【ジャズ:ヴァイナル新譜】ビル・エヴァンス・トリオ『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』

【DIGGIN’ THE NEW VINYLS #3】ビル・エヴァンス・トリオ『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』

日本でも需要がますます高まっているヴァイナル市場。毎月注目のジャズのヴァイナル新譜をご紹介していきます

ビル・エヴァンス・トリオ『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』

今回、俎上に載せるのはビル・エヴァンス・トリオの傑作『Sunday at the Village Vanguard』である。ざっと要点をまとめてみたい。

  • 1961年6月25日、ニューヨークのジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」に、ヴォーカル・グループ“ランバート、ヘンドリックス&ロス”の前座として登場した時の収録
  • リアルタイムで発表された、ビル・エヴァンス初のライヴ・アルバム(61年10月ごろ全米発売)
  • 同じ日に収録された『Waltz for Debby』(62年3月ごろ全米発売)は、この姉妹編
  • ベース奏者スコット・ラファロ(61年7月6日、自動車事故で死去)の、公式ラスト・レコーディング・セッション
  • ラファロの自作曲「Gloria's Step」と「Jade Visions」を収録。彼のオリジナル・ナンバーは現在まで、この2曲以外公開されていない
  • 選曲はエヴァンス自身が担当

<YouTube:Gloria's Step (Take 2 / Live At The Village Vanguard, NYC; 6/25/1961)

オリジナルLPは当時の常としてモノラルとステレオの同時発売だったが、再発に関しては私の知る限りステレオ盤で繰り返されてきた。エヴァンスの薫り高きピアノ・プレイは右チャンネル寄りに位置し、ラファロは左チャンネル寄りのポジションから「ベースという楽器は、こんなに幅広い音域を持つのか!」と今なお驚かせるに足る雄弁・リズミカル・メロディアスなプレイで圧倒する。少々奥に下がって中央から、弾力性に富むシンバル・ワーク、繊細そのものスティックさばき、余韻たっぷりのブラッシュ使いで迫ってくるのはポール・モチアンだ。

彼の最初期、1950年代半ばの録音を聴くと私は「フィリー・ジョー・ジョーンズあたりを徹底的にフォローしたのだろうな」と思うことをやめられないのだが、エヴァンス・トリオ発足(第1弾アルバムは59年12月の『Portrait in Jazz』)の頃には、すでに彼はモチアン以外の何者でもなかった。この延長線上に、60年代半ばから始まるポール・ブレイやキース・ジャレットとの官能的な共演、2011年に亡くなるまで主にECMレーベルやJMT/ウィンター&ウィンター・レーベルに刻んできたリーダー作でジョー・ロヴァーノ、ビル・フリゼール、カート・ローゼンウィンケルらと共に繰り広げてきたマジカルな世界があり、さらに最晩年まで「ヴィレッジ・ヴァンガード」に定期的に出演していたことなどを考えながら、今回、私はモチアンのプレイに耳の比重をおいた。

ベースの鮮明な音色が話題になりがちの一枚であるが、録音技師のデイヴ・ジョーンズは、ピアノはもちろん、ドラムの収音についてもセンスをみなぎらせる。ポンと空気に共鳴するようなキック(バスドラ)の響きをぜひ、装いも新たに登場したアナログ盤でお楽しみいただきたい。 この復刻盤は、新たなポイントを持つ。 

    • 復活“Original Jazz Classicsシリーズ”からの発売

であるということだ。略称OJC。旧シリーズに親しんできた皆さんは、どう若ぶってもベテランのジャズ・ファンであろう。第1期30枚を、初めて東京に来た私が新宿のディスクユニオン地下のジャズ・フロアや、銀座の山野楽器の輸入盤コーナーで発見したのは、忘れもしない1983年3月のこと。プレスティッジやリヴァーサイドといったレーベルに残された50~60年代の古典が、オリジナルのジャケット・デザインを使い、モノラル盤もモノラル盤のまま、新譜LPとして店頭に並んだのだ。しかも日本製のレコードよろしく、オビまでついている。

これはアメリカ本国でも大胆そのもののコンセプトだったはずだ。なぜなら60年代後半から70年代にかけてのアメリカのレコード産業は、モノラルを再発するときには疑似ステレオ化したり、意匠を変えたりすることがむしろ当たり前で、70年代になるとさらに、複数の盤からの演奏を集めて2枚組の新商品(通称“Twofer”)として練り直すスタイルが目立つようになったからである。たとえばエヴァンスのヴィレッジ・ヴァンガード・セッションはMilestoneレーベルから未発表曲を含むTwoferとして出た(『Bill Evans Village Vanguard Sessions』、73年)。いわば米国市場で、それを一度チャラにした“原点回帰プロジェクト”がOJCであると私は考える。

<YouTube:Alice In Wonderland (Take 2 / Live At The Village Vanguard, NYC; 6/25/1961)

時代の趨勢か、OJCシリーズは80年代後半からCD主体のリリースとなった。それが、時代の趨勢か、今、LPとして息を吹き返した。2020年代のアナログ盤再認識の風を浴びた“オーディオファイル仕様”としていささかの高級感も伴いつつ、厚みのある紙質のジャケットに収められた、ターンテーブルへの乗りがいい重量盤の姿で、こうして市場にある。帯はタスキ型ではなく横からかぶせる形。

“マスタリングの王者”ケヴィン・グレイの仕事はここでも丁寧そのもの、「アリス・イン・ワンダーランド」におけるオーディエンスのざわめき、「オール・オブ・ユー」でエヴァンスとモチアンが掛け合いを繰り広げる箇所、本来ならドラム・ソロになっても不思議ではないところで“まだ弾き足りない”とばかりにベースのロング・トーンを鳴らし続けるラファロのプレイに息をのんだ。と同時に、こうしたアナログ盤プロジェクトを通じて、今後「OJC」という言葉に反応する新世代のジャズ・ファンがどんどん増えていくのかもと予想して、さらに嬉しくなるのだった。

<YouTube:All Of You (Take 3 / Live At The Village Vanguard, NYC; 6/25/1961)

Written By 原田 和典
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【リリース情報】

ビル・エヴァンス・トリオ
Sunday at The Village Vanguard  【直輸入盤】【限定盤】【LP】

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