本も監督もスタッフも様々な世代と性別と境遇を持った人が意見を述べ合い、一つの作品を作っていくことで良質な映画が誕生すると考えています。

今後も日本映画界がブラックからクリーンになることを祈り、多くの人の憧れの職業となることを願って、新作映画を伝える形で応援していこうと思っています。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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