ミリタリー目線で解説!『ナポレオン』激動の成り上がり22年 平民将校から「戦争の天才」と恐れられ皇帝に リドリー・スコット監督×ホアキン・フェニックス主演

『ナポレオン』

ホアキン・フェニックス主演、リドリー・スコット監督の最新作『ナポレオン』は、平民将校から皇帝にまで昇り詰め、そして敗退していったナポレオン・ボナパルト(1769 – 1821)の姿を、妻ジョゼフィーヌとの関係性に焦点を当てて描いた力作です。その激動の22年を2時間38分に凝縮した、疾風怒涛の物語展開からは目が離せません。

もちろん、要所要所では砲声轟き血飛沫あがるバトルが映画的脚色を加えつつ~なにしろワーテルローでは自ら突撃しちゃう~描かれており、ミリタリー目線で鑑賞しても『ナポレオン』がより楽しめると思います。

「臼砲」って、なに?

最初のトゥーロン港奪回戦では「臼砲(きゅうほう)」が登場します。これは極端に短い砲身を臼に見立てた名称で、原語も「mortar〈モーター〉/臼、乳鉢」です。

短砲身から高仰角で発射された砲弾は山なりの弾道で飛翔するので、射程は短くても城壁背後の敵を砲撃できる――と聞いて「迫撃砲」を連想した諸兄姉もいることでしょう。そうです、日本語では臼砲と迫撃砲という異なる名詞になっていますが、英語では出現当時から現在にいたるまで「モーター」なのです。

また、当時の砲弾は石や鉄製の円球弾~石や鉄の固まり~が主流でした。そこで建物や船を砲撃する際には、砲弾を焚火などで熱してから発射することもありました。焼けて高温になった砲弾で内部火災を引き起こそうというわけです。

騎兵隊の最後~馬の機動力と銃火器の進歩~

ナポレオン戦争の時代は、騎兵が活躍できた最後の時代とも言われています。

すでに1300年代後半には使われ始めていた銃砲ですが、黒色火薬と円球弾を銃口から装填する前装式滑腔銃身のマスケット銃が主力でした。これがどういうことかと言うと、1800年頃の軍用銃の有効射程は200m程度、実用有効射程は100m(!)ぐらいで、発射速度は1分間にせいぜい2発、でした。

JRA(日本中央競馬会)などの資料によると、馬は速足で220m/分、駈足で340m/分、襲歩で1000m/分以上で走るそうです。すると、射程外から速足で近付いてきた騎兵が200m近辺から駈足や襲歩で突撃してきた場合、歩兵は1発ぐらいしか発砲できずに騎兵隊の衝撃力で蹴散らかされてしまうのです。ではどうする? は、本編で描かれるイギリス軍歩兵の戦術を御覧ください。

でも1850年頃からライフリング付き小銃が普及し有効射程が600m級以上となり、やがて金属薬莢と後装式小銃の登場によって発射速度も飛躍的に増大すると騎兵突撃は成立しなくなり、騎兵隊は衰退していくのです。

ナポレオンの時代

「戦争の天才」と称賛され、同時に恐れられていたナポレオン。その特徴は、徴兵による国民軍・散兵(さんぺい)戦術・大砲の集中運用・戦術の巧妙化・信号(手旗や腕木、灯火)の組織的活用、などです。

散兵とは自律的に戦闘する一人ないし数人単位の銃兵のことです。集団密集隊形で画一的に戦うのが標準戦術だった欧州各国軍は、散兵に翻弄され指揮と隊形が混乱したところを突入してきたナポレオン軍主力に壊滅させられました。

散兵戦術についてはローランド・エメリッヒ監督、メル・ギブソン主演の『パトリオット』(2000年)で~やはり映画的脚色はありますが~描かれています。アメリカ独立戦争における民兵(ミニットマン)の散兵戦術を書物を通して知っていたナポレオンは、自軍にも大胆に取り入れたわけです。

ナポレオンはたいへんな勉強家で、しかも書物から定理を的確に読み取り自家薬篭とする才に長けた人物でした。

実は、徴兵は革命政府が導入した制度で、それが可能だったのにはルイ14世時代の人口増加を背景とした革命の熱気がありました。また砲兵の集中も、1760年代に砲兵監のグリヴォーバルが大砲の標準化を実施していたからこそ実現できたのです。

徹底したワンマン化がもたらしたもの

けれども、ナポレオンは幕僚(スタッフ)の養成はせずに、戦場での状況判断と命令決定は常に自分一人だけで行なっていました。ですから戦場が広域化し組織が巨大化すると、かつてのような臨機応変の戦いができなくなってしまうのです。

加えて欧州列強がナポレオン戦術を学習したことで緒戦の神通力も失われ、いつまでも続く戦争にフランス国民が疲弊し士気も低下~当時の戦争は結局は兵隊の消耗戦でした~、フランスの“財産”を食い潰すようにしてナポレオンは表舞台から退場していくのです。

近世ヨーロッパ陸軍において、歩兵部隊と騎兵部隊の将校は高級貴族によって占められていました。陸戦の主力である歩兵と騎兵は貴族階級の地位そのものだったからです。ただ、砲兵部隊と工兵部隊の将校には平民でも就くことができました。コルシカという辺境の地の出身であるナポレオンが砲兵将校だったということは、彼が平民なみの下級貴族だったことを示しています。

リドリー・スコット監督の『ナポレオン』は女性に対する社会的圧力を炙り出していますが、ナポレオン自身を取り囲んでいた当時の社会制度に目線を配って鑑賞するのも興味深いのではないでしょうか。

文:大久保義信

『ナポレオン』は2023年12月1日(金)より全国公開

ホアキン・フェニックス主演『カモン カモン』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年12月放送

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