シーズン最終戦、Moto3ラストレース。佐々木歩夢が飾った感銘的な優勝/第20戦バレンシアGP

 バレンシアGPについての表現には、いささか悩むところではある。けれど、カタールGPでタイトルを失わざるをえないレースを強いられ、翌週の最終戦で、いつも以上に堂々とした戦いっぷりを見せた佐々木歩夢のバレンシアGP優勝については、やはりこの表現がふさわしいだろう。

「佐々木歩夢は、Moto3クラス最後のレースで、有終の美を飾った」

 佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)は、最終ラップ、最終コーナーの作戦を練っていた。このために、前夜に6年分のバレンシアGP最終ラップのレース映像を見た。2023年は優勝争いをしながらも最終ラップでトップを奪われることが何度かあった。2位にはもう、うんざりしていたのだ。

「最終ラップはトップで入りたかったんです。(最終コーナーで)僕はインサイドを閉めましたが、誰かが僕のインを差しても、止まりきれないとわかっていました。だから、最終コーナーでかなりうまく準備ができたと思います。これが優勝する方法だと思ったものですから」

 佐々木はトップで最終ラップに入った。ダビド・アロンソ(Gaviota GASGAS Aspar Team)が佐々木の背中にピタリとつける。その後ろにはイバン・オルトラ(Angeluss MTA Team)が控えている。手に汗握る、接戦。最終コーナーで、アロンソがインサイドをうかがう素振りを見せる。だが、佐々木は作戦通り、インサイドを閉めた。

 トップでフィニッシュラインを駆け抜けたあと、佐々木はなかなかヘルメットのシールドを上げなかった。カタールGPで味わった辛酸、自分にかけたプレッシャー、優勝したいという思い──。すべてから解放されたそのとき、涙があふれた。

「先週、つらかったから。先週のことがあっての涙だったんです。それに最後のMoto3レースで、自分にプレッシャーを与えていました。そのプレッシャーがチェッカーを受けた瞬間に解けて、涙が出た感じでした」

「先週以降、いろいろな人が僕の背中を押してくれました。でも、『歩夢は優勝していないから、チャンピオンになるのはおかしい』と言う人もいました。僕としては、どうしても自分の背中を押してくれた人たちに、『僕も勝てるよ』『チャンピオン争いできたよ』と(伝えたかった)。それだけだったんです。そこだけ、傷ついていました。優勝をしっかり成し遂げられたので、ゴールしてから感動した瞬間だったかなと思います」

 ウイニングラップを走ってパルクフェルメにやって来た佐々木を、Liqui Moly Husqvarna Intact GPのスタッフが迎えた。佐々木はひとりひとりとハグをかわす。2022年、現チームに移籍したときが、佐々木にとってのターニングポイントだった。信頼できるクルーチーフに出会い、目標を同じくするチームと出会えた。来季から別のチームでMoto2クラスにステップアップする佐々木は、チームにも別れを告げなければならない。

 今回のレースで、予選後はまだ、調整しておきたい部分があった。今季のタイムスケジュールでは日曜日朝、Moto3クラスのウオームアップがなくなったため、予選以降はセッティングを変更しても、確認できるセッションがない。だが、「(決勝レース直前の)ウオームアップ・ラップに出て行って、すぐによくなったのがわかった」ほどに改善された。

「昨日が終わった時点で、『ここに問題がある』ということがデータを見てすぐにわかったので、(チームが改善してくれた)。だから、チームに感謝しかないです。チームは金曜日が難しいウイークでも、日曜日にはバイクを必ず完ぺきにしてくれました。僕は今年、3回リタイアがあるのですが、チームよりも僕のほうがミスの多いシーズンだったなと思います」

 そんな佐々木に、「Moto3最後のレース、レレさんと一緒に表彰台に上がれて、どんな気持ちでしたか?」と質問した。“レレ”ことエマヌエーレ・マルティネッリは佐々木のクルーチーフで、佐々木が大きな信頼を寄せている人物だ。表彰台には、マルティネッリも上がった。

「このチームに来てから、自分のレース人生が変わりました」

 佐々木はそう言った。

「今まで、(レースは)個人戦だと思っていたんですけど、この世界は自分の力だけじゃないんだなと。Moto3はライダーが70%くらいを占めているかもしれないですけど、残りの30%は、僕はチームだと思っています。そういう人たちに巡り会えたことに感謝。自分はラッキーだと思っています」

「このチームに巡り会って、(チームは)いろいろなことを教えてくれました。僕がこのチームに来たときは、5年もMoto3を走っているから、もうほとんど知っていると思っていたんです。でも、知らないことばかりでした。ほんとに、イチから教えてもらったこともありました。そういう人たちに、この2年で学んだことを見せたかったんです。全部を優勝につなげたかった。レレと表彰台に乗れて、ほんとによかったな、と思いました」

 晴れやかな表情を浮かべた佐々木が、そう言って笑んだ。バレンシアGPは、佐々木にとってMoto3の集大成となるレースだったのかもしれない。速く、強く、そして堂々としていた。佐々木歩夢がMoto3クラスで最後に飾った優勝は、とても美しかった。

僅差の最終ラップを制しての優勝だった
ウイニングラップで両親から受け取った国旗は、加藤大治郎がGP250でタイトルを獲得した2001年に使ったもの
信頼を置くクルーチーフのエマヌエーレ・マルティネッリとハグをかわす
「カタールGP後、自分のレースキャリアのなかでもいちばんといっていいほどきつかったです。でも、レース後、たくさんの人たちが僕をサポートしてくれました。今日は彼らのためにも勝ちたかったんです」
佐々木はランキング2位で2023年シーズンを締めくくった

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