<レスリング>2025年11月のデフリンピック・レスリング競技の開催場所は東京・府中市、障がい者のためのレスリング普及が加速するか

2025年11月15~26日に東京で開催される「デフリンピック」(聴覚障がい者のための4年に1度の大会)のレスリング競技の開催場所が、府中市総合体育館に決まり、世界レスリング連盟(UWW)のカレンダーにも掲載された。男子の両スタイルが実施予定で、具体的な日時は未発表。

一般財団法人全日本ろうあ連盟によると、現段階で出場選手などの具体的な決定などはなされていないが、2人が出場へ向けて動いており、さらに希望する選手を求めていくという。

日本には聴覚障がいのあるレスリング選手を統括する団体がないこともあり、これまでのデフリンピックにレスリング選手を派遣したことがないという。2016年全日本社会人選手権には、聴覚障がいを持つ選手が参加したが(関連記事)、全日本ろうあ連盟でも聴覚障がいのレスリング選手がどのくらいいるのかの状況を把握できておらず、選手発掘や育成が進まないのが現状とのこと。

本協会では、2020年3月に馳浩副会長(現石川県知事)のもとへ、同連盟スポーツ委員会から聴覚障がい者のためのレスリングの普及について持ち掛けられて快諾(関連記事)。今年2月には日本代表選手団を派遣するための同連盟の調査へ協力し、「2026年以降にも目を向け、デフ・レスリングの普及、デフリンピックへの継続した選手派遣など、今後も活動していきたいと考えています」と、全面支援を表明した(関連記事)。

今年6月に東京体育館で行われた明治杯全日本選抜選手権の最終日には、「舞はんど舞らいふ」による手話を使った聴覚障がい者によるダンスが披露され、デフリンピックへの応援姿勢を示した。

▲今年6月の明治杯全日本選抜選手権で披露された「舞はんど舞らいふ」による手話ダンス・パフォーマンス(後方左側の黒シャツの女性が手話通訳。4人の手話コミュニケーションで演じられた)=撮影・矢吹建夫

聴覚障がい者のためのレスリングは、日本では一般的でないが、世界ではかなり盛んに行われており、1924年からから始まったデフリンピックでは、1961年ヘルシンキ大会から実施されている。

今年9月にキルギス・ビシュケクで行われたUWW公認の世界デフ・レスリング選手権は、のべ254選手が参加した(シニア・フリースタイル=15ヶ国73選手、同グレコローマン=14ヶ国75選手、U20フリースタイル=8ヶ国34選手、同グレコローマン=8ヶ国31選手、U17フリースタイル=7ヶ国20選手、同グレコローマン=8ヶ国21選手)。2018年にはロシアでユースの世界選手権が開催されるなど、多くの大会が実施されている。

一般の大会に参加した選手もいる。1961・65・69年のデフリンピックに出場したファブラ・イグナチオ(イタリア=61・69年大会で優勝)は、1952年ヘルシンキと1956年メルボルンの両オリンピック・グレコローマン52kg級で銀メダルを取り、1960年ローマ大会で5位(この大会のみフリースタイル)、1964年東京大会で4位に入賞。全競技を通じてオリンピックとデフリンピックの両方に参加した初めての選手。1955年世界選手権ではグレコローマンで優勝している。生まれたときから耳がまったく聞こえなかったという。

2004年アテネ大会の男子グレコローマン60kg級に参加したウゴ・パソス(ポルトガル)は、1997年から2022年まで7度のデフリンピックに出場し、4度優勝。2022年大会では3位に入賞している。

「オリンピックは平和を守り、パラリンピックは勇気を生み、デフリンピックは夢を育む」のキャッチフレーズで実施されるデフリンピック。

国内では、太田拓弥・中大コーチがダウン症の人を対象とした「わくわくレスリング教室」を開講し、糖尿病で右脚を失った谷津嘉章さんが身体障がい者のためのレスリングの普及を求めて日本障がい者レスリング連盟を設立するなど、障がいを持つ人を対象としたレスリングが芽生えている。デフリンピック東京開催を機に、聴覚障がいのある人を対象としたレスリングの普及も望まれよう。

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