DVに追い詰められた母子が頼った「上品な女性」の驚くべき本性 母は5歳児をなぜ虐待死させ、床下に埋めたのか

現場となった埼玉県本庄市の住宅

 夫のDVから逃れた母親(32)が5歳の息子とともに頼ったのは、上品そうな「あおいさん」だった。迎え入れられたのは、あおいと交際相手の男(36)が同棲する家。これが悲劇の始まりだった。
 約1年後、息子は「しつけ」を理由とした虐待で死亡。さらに遺体は母親の手で床下に埋められた。3人とも結局、傷害致死、死体遺棄の罪で起訴され、8、9月に男と母親の公判がさいたま地裁で開かれた。
 法廷では壮絶な虐待の内容が明かされた。ただ、それよりも驚いたのは、あおいが母子2人を支配する、異様とも言える生活状況。あおいは、男にさえ年齢も名前も10年近く偽っていた。(共同通信=勢理客貴也)

【音声解説】DVから逃れた〝安住の地〟で、母はなぜ5歳の息子を虐待死させたのか

さいたま地方裁判所

 ▽生活に苦しんだ「普通の親子」
 死亡した男児・歩夢ちゃんの母親は大阪府出身。インターネットで知り合った相手との結婚を機に、埼玉県本庄市に住むようになった。この結婚は家族に反対され、駆け落ちのような形で移り住んだという。姉からは「親が死んでも帰ってくるな」と言われた。
 しかし結婚後、夫から暴力を振るわれるようになった。歩夢ちゃんを出産後も態度は変わらず。暴力に耐えきれなくなり、2020年7月に母子で家を出た。最初に頼ったのは、保育園で知り合ったママ友の家。
 このママ友は、母子の当時の様子について、法廷で「笑顔でお互いを思いあう、普通の親子に見えた」と証言している。
 この家には半年ほど居候したが、同居する中でママ友への不満がたまり、次第に険悪な雰囲気になった。しかし、夫と暮らしていた家には戻れないし、実家にも頼れない。
 そんな時に手を差し伸べたのが、ママ友の家に出入りしていたあおいだ。
「部屋が余っているから来ていいよ」と言われたという。母親は、当時のあおいの印象をこう証言している。「しゃべり方も上品で、ママ友に信頼されているようだった」
母子が移った先の住宅には、あおいの他に男が住んでいた。奇妙な4人暮らしが始まった。

送検の際に警察署を出る「あおい」と名乗っていた女

 ▽転居先の住人は、「1歳差」のカップル…
 同居するに当たり、母親はあおいと男から誓約書を書かされた。内容は生活費と食費をあおいに渡すこと、歩夢ちゃんのしつけに責任を持つこと。さらに、通帳やキャッシュカードも預けることになった。その理由についてあおいは「投資に回す」と説明した。母親はこの言葉を信じ、給料約14万円のうち半分を生活費や食費とし、残り半分もあおいが管理することになった。
 歩夢ちゃんの保育園や携帯電話の費用など、必要なお金はその都度、あおいが母親に渡していた。
 一方で、あおいは歩夢ちゃんに体罰を加えるようになった。「しつけ」と称する暴行を、母親にも指示した。「逆らえば家を追い出される」と考え、息子を暴行した。

イメージ写真(本文の内容とは関係ありません)

 ▽エスカレートする暴行の末路
 暴行は次第にエスカレートしていった。男が歩夢ちゃんの両足を逆さづりにして振り回す。プラスチック製のタンクや猫用のゲージに閉じ込める。タンクを外からたたくこともあった。いずれも、あおいは「しつけ」として効果があると話していた。相撲と称して、歩夢ちゃんを投げ倒すこともあった。
 2022年1月18日、仕事中の母親にあおいから連絡があった。
 「歩夢がお漏らしをしたままご飯を食べている。帰ってきて厳しく叱って」
 急いで戻った母親に対し、あおいは「相撲取ったら」などと指示。母親は息子に足をかけ、柔道の大外刈りのように複数回投げ倒した。さらに、男が両脇をつかんで体を持ち上げ、勢いを付けて背中を畳にたたきつけた。
 歩夢ちゃんはうめき声をあげ、呼吸がしづらいような様子に。「もうやめて」と言って救急車を呼ぼうとする母親に、あおいはこう告げた。
 「どう説明するのか。医者が診れば、虐待が疑われる」
 119番を断念した母親の腕の中で、歩夢ちゃんは息を引き取った。遺体を前に、あおいは「警察にばれれば、遺骨は夫に渡る」と、暗に埋めるよう指示。
 あおいの言葉を信じた母親は、骨を渡したくない一心で息子を住宅の床下に埋めることにした。約5時間かけて穴を掘り、歩夢ちゃんが好きだったおもちゃやお菓子も遺体とともに埋めた。最後に、堆肥をつくるために売られている「発酵を促す薬剤」を、あおいの指示で遺体にかけた。

送検のため警察署を出る「あおい」の交際相手の男

 ▽明かされるあおいの嘘
 事件は今年1月、母親が歩夢ちゃんの退園届を本庄市に出したことがきっかけで判明する。母親は「実家の大阪にいる」と説明していたが、大阪の実家では所在が確認できなかった。本庄市から相談を受けた警察が調べ、3月5日、床下から遺体が発見された。
 事件後、「あおい」が隠していたさまざまな事実が判明する。
 まず、同棲する男にも本名を名乗っていなかった。年齢も56歳であるにもかかわらず男には「一歳下」と二回り近くサバを読んでいた。二人が出会ったのは、交流サイト(SNS)の「ミクシィ」。「あおい」と名乗り、男が大学を卒業後、交際を始めた。家計の管理はあおいが担当し、通帳やキャッシュカードを握った。
 男は、自分の父から借金をしていた。持病である腰の治療代や引っ越し代が名目で、合計約500万円に上る。ただ、あおいはこれとは別に、男の父から約1千万円も借りていた。「(男が)暴れて部屋の壁を壊した」「近所の人とけんかになり、車を傷つけてしまった」などと嘘をつき、金を引き出していたという。
 男の父は大金を渡した理由を法廷でこう説明している。「『生活全般の面倒をみている』と言われ、断りづらかった」
 1千万円を渡したことを、自分の息子である男にも伝えていなかった。「借金を知られると、何をされるか分からない」というあおいの言葉を信じたためだ。
 男があおいの本名と年齢、借金の存在といった真実を知ったのは、逮捕後だった。約10年もの間、だまされていたことになる。
あおいは、歩夢ちゃんの母親の口座からもカネを引き出していたようだ。預かった通帳に投資に回した形跡はなく、逮捕時は1000円しか残っていなかったという。

埼玉県警本部

 ▽「本当にごめんね」
 凄惨な事件の詳細が明らかになった公判。裁判官らは母親に対し、なぜあおいの指示に従って息子を暴行したのか尋ねた。
 「他の2人の暴力から守る意図があった」と述べ、指示に従うふりをして歩夢ちゃんがけがをしない程度にやっていたと弁解。「歩夢のお墓に行き、本当にごめんねと言いたい」と最後に述べた。
 9月8日、さいたま地裁は母親に懲役10年の判決を言い渡した。判決は「身をていしてでも守るべき立場にありながら、自らの判断で虐待に加担した」と非難している。男は懲役12年を言い渡された。
一方の「あおい」は11月に懲役13年の判決を受けた。その公判では、経歴を偽って生きた「あおい」の驚くべき来歴が語られていた。
 ※近く続編をお届けします。

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