「機密」の軽さ

 誰かを救うために出されるお金を「義援金」と呼ぶが、本来は「義捐(ぎえん)金」だ、と中国文学者の高島俊男さんがエッセーに書いている。「捐」には「すてる」の意味があり、大切なお金を義のために投げ出すのが「義捐」らしい▲例として「吾輩は猫である」の一節を引いている。〈主人は…凶作の義捐金を出してから、逢(あ)ふ人毎(ごと)に義捐をとられたと吹聴して居(い)る〉〈義捐とある以上は差し出すもので、とられるものではない〉▲戦後、常用漢字を当てて「義援金」になったという。「義捐金」とは潔い一語だが、これと正反対の言葉はさて、何だろう。昨今では内閣官房報償費、つまり「機密費」がそうかもしれない▲東京五輪の招致のため、国際オリンピック委員会の委員100人余りに、機密費を使って贈り物をした-。石川県の馳浩(はせひろし)知事が、自民党の“招致役”だった頃の裏話を講演で語った▲すぐに発言を撤回したが、1冊20万円のアルバムを委員一人一人のために作り、配った-と“苦労話”が実に細かい。買収行為の疑いもあり、これが機密費の使い道の一端とすれば何とも苦々しい▲使途は秘密でも、国費であるのは言うまでもない。義を差し出す「義捐」の意味は重いが、高価な品をなりふり構わず差し出す「機密」の一語は、やけに軽く思えてくる。(徹)

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