松任谷由実「ALARM à la mode」受験生にも大人気 “ホライズンを追いかけて” 収録!  コンセプトは サスペンス!松任谷由実18枚目のアルバム「アラーム・ア・ラ・モード」

日本がバブル景気に突入した1986年にリリースされた「ALARM à la mode」

日本がバブル景気に突入したのは1986年の11月。この時期から株式や不動産の急激かつ過度な高騰が起き、日本の景気動向が急速に上昇していったが、この86年11月29日にリリースされたのが、松任谷由実の18枚目のオリジナルアルバム『ALARM à la mode』だった。

前年の『DA・DI・DA』と翌年の『ダイアモンドダストが消えぬまに』という2枚の名高い盤に挟まれ、やや影の薄いアルバムながら、個々の楽曲の粒立ちは高い。

アルバムのコンセプトは ”サスペンス” 。タイトルは “ALARM と à la mode” が英和辞典で順番に並んでいたことから、2つを繋げたら良い語感の印象になったことで付けられ、発売当初は、”おしゃれな警告” と意訳していた。

他にオードリー・ヘップバーンの映画『シャレード』もタイトル候補に挙がっていたという。信藤三雄のデザインによる、牢獄をイメージしたモンドリアン調のジャケットもミステリアスだ。

独特の緊迫感を生む「ジェラシーと云う名の悪夢」

楽曲面で最もサスペンス性が高い作品は「ジェラシーと云う名の悪夢」。映画を見ている主人公が、追い詰められる劇中のヒロインに感情移入してしまい、嫉妬の感情を募らせる。エフェクトのかかったアレンジの効果と相まって、独特の緊迫感を生む作品だ。

同様に、サウンド面の工夫で心理的サスペンスを呼び起こす楽曲が「20minutes」だ。なかなか詞が思い浮かばなかったユーミンに、松任谷正隆がナンパの歌を提案したことで生まれた楽曲で、自意識過剰な女性の失敗談になっている。

ディザスター映画的な迫力とスリルを感じさせる「さよならハリケーン」は、エイトビートのアメリカン・ロックで、女性ロックバンド、ハートのイメージが念頭にあったそうだ。

また、アルバム全体のサスペンス性は、エフェクトに加えアップテンポの楽曲が多い点でも表現されている。楽曲のスピード感に付随して、歌詞面にも変化が見られる。

♪ その手にゃ乗らない(Holiday in Acapluco)
♪ あきれたこいつは(20minutes)
♪ あっ そこの店はダメ(土曜日は大キライ)

といった、ラフな喋り口調が目立ち、これが曲に軽さとスピード感を与えている。

「オレたちひょうきん族」のテーマソング「土曜日は大キライ」

一方でこの軽さは、バブルに浮かれる都会風景ともマッチする。その典型が、フジテレビ『オレたちひょうきん族』のテーマソング「土曜日は大キライ」。Cメロに登場する「♪空車の渋滞」というワンフレーズで、バブル期深夜の六本木風景が鮮やかに浮かび上がる。ユーミンは当時「山下(達郎)くん風を意識しました」と発言しており、この曲の前に3作続けて同番組のテーマを手がけた山下達郎作品とのイメージの継続が図られた。

ジェット機のSEで始まる「Holiday in Acapulco」は、失恋旅行でアカプルコへ1人旅する女性の歌で、これもまたバブル時代の到来を告げるかのよう。ちなみにユーミン本人はアカプルコに行ったことがなく、旅行雑誌を見ながら詞を書いたそうだ。

派手目の楽曲が多い中、シンプルな小品「白い服、白い靴」は、地下鉄で偶然再会した男性とデートの約束を交わすも、当日、雨降りだったためキャンセルしたというお話。ファーストアルバム『ひこうき雲』収録の「曇り空」から続く、女の子の気まぐれ路線だが、曲調はイントロからしてバート・バカラック風。バカラック風の曲では76年の「グッド・ラック・アンド・グッドバイ」や95年の「Walk on, Walk on by」など、いずれもかつての恋人との再会がテーマ。バカラック作曲の「ウォーク・オン・バイ」の世界観からきているのだろう。

時間の経過と宇宙観をラブソングに落とし込んだバラード「Autumn Park」

シックで重い空気をまとう「パジャマにレインコート」は、ニューヨークで流行していた「1マイルウェア」がヒント。家から1マイル程度ならパジャマ風のルックで外出するというもので、85年3月の苗場コンサートでは、実際にパジャマ姿にネクタイを締めコートを羽織って登場している。初出は85年8月のシングル「メトロポリスの片隅で」のB面だが、同年冬のアルバム『DA・DI・DA』には収録を見送り、翌年の本盤に取り上げられた。

曲想はレゲエだが、ユーミンがレゲエを用いる時、どこかクールで、寒々しい光景や内省的な世界が描かれることが多い。79年の「ツバメのように」や、98年の「きみなき世界」、アフリカを訪れた際、現地で聞いたフレンチ・レゲエから着想を得た99年の「流星の夜」と同傾向だ。

「Autumn Park」は、83年の「経る時」に続く、時間の経過と宇宙観をラブソングに落とし込んだバラード。89年の「ANNIVERSARY」のプロトタイプ的作品でもある。クリスマスソング「3-Dのクリスマスカード」は、森下恵理に提供した「トワイライト」が原曲。この辺りの曲には秋から冬の匂いが色濃く描かれている。

パリ・ダカール・ラリーをモチーフにした「ホライズンを追いかけて」

そして、パリ・ダカール・ラリーをモチーフにした「ホライズンを追いかけて 〜 L'aventure au désert…」。ユーミンはラリーの魅力に惹かれ、実際に86年1月にはパリ・ダカのスタートに立ち会い、本盤発売後の87年1月には、コンサートツアーを中断してプレス参加し、1ヶ月間の全行程を追った。つまり、楽曲の完成はプレス参加より前である。

<small>ⓒMITSUBISHI MOTORS</small>

元々ユーミンはクルマを題材にした歌が多いが、「中央フリーウェイ」「埠頭を渡る風」「星空の誘惑」といった名高いドライブ曲は、いずれも助手席からの視点で書かれている。ユーミンが免許を所有しておらず、夫である松任谷正隆が “超” のつくカーマニアであるため、助手席からの視点=傍観者の目線になるのは当然だが「ホライズンを追いかけて」では、主人公がハンドルを握るラリーストと同期している。

 いくど導標失くし いくど道を戻り

 眠りそうになったら頬を叩いて
 大声でお互いを呼び合うの

 辿り着くわきっと 私達のゴール

そんな歌詞に見られるように、ここでの主人公は単に助手席からの視点ではなく、ドライバーの伴走者だ。ユーミン自身がラリーの伴奏者となる、パリ・ダカのプレス参加に向けての意思表明であり、さらに言えば、過酷なラリーをパートナーとの人生に重ね合わせた歌でもある。

同傾向の作品は、過去にも「ナビゲイター」や「ワゴンに乗って出かけよう」があるが、ラリーというモータースポーツを題材にしたためか、この曲のリアリティは際立っている。また、これ以降、曲の主人公が傍観者的立場から、実行者そのものの心情、伴奏者としての思いを歌う傾向へと変化し、シリアスな内容でメッセージ性の強い曲が歌われるようになっていく。アスリートを主人公にした93年の「Carry on」や、2018年の「NIKE」などは、「ホライズンを追いかけて」がなければ生まれなかったであろう。

次のステップに繋がる新たな実験をいくつも包含したアルバム

このアルバムを引っ提げてのコンサートツアー『YUMING VISUALIVE ALARM a la mode』は、アルバムと連動する形で、スピーディでサスペンスタッチのステージが展開された。小ぶりな階段だけのシンプルな舞台ながら、ホリゾントに70本近いストライプの電飾を配し、曲に合わせて点灯する光の演出がなされ、独特の緊迫感が現出。仕掛けが少ない分、フロントに立つユーミンにとってはハードなステージだったようだ。

『ALARM à la mode』はチャート1位を獲得したにも関わらず、大ヒットやスタンダード曲がないせいか、ユーミンのアルバムの中では話題になることも少ないが、時代の空気を描きつつ、次のステップに繋がる新たな実験をいくつも包含したアルバムなのだ。

カタリベ: 馬飼野元宏

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