【今週のサンモニ】田中優子氏「立ち止まれ」発言の無責任|藤原かずえ 『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。外交交渉の具体的アイデアを全く示すことができないコメンテーターたち。

不条理な戦争の現実

2023年11月26日の『サンデーモーニング』で大いに気になったのは、パレスチナ問題の停戦にあたって、外交交渉の具体的アイデアを全く示すことができない番組コメンテーターです。

田中優子氏:川瀬さん(ガザ北部の病院で看護師として支援活動→帰国)の記者会見を見て同僚の言葉を届けたいという気持ちがあって「命の重さは同じなのに世界はずっと自分たちを攻撃している」と。「自分たちに人権はないし、世界に忘れ去られている」ということを是非伝えたいと言った。(中略)
非常に不均衡で人質と収監者の数を比較してみても30倍くらいパレスチナの人達がイスラエルに収監されている。死者も10倍ガザの方が多い。そのような不均衡な戦闘になっていることも併せて考えると、やっぱり私たちは立ち止まって、日本政府としても「立ち止まれ」と言って、もう一度これを考え直さなければいけない。止めなければいけない。

田中優子氏

田中氏がおっしゃる通り、国際社会は、国際法違反といえるイスラエルの均衡性を欠いた過度な攻撃を止める必要があると考えます。しかしながら、残念なことに、暴走している戦争当事者に対して「立ち止まれ」と日本政府が倫理に訴えても、立ち止まる可能性は低いと言えます。

極めて不条理ですが、これが戦争の現実であり、自分を守れない国家や自治政府は、国際社会の協力なしには、理不尽な相手に譲歩するか降伏しない限り、自国民を攻撃に晒し続けることになります。戦争当事国にとって、戦略的な目的達成のためには、市民の命は二の次なのです。

ハマスは軽火器(ロケット弾・対戦車ミサイル・迫撃砲)で武装していると分析されていますが(米国CIA)、これでは圧倒的な兵器と兵士をもつイスラエルに対して対峙することは不可能であり、実質的に市民を盾にする絶望的な戦いを続けています。

「日本は丸腰となるべき」というお花畑な主張

もちろん、国連安全保障理事会の決議によっては武力行使による制裁も理論上は可能ですが、そもそも今回の紛争の直接的な誘因はハマスのテロリズムにあり、その可能性はゼロに近いと言えます。今回も含めて多くの国際紛争の当事国に対する制裁は、いずれかの常任理事国の利益に反するので、国連軍が即時に機能する可能性は極めて低いと言えます。

このため、主権国家には、侵略を回避するための安全保障(セキュリティ)に加えて、侵略時の攻撃から国民の生命を守る安全確保(セーフティ)の対策を備えておくことが必要となります。

しかしながら、このような当前の国防対策を日本が行うことに対して、安易かつ無責任に繰り返し反対してきたのが『サンデーモーニング』なのです。典型的な例を一つ挙げます。

周防雅之氏(2014/05/11):憲法にある高い理念を維持する方が今の時代に即している。丸腰でいることの強さを考えるべき。外交の時の日本の最大の武器になるはず

憲法九条を確信的に誤読してきた『サンデーモーニング』は、【軍事力 force】ではなく【外交 diplomacy】が平和を構築するかのように主張してきましたが、軍事力・経済力といった実在する【ハードパワー hard power】としてのセーフティの裏付けがない場合、政治力や文化力といった観念的な【ソフトパワー soft power】としての外交は【信憑性がない increditable】ため、戦争抑止や休戦の手段として有効に機能することはありません。

「日本は丸腰となるべき」というゼロ・セーフティを求める【空想的平和主義 utopian pacifism】の主張は、【拒否的抑止 deterrence by denial】を無効化する極めて非論理的でナイーヴで無責任な「お花畑」といえます。

戦争回避のセキュリティが突破された場合、日本国民の生命を保障するものは、極悪非道の侵略者の良心のみとなってしまいます。実際、現在のパレスチナが置かれている状況は、圧倒的な軍事力を持つイスラエルの良心を引き出すのみです。ハマスは最初から絶望的な抵抗を続けているのです。

もちろん、【外交交渉 diplomatic negotiation】は極めて重要な紛争解決の方法です。外交交渉とは「自らを拘束することで敵を拘束するもの(トーマス・シェリング)」であり、論理的には紛争当事国を説得できる拘束条件を提案することに尽きます。

このような状況下において、空想的平和主義を展開してきた田中優子氏がどのような外交交渉の具体的アイデアを示すのか注目していましたが、その結果が「立ち止まれ」という何の具体性もない【至上命令 categorical imperative】による【義務論 deontology】のみでした。

そもそも彼女の属するコミュニティはこのような義務論を乱発しています。

「戦争への道歩むな」女性らグループが相次ぎ声を上げる 岸田政権の敵基地攻撃能力・防衛費倍増方針に反対:東京新聞 TOKYO Web

空想的平和主義のコミュニティからの非難

セキュリティ対策とセーフティ対策を否定する空想的平和主義は、セキュリティ対策とセーフティ対策によって平和を実現しようとする現実的平和主義とは対極の関係にあります。

最近では、空想的平和主義のコミュニティでは、岸田政権が改定した安保三文書における【反撃能力】を徹底的に非難しています。

日弁連の反対ビラ
『通関生活』ウェブサイトより

これらの議論のほとんどは、論点の本質である国民の生命の【リスク管理 risk management】および【危機管理 crisis management】の議論を避けて【人格攻撃 ad hominem】に終始していることがわかります。

空想的平和主義のコミュニティの最大の誤謬は、「攻撃する戦力」を禁止する憲法9条を根拠に、戦争抑止力となって国民の生存権を守る「反撃する戦力」を持つことを非難していることです。

ちなみに侵略国の軍事インフラを攻撃する反撃は、主権国家に対して国際法が認めている【自衛権 right of self-defense】の行使であり、1956年の鳩山一郎首相の答弁以来、歴代内閣も合憲という見解を示してきました。

戦争が発生した段階での国民の生命のセーフティ対策として反撃能力は欠かせません。残念ながら、反撃能力を行使しても移動式発射台によるミサイル攻撃を防ぐことは困難ですが、ミサイル飛来の確率を減らすことには有効であると考えられています。ミサイル飛来の確率が減ればその分だけ、国民の命が救われるのです。

ただし、日本が仮に最小限の反撃能力を持ったところで、侵略国から不均衡な被害を受けることになるのは避けられないはずです。侵略国は必ずしも最小限の攻撃を行うわけではないからです。

認知戦に利用されかねない論拠曖昧な主張

さて、『サンデーモーニング』には、空想的平和主義の立場からの一方的な議論が横行しています。

「サンモニ」青木理氏「戦争がしたいんですか」周辺国との関係、「反撃能力」に不満/デイリースポーツ online「サンモニ」田中優子氏「攻めてくるかもしれない国」への協力に「予算使って」/デイリースポーツ online

論拠曖昧で論点変更した主張を無批判に公共の電波で拡散することは、【言論 argument】ではなく【宣伝 propaganda】であり、他国による【認知戦 cognitive warfare】に利用される可能性があるので警戒が必要です。

ここで、別のコメントも見てみます。

結局は他力本願

荻上チキ氏:対話可能性というのはとても厳しい状況がある。ただそうした中でも、どういったように対話を続けていくのか、カタールや米国をはじめとして海外が呼びかけ続けることが一点。加えて停戦したという実績を作り続けること。一日一日と重ねることによって「攻撃というのは実際に止められるのだ」「その間にいろいろな支援はできるのだ」という実績を各国とイスラエル・パレスチナが共有して行くと。一日でも長く継続することがまずは重要だ。

荻上氏のコメントも、努力に訴えているだけで、紛争当事者を説得できる拘束条件を提案するものではありません。

みたらし加奈氏:武力戦争の影響を受けた子どもたちは戦争中も戦争後も不安症やうつ病の有病率が凄く上がる。兵士の25%は終戦から20年経ってもまだ戦争神経症の症状が続いている。一刻も早く終戦に向けて国際社会が介入して行くことは凄く大事だが、戦争が終わったとしても戦争の傷跡がずっと残り続けていて、イスラエル側で言うと、また新たなハマスを誕生させる連鎖の中にいることを私たちは忘れてはいけない。

戦争の心理学的被害については理解できますが、論点の解決にはなりません。

松原耕二氏:「もうそろそろやめませんか」と本当に言いたくなる。かつて経験したことのないほどの民間人の殺戮が続いている。欧米は傍観者になっていると言っても仕方がない。停戦という一時停止の折角の時間があるので、この時間に本当の停戦に行くように、日本を含めて外交努力を必死でやって欲しい。

松原氏のコメントも努力に訴えているだけで、紛争当事者を説得できる拘束条件を提案するものではありません。結局、アイデアもなく他力本願しているだけです。

外交交渉によって紛争解決できることを根拠にして日本政府を批判してきた『サンデーモーニング』のコメンテーターが、その手腕を見せるべき肝心な時に、日本政府に他力本願している姿は極めて無責任としか言いようがありません。まさに空想的平和主義とはこういうものなのです。

藤原かずえ | Hanadaプラス

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