事業承継の鍵を握る「サーチファンド」⑥サーチャー(ネクストプレナー)としての働き方(前編)

※画像はイメージです 本文と関係ありません

これまで5回に渡り、サーチファンドの種類や、サーチャー(ネクストプレナー)に求められる要素について解説してきましたが、事業を引き継ぐまでに具体的にどのような活動を行うことになるのでしょうか。その流れについて、サーチャーを志す方向けに2回に分けて紹介します。今回は事前準備から始まり、企業情報を取得、その企業の事業計画策定までを解説します。必ずしも定まった形があるわけではありませんが、参考にして頂けたら幸いです。

ステップ1:事前準備

「企業を探す=サーチ(英語:Search)活動」を企画することから始まります。

第5回で、ご自身の強みを理解することの重要性をお話ししましたが、まずはこの自身の強みが活きる業種・担える企業規模(社員人数や売上規模)・事業立地を絞ります。また同時にサーチ活動をする上でどのようなサポートが必要か考え、協力企業を選ぶことも重要となります。現在、弊社調べによると、日本には5つのサーチファンド事業者があり、それぞれの形でサーチファンドの支援をしています。大きな違いとしては下記の3つがあげられます。

・企業に勤めながらサーチャーとなれるかどうか

・サーチ活動に対するサポートの範囲(案件のソーシング方法含む)

・社長となった後のサポート度合い

例えば、アメリカで始まったトラディショナル型サーチファンドの形を踏襲するサーチファンド事業者に支援を受ける場合、まずは自分がサーチ活動を行うために必要な資金を自分で調達することから始めます。これはもともとトラディショナル型サーチファンドが始まったアメリカではMBAを取得・卒業した方のキャリアパスの一つとして立ち上がったことに由来しています。基本的には企業に勤めながらサーチ活動をするのではなく、企業探しに専念する期間を持つことが特徴として挙げられます。

資金調達(通称:ファンドレイズ)は国内外の投資家に対して、自身の経歴や経営方針・投資対象企業等をプレゼンし、2年程度の活動資金を調達します。サーチ期間内にサーチャーが希望する条件を満たす企業を探すことは容易ではなく、自分が生活するために必要な資金の調達はもちろんのこと、企業訪問の際にかかる交通費、また雇用するインターンの給与等、2年間の活動コストを投資家に出してもらいます。スタンフォード大学経営大学院の「2022 Search Fund Study: Selected Observations」によると、こうした初期的な資金調達金額は中央値で500,000ドル(日本円でおよそ7,500万円、執筆時のレートにより換算)と言われています。

事前準備期間は貴重な経験も

資金を集めるための法人設立や多額な資金調達等困難な点もある一方で、こうした体験を経ることで社長として成功するためのスキルが多く身に付くことが魅力だと考えています。また直接的に多くの投資家と関係構築を行い、投資を受けるかたちになります。こうした投資家のアドバイスを経営に活かせるという利点もあります。

これに対して、M&A仲介会社から案件紹介を受けられるサーチファンド事業者を選んだ場合は、M&A仲介会社各社から定期的な案件紹介が得られたり、資金調達のサポートなどの支援を受けられたりします。サーチ活動を長引かせないために、ご自身でも企業探索を行う努力は必要ですが、場合によっては会社に勤めながらサーチ活動を行うことが可能となります。


もちろん、ご自身で案件のソーシング・資金調達・契約書準備・事業計画作成・投資実行・事業運営の一連の業務を遂行することもひとつの選択肢ではありますが、少しでも不安がある場合はサーチファンド事業者にご相談頂き、客観的に比較されることを検討した方が良いと考えます。

弊社のように、後継者となる上で必要なスキルを磨くことのできる教育機関を保有し、「マーケティング」や「事業計画作成」等テーマごとに単科講座を受講できる環境が整っている企業もありますので、こうしたトレーニングも同時に行い必要な知識を獲得される方もいらっしゃいます。

ステップ2:サーチ活動

サーチ活動は、具体的に自身が代表になる会社を探す活動のことを言います。多くのサーチャーとお話をする中で、大きく以下3つの方法が主流であると考えています。

1.M&Aマッチングサイトを活用する方法

無料で提供されているM&Aのマッチングサイトに登録し、代表として参画したい企業を探す方法があります。業種、地域、事業規模まで幅広く案件を見ることができます。特に、サーチ活動を始められたばかりの場合は、一度登録しご自身の強みや興味を考えつつ、企業を検索することで譲り受けたい企業の条件を明確化させることもできます。また、もし提供されている簡易情報から興味を持った場合は実名の開示や財務情報の共有を受けることもできます。

2.自身でサーチ活動を行う方法

サーチャーによっては既に興味を持っている企業が明確化している場合もあります。例えば、東京のIT企業で長くご経験を積まれ、その能力を活かして出身地に戻り、地元のシステム会社の承継をしたい方もいます。こうした方は、サーチ活動費用からインターン等を雇ったり、ご自身でウェブ検索・飛び込み訪問をする等の方法で、投資企業にアプローチすることもあります。

3.M&A仲介を活用する方法

もう一つはM&A仲介業者を利用する方法です。日本にはM&A仲介事業者が数多く存在します。こうした事業者は、日々ダイレクトメールやダイレクトコール等を通じて企業の譲渡意思を持つ社長にアプローチし、士業とのネットワークも駆使しながら関係を構築しています。

現在、中小企業庁に登録をしているM&A支援機関(M&A仲介会社、フィナンシャルアドバイザー、税理士・公認会計士等)の数は3000社にもなります。M&A仲介費用の発生はありますが、譲渡意思のある企業を効率的に探す上では大変有効なパートナーになり得ると考えています。


ステップ3:企業情報の取得

事業承継したい企業を見つけたサーチャーは企業情報の収集を行います。特に最初に必要になるのが「企業概要」、「財務情報」、「人事情報」の3つです。

1.企業概要

特に最初の検討フェーズにおいては、企業概要をもとに、その企業が提供する価値とその会社がどのように「儲けて」いるのかについて理解を深めることが必要です。例えば、製造業の会社を見たとしても、その企業の強みが、製造している商品そのものにあるのか、営業力にあるのか、アフターケアにあるのか、デザインから一気通貫で請け負う柔軟さにあるのか、企業により千差万別です。

企業の強みを理解したら、次に企業がこの強みを生み出す源泉がどこからきているのかを理解します。例えば、「営業力」が企業の強みなのであればその営業力を実現させている根源が何かを分析します。「営業力」という要素を一つとっても、社長の個人的な繋がりが営業力を牽引している場合、特定のエースの営業が売上を牽引している場合、また組織にマニュアル化された営業手法があり、これが機能している場合と様々なケースがあります。

こうした売上や利益が回る理由をきちんと理解することで、企業が存続する上で軸となっているコアバリューが明確化されます。仮にこのコアバリューが「現社長の個人的な」繋がりや技術力となるのであれば、社長が交代した際にどのようにこのバリューを継続させるのかを検討する必要があります。

このように、企業概要をもとにその企業の強みとその根幹を分析することで、自身が社長になった時に活かせる部分と社長交代により失われる部分が明確になり、投資の検討を進めることができるのです。


2.財務情報

財務情報では、企業の今までの営みと共に、今後の継続性を判断します。

数年間分の損益計算書を比較することで、近年の企業の利益体質を確認したり、会社のどこに最も費用をかけているのかを把握することが可能です。例えば、企業によっては近年の石油価格の高騰の影響を大きく受けている業界に所属しているところがあります。

写真はイメージです

もしこうした企業立地でありながら、売上が上がっていないのであれば、原価の高騰を価格に転嫁できていない可能性も考えられ、5F分析などで見られる、売手・買手の競争力であったり、競合との価格競争力の事情が推測できます。

また、併せて販管費明細等をみることで、対象の会社が支払っている費用の中で、どの程度が売上に直結するコストなのかを確認することができます。企業によっては節税対策で多くの保険金を支払っていたり、一般水準よりも多額な役員報酬が出ていたり、不要な接待交際費を支払っていたりするため、これらの一つ一つが企業の改善余地として挙げられます。

さらに貸借対照表を見ることで、会社が設立してからの積み上げを見ることができます。例えば、純資産項目を見ると自己資本がわかり、会社の設立時からの年月の中で会社が作り上げてきた利益の積み上げがわかります。仮に、設立して10年続いた企業の純資産を見た時に、資本金を差し引き、1億円の資本がある場合、その企業は10年の時間をかけて1億円の利益を蓄積したことになります。

直近では、新型コロナウィルスの蔓延が社会に与えた影響が記憶に新しいかと思いますが、10年の年月の中では経営上多くの山や谷があり、赤字になる年もある中で全てを平準化した時に出た利益を蓄積したものと言えます。

次に、負債項目を見ることで将来お金が出ていく予定となっている項目がわかります。例えば、企業によっては多くの借入を行っていたり、買掛金のような形で購入したものに対する支払時期を遅らせている場合もあります。

こうした多くの借入金がある企業については資産項目も併せて確認し、借り入れた資金を何に使っているのか、ある程度の予測を立てることができます。例えば、製造業等多額の設備投資が必要となるような企業の場合だと、借入金をすることで機械装置・工具器具などの固定資産を多く購入しているケースが考えられます。

こうした分析を行い、今後会社を経営する上で、どの程度資産投資をしなければならないのか、返済金額はどの程度あり、現金・保険積立金を含め返済余力があるのか等自身が経営を始める上での土台を見極めるのです。


3.人事情報

人事情報では上記の売上を支えるヒトと向き合います。ご自身が認識している企業の価値産出のために対象会社がどのような組織構成をとっているのか、どこに最も人数をかけているのかを理解します。商談をとる方法が営業による積極的な顧客開拓なのであれば、この為に必要な人員が確保されているのか否かは重要なポイントとなります。

一例ですが過去に見たシステム開発力を強みとしている企業では、システム開発が会社の本業であり、軸でありながら、開発部の大半を契約社員や派遣社員が占め、組織の安定性にリスクを抱えていたこともありました。こうした人事情報も確認することができ、併せて組織の安定性も確認できます。

これらの情報は、対象会社から提供される資料のみで理解を深める場合もあれば、資料を基に現経営者のお話を伺って理解を深める場合もあります。

ステップ4:企業情報の整理・事業計画の作成

こうした企業の実態を詳細に盛り込んだ上で、サーチャーは企業を伸ばすための事業計画を5年~10年の時間軸で予測しながら作成します。企業の売上を上げるための施策及びコストを削減できる箇所をリストアップするのですが、この際、売上が出るタイミングやかかるコストをいかに実態に即した形で盛り込めるかが重要となります。

例えば、営業の採用を成長戦略に入れる場合、投資実行後に即日営業の現場に導入できる訳ではなく、①ペルソナの確定、②人材の探索、③面接、④入社手続き等のステップを踏んだ上で入社となり、さらにそこから基礎的なトレーニングを経て現場に出ていく形が一般的かと思います。つまり、人員増を成長戦略としておいた場合でもすぐに数字として結果が表れるわけではなく、経営上の意思決定からは数カ月のタイムラグが生じることも考慮することが重要です。

サーチャーがサーチ活動を行う上で、事業承継したい企業を探すことはもちろんのこと、後継者を探す社長に対しても、「この人に任せたい」と思ってもらうことが不可欠です。過去にサーチャーに会社を引き継いだ社長にお話を伺った際、一つの決め手が事業計画であったと仰っていました。優良企業であったために、多くの企業から買収等の声をかけられていたにも関わらず、ある日突然会社のメールアドレスに連絡がきた見ず知らずのサーチャーに会社を託そうと決意したのは、限られた情報からも現実的かつ安心出来る事業計画が添付されていたことがきっかけだったそうです。(後編に続く)

文:竹内智洋Growthix Investment代表取締役

<p style="display: none;>

竹内 智洋

慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、米国ゼネラルエレクトリック(GE)に入社。ファイナンスリーダー育成プログラム(FMP)でファイナンスの実務経験を積んだ後、本社監査部に移籍。
2018年GEヘルスケアに移籍。中古医療機器事業のアジアパシフィックリーダーを務めたのち、GEヘルスケアジャパンのマーケティング部・コマーシャルオペレーション部の兼任部長に就任。
2021年にGrowthix Investmentの立ち上げに参画。
2022年9月に代表取締役に就任。

© 株式会社ストライク