人を殺めた中国の元死刑囚、納棺師となり遺体に向き合う 出所後定職に就くのは困難、経済発展から取り残された元凶悪犯の今

中国貴州省にある刑務所=2021年(共同)

 中国の首都・北京市の飲食店で21年前、3人を殺傷した事件を起こした元死刑囚の曹永盛さん(54)。その時の状況を詳しく聞こうとしたところ、記者をにらみつけ、「これ以上の質問はするな」と目で威嚇した。曹さんは今、納棺師として目の前に横たわる遺体に向き合い、命の尊さを自問自答する日々を送る。穏やかな気持ちを乱されたくないのかもしれない。
 犯罪が増加する中国で、曹さんのように出所後に定職に就ける人は多くない。いくら広大な国土を有する中国と言えど、わざわざ犯罪者を雇用する企業はまれだという。急速な経済発展から取り残された元受刑者たち。社会との接点を見つけるのに苦悩する人があふれる中で、再び犯罪に手を染めないようにするセーフティーネットは確立されていない。元受刑者を支援する女性弁護士の力を借り、どうにか仕事を手にした元凶悪犯の「今」を追った。(共同通信中国総局 杉田正史)

 ▽凶悪犯の壁

 曹さんは中古パソコンの販売業を営んでいた2002年、食事中に偶然、共同経営の男性の話し声を耳にした。1千万円を超えるビジネスを巡り、男性にだまされて「裏切られた」と衝動的な怒りを感じ、問い詰めに行った。
 おまえ、ばかにしてんのか。許さねえ―。
 口論の末、軍人時代に習得した方法で男性の首の動脈を切り裂いて殺害した。ほか2人にも重傷を負わせた。一審判決は死刑だった。
 中国遼寧省にある凌源第二刑務所では12人が共同生活する雑居房に入った。日中は労働を科せられた。曹さんは電気工事に関する特殊免許を所有していたため、他の受刑者とは異なり、刑務所内の電気設備の設置や配電の修理を任され、「そんなに労働は苦ではなかった」と話す。
 二審では執行猶予2年の死刑判決が下された。中国の執行猶予付き死刑判決は猶予期間中に問題がなければ無期懲役や有期刑になることがあり、曹さんは2018年に出所した。
 だが簡単に凶悪犯を受け入れる会社やコミュニティーはなかった。
 両親は既に他界して、頼れる人はいない。中国では就職時に「無犯罪証明書」を求められるが、取得するには想像以上にその壁は高く定職に就けなかった。条件をクリアできず、配車アプリの運転手の仕事もできない。「社会から拒絶された」と諦め、証明書の提示を必要としない建設現場の電気工のアルバイトで、その日暮らしを続けた。元受刑者という理由で1日のアルバイト代は一般の労働者よりも安くたたかれた。
 弁護士の傅広栄さん(70)を代表とする元受刑者の職業訓練を行う団体の存在は知っていた。出所後すぐに、住まいを含め身の回りのことで面倒を見てもらったが、居心地が悪くなって「一人で挑戦する」と言い残し離れた。

曹永盛さん(右から2人目)らと笑顔でスマートフォンの画面を見る傅広栄さん(左から2人目)=2023年9月14日、中国遼寧省瀋陽(撮影・武隈周防、共同)

 しかし2年以上にわたり誰からも必要とされず、逃れられない「犯罪者の烙印」に挫折して、傅さんの元を再度訪問した。勧めに従い納棺師の勉強を重ね、昨年、支援を受けて高齢者住宅近くで葬儀業を始めた。
 酒と水を含んだ布で全身を清め、髪の毛や爪をきれいに整える。遺族の悲しむ声が部屋に響き渡る傍らで、死後の世界に旅立つ準備を進めていく。独居で寂しさを抱えて亡くなった人。家族に囲まれて穏やかな表情で旅立った人。どういった人生を送ったのか、曹さんは死に顔から推測できるようになり、人の「尊厳」を学んだ。
 殺人という背負った十字架に「後悔はない。と言うよりも後悔しても何も生み出すことはできない。だが悔いを改めることはできる」。

元受刑者の納棺師が並べた、実際に葬儀で使う道具=2023年9月14日、中国遼寧省瀋陽(撮影・武隈周防、共同)

 ▽社会の差別、実母のような支援

 中国遼寧省で焼き肉店を妻と切り盛りする馬瑞さん(51)も過去に殺人事件を起こした。経営していた飲食店に男たちが毎日のように地代の請求にやって来て、断ると嫌がらせを繰り返す。ある日、言い争いになり、法律要件が変わった今なら自己防衛が成立したかもしれないが、結果的に2人を殺害して1995年に刑務所に入った。
 曹さんと同様に執行猶予2年の死刑判決が下った。約15年後、出所した後は冷凍庫での荷物の運搬のアルバイトに就いた。6~7年たって、ぼうこうがんと甲状腺がんが相次いで見つかった。治療費で11万元(約227万円)の借金を背負うことになった。社会からの差別に加え、病魔にむしばまれた体。「絶望しかなかった」と涙目で語る。
 弁護士の傅さんの支援で妻と結婚式を挙げることができ、焼き肉店の経営を軌道に乗せて「責任感が生まれた」という。
 馬さんは「元受刑者に社会との関係を見つけてくれ、仕事のサポートまでしてくれる傅さんは本当のお母さんのような存在だ」と感謝の言葉を何度も何度も口にした。

焼き肉店を切り盛りする馬瑞さん=2023年9月14日、中国遼寧省瀋陽(撮影・武隈周防、共同)

 ▽犯罪増加、刑務所の質低下

 今、中国では刑事事件の犯罪者数の増加が止まらない。政府は殺人や誘拐といった凶悪犯罪が減ったとして「安全は世界最高水準」とアピールするが、治安対策のための摘発強化や詐欺を中心とした組織犯罪の増加を背景に、刑事裁判にかけられた人は20年前に比べ倍増した。刑務所の過密化や運営の質の低下を危ぶむ声も出ており、再犯を防ぐ更生の役割を十分に果たせないのではないかとの懸念が出ている。
 「わが国の犯罪率は世界最低だ」。最高人民検察院(最高検)幹部は2023年、過去20年余りで扱った事件のうち凶悪犯罪の割合は大幅に下がり、軽犯罪が大半になったとして「99%の人民が安心と感じている」と誇った。

 中国政府は近年、国防費を上回る予算を社会秩序維持のために投入し、治安や秩序を脅かしたとして摘発される人が増加している。一方、サイバー犯罪や特殊詐欺など組織化された複雑な犯罪も増え、刑事裁判で審理された人数は2001年の約74万人から21年には170万人超にまで膨らんだ。
 日本で2000年代に刑法犯の認知件数が減少したのと対照的に、中国では右肩上がりが続く。
 受刑者の増加で刑務所は逼迫気味だ。中国メディアによると、1人の刑務官が受け持つ受刑者数は8~10人と定められているが、現状は25~30人程度となっている。1人で100人を受け持つ例もあり、人手不足が深刻化している。
 また受刑者を無断で減刑したり、刑期を終えたのに釈放しなかったりとずさんな管理実態も最高検の調べで判明している。傅さんは「再犯者の7割は重罪を犯した出所者です」と指摘する。就業に向けた元受刑者の教育を含めて「社会復帰に必要な環境整備が急務だ」と訴える。

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