【台湾食べ歩きの旅 #10】未踏の地、関山(グアンシャン)で出会った安ウマ食堂

【台湾食べ歩きの旅 #10】ビールの後の魯肉飯は「小」を注文。米どころの東台湾だが、米の炊き方にこだわりがないようで、柔らかいごはんを出す店が多い

雨季を迎えた台湾で、なんとか雨を避けながら鉄道移動してきたが、とうとう本格的な土砂降りに当たってしまった。

盲腸線の蘇澳駅からふたたび羅東駅へ戻り、そこから南下を始めると、大粒の雨が列車の窓を叩き始めた。

【フォトギャラリー】初めての町、関山で出会った絶品グルメと宿

雨の中、たどり着いた宿で

【台湾食べ歩きの旅 #10】白くてシンプルな作りの関山駅駅舎。小さなロータリーがあるだけで、周辺には商店なども少ない

次の下車駅はまたしても初めての町、関山(グアンシャン)だ。東部は未踏の駅が多いので、どこで降りても発見がありそうだ。

台湾各地で青々とした稲田が美しい季節。米どころの台東ならば広々とした水田が見られるだろうと、関山を選んだ。

しかし、車窓には重たい雲が垂れ下がり、激しい雨が視界をぼんやり白くしている。関山駅に到着する頃はもう暗いはず。スマホアプリで宿は押さえたものの、確認の返信メールも来ない。

しかも台湾ドルの現金が残りわずか。おそらくクレジットカードが使えない民宿なので、宿代を支払うと明日の足代が心配だ。

朝一番で日本円を台湾ドルに換金しなければ……。そんなことを考えながら、雨に濡れた関山駅に降り立った。

宿は駅から徒歩10分。タクシーを使う距離ではないので、大雨の中スーツケースを引いて歩くのだが、思ったよりもさびしい町で、さすがに心細くなってくる。

靴下までずぶ濡れになりながら、ようやく目的の民宿の看板を見つける。

ガラガラと引き戸を開けてみるが、小さなフロントに人の気配はない。

「すみませ~ん」と声をかけると、奥の方からスリッパの音をさせて女将さんが出てきた。スラリと背の高い、きれいな女性だ。こんな感じの昭和アイドルがいた気がするが、誰だっただろう?

「英語が全然読めないから、メールの返信もできなくて」と悪びれもせず笑う。エレベーターのない3階建ての宿の3階の部屋に、やっとの思いでびしょ濡れのスーツケースを運んだ。

【台湾食べ歩きの旅 #10】関山駅周辺の数少ない民宿のひとつ『居佳小桟』の客室。簡素だが広々としていて清潔感がある。これで1600元(約7000円)は円安でなければリーズナブル

最後の宿泊客を案内してホッとしたのか、女将さんはすぐにキッチンの奥に引っ込んでしまった。

夕食にいい店を聞かなければ。私はもう一度「すみませ~ん」と女将さんを呼び出した。

駅舎の規模や町の雰囲気から、早く店じまいをする店が多そうだ。

「宿を出て、角を曲がったところにある食堂、まだやってるかしらねえ」と曖昧な返事。

台湾の飲食店は客足の少ない雨の日など、早く店じまいをするところが多い。

私は宿代を抜いた現金を握りしめて、雨の夜道を歩き始めた。

女将さんいわく、この町には外貨を両替できるような銀行はないという。現金数百元(2000円足らず)で次の目的地、高雄まで行き着かなければならない。

列車の切符はクレジットカードか、最悪手持ちの悠遊卡(交通系プリペイドカード)で買えるはず。今夜の夕飯代と明日の朝食代でギリギリだ。

最初にもっと台湾ドルに両替しておけばよかった。台湾はまだまだ現金社会。昭和世代の私には、それがうれしくもあるのだが。

どしゃぶりの中、食堂探し

【台湾食べ歩きの旅 #10】土砂降りの中、暗い夜道に浮かび上がるようにたたずむ『阿娟黒白切』

街灯が少ない、土砂降りで暗い夜道を数百メートル歩くと、すぐにその店が目に入った。雨に濡れて光る赤い看板がもの悲しい。

看板に『阿娟黒白切』とある。豚モツのスライスを扱う店だ。となるとビールも置いているはず。捨てる神あれば拾う神あり。台湾を旅していると、よくこの言葉を思い出す。

ことが思うように運ばなかったり、トラブルに見舞われたりしたあとは、だいたいそれを上回るようなうれしいことに遭遇する。

土砂降りで、のどかな田園風景の写真は撮れなかったが、1日の最後に最高の晩酌タイムが待っていた。

驚いたことに、店を切り盛りするのは若い東南アジア出身の女性だ。近年の台湾では、特に地方都市で東南アジアからの出稼ぎ労働者や移民が目立つ。

インドネシア、フィリピン、ベトナム出身の若い男女が飲食店を任されていることも多い。

私が台湾に暮らした1990年代、家政婦や介護の仕事をする外国人労働者が急増したのを覚えている。

だが2022年までにその数は70万人近くまでふくれ上がり、台湾先住民の人口を上回る勢いだとか。

かつて台湾には本省人、外省人、客家人、先住民の4大民族がいると言われてきたが、今はそこに外国人移民が加わりそうだ。そう言えば、南方澳の港でも、外国籍らしき漁師たちやその家族を多く見かけた。

カラオケとビールと魯肉飯

関山の食堂を仕切る小柄なその女性は、注文を取ると、慣れた手付きで豚肉をゆがいてスライスし、魯肉飯を小さなお椀によう。

その間、私は奥の冷蔵庫からビールを取り出す。この店には台湾ビールの缶がなく、代わりにキリンビールが置いてあった。台湾ビールはすでにクラシックも金牌も飲んでいたので、ちょうどいい。

手酌しながら、店の奥にあるテレビに目をやったところで、豚肉プレートとほうれん草炒めが運ばれてくる。絶妙なタイミングだ。

【台湾食べ歩きの旅 #10】キリンビールと豚頬肉スライスとほうれん草炒め。シンプルで台湾らしい、至福の晩酌スタイル

テレビが設置された壁の奥から、カラオケを歌う調子っぱずれな声が聞こえてきた。店の奥にカラオケ部屋があるらしい。台湾語の歌謡曲を熱唱するその歌声は案外若い。

カラオケと重なるようにして聞こえるテレビの天気予報は明日も雨模様と伝えている。

大雨で服も体も湿っているが、ビールの爽快さは旅人の心を満たしてくれる。私は豚の頬肉を嚙みながら小さな幸せを感じていた。

(うまいめし/ 光瀬 憲子)

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