O・J・シンプソン事件が『裸の銃(ガン)を持つ男』に与えた影響とは? 打ち切りTVシリーズが映画で復活大ヒットの「なぜ!?」を徹底解説

『裸の銃(ガン)を持つ男』© 2023 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.『裸の銃(ガン)を持つ男2 1/2』© 2023 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.『裸の銃(ガン)を持つ男PART33 1/3/最後の侮辱』© 2023 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

低視聴率で玉砕した「ドレビン警部」が映画で復活大ヒット

今から30年ほど前の1980年代末から1990年代前半にかけて、日本経済がバブル景気の絶頂からバブル崩壊へとドラスティックな変化を示す中、まさかの復活を遂げた男がいた。――その名はフランク・ドレビン警部……またの名を俳優レスリー・ニールセン

フランク・ドレビン警部というのは、1982年に米ABCで放送されたTVシリーズ『POLICE SQUAD!』の主人公。同シリーズはパロディ刑事ドラマで、低視聴率ゆえにたった6話で放送打ち切りとなり、日本では放送すらされなかったのだが、1980年代後半に毎年ニューヨークへ行っていた筆者はVHSで買った『POLICE SQUAD!』を独り大笑いしながら見ていた。

日本でも1986年に『フライング・コップ 知能指数0分署/フライング・コップ2 二度笑う奴は三度死ぬ』のタイトルで2巻に分けてVHSが発売されたが、その邦題は1970年代に大ヒットした『エアポート』シリーズのパロディ、『フライングハイ』(1980年)にレスリー・ニールセンが出ていたことに由来する。

その玉砕したTVシリーズ『POLICE SQUAD!』の主人公フランク・ドレビン警部が、なんと映画館のスクリーンで復活を遂げたのが『裸の銃(ガン)を持つ男』(1988年)。しかも、これが予想外の大ヒットとなり、2本の続編まで作られ、いずれも日本公開されたのだ。

“シリアス・アクター”レスリー・ニールセンのコメディ転向

『裸の銃を持つ男』シリーズの大ヒットによるフランク・ドレビン警部の大復活は、実はドレビンを演じた俳優レスリー・ニールセンにとっても大復活というか、齢60を超えて人生で初めての大ブレイクだった。

ニールセンと言えば、古典的SF映画の傑作『禁断の惑星』(1956年)の宇宙船船長役、パニック映画ブームの中で大ヒットした『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)の船長役などで知られる俳優で、大作映画の中の小さな役で印象を残すシリアス・アクターだったのだが、前述のパニック映画パロディ『フライングハイ』で初めてコメディアンとしての才能の片鱗を示し、『POLICE SQUAD!』の大惨敗でコメディアンへの転向も不発に終わったかと思われていた。

ところが、『裸の銃を持つ男』の大ヒットで勢いづいたニールセンは、水を得た魚のごとくコメディで活躍し始め、『裸の銃を持つ男 PART2 1/2』(1991年)、『裸の銃を持つ男 PART33 1/3 最期の侮辱』(1994年)のほか、製作総指揮兼主演を務めた『スパイ・ハード』(1996年)、『レスリー・ニールセンの2001年宇宙への旅』(2000年)など、70歳を過ぎても毎年のように新作に主演、2010年に84歳で亡くなるまで活躍し続けた。

『裸の銃を持つ男』シリーズはなぜ大ヒットしたのか?

さて、『POLICE SQUAD!』をそのまま大スクリーンに移し替えた『裸の銃を持つ男』が大ヒットした背景には、その特徴的なスタイルがある。それは一言で言うと、ツッコミ一切なしのボケっぱなしギャグが機関銃のごとく次から次へと繰り出されるスタイルだ。

具体的には1950年代のTV刑事ドラマにありがちだったツボをことごとく笑いのネタに昇華させているのだが、それにアメリカのシットコムでは定番のスタジオの観客の笑い声をかぶせることによって、「はい、ここが笑いどころですよ」と親切に示すことを拒否し、ある意味で「わかる人だけわかればいい」と突き放しているから、見る側にも元ネタについての知識と集中力が問われる。――TVでは“ながら視聴”が多いためそのハイセンスなギャグが伝わりにくかったが、お金を払って劇場に来た観客には大ウケに受けたのだ。

フランク・ドレビンは、いつも自分では気が付かないうちに周囲に大パニックを引き起こしたりしている刑事で、そんな彼にいつも頭を抱えているのが上司エド(ジョージ・ケネディ)。ドレビンの相棒の黒人刑事ノードバーグ(O・J・シンプソン)は三部作を通じていつも酷い目に遭わされる役回り。そして、第1作では始め悪党の秘書として登場したジェーン(プリシラ・プレスリー)が三部作を通じてのヒロインで、フランクとくっついたり破局したりを繰り返す。

『裸の銃を持つ男』シリーズの“笑いのツボ”とは?

現実世界の政治状況とは無関係の笑いの世界であるにも拘らず、『裸の銃を持つ男』シリーズには毎回、政治家などその時々の旬の人物のそっくりさんが登場する。つまり、日々国際ニュースを気にしている人ほどそのバカバカしさがわかるのだ。

具体的には、たとえば第1作の冒頭、いきなりウガンダのアミン大統領、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長、リビアのカダフィー大佐、イランのホメイニ師、そしてソ連のゴルバチョフ書記長が何やら密談をしているところに、なぜかフランク・ドレビンが突入する。

その乱闘の最中に、ドレビンは何を思ったかゴルバチョフの額にある目立つシミをごしごしと取ってしまうのだが、そのシーンなど、ソ連のペレストロイカを主導したゴルバチョフのニュースをTVで見ていた世界中の人たちが「あの額のシミ、アメリカの政治家だったら美容整形で取ってしまうだろうに……」ときっと思っていたはずなので、場内は大爆笑となる。

ほかにも第1作には、メジャーリーグのエンゼルスを引退したばかりの伝説のスラッガー、レジー・ジャクソンが現役大リーガーの本人役で出演。マインド・コントロールされ、渡米中に球場を訪れた英国のエリザベス女王を暗殺しようとするのをドレビンが阻止する……など、設定そのものがバカバカしいのだが、それを大真面目にやっているところがミソなのだ。

なお第2作では、当時の現役大統領だったジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)のそっくりさん、そして第3作では同様にビル・クリントン大統領やヨハネ・パウロ2世のそっくりさんが登場して笑わせる。

1990~2000年代のハリウッドを牽引した「ZAZ」チーム

作り手の側にも目を向けてみよう。『裸の銃を持つ男』シリーズは『POLICE SQUAD!』からずっと変わらず、デヴィッド・ザッカージム・エイブラハムズジェリー・ザッカーの幼馴染トリオ、人呼んで“ZAZチーム”によって製作され、脚本もこの三人。監督は第2作目まではデヴィッドが担当し、第3作のみ後に『ナッティ・プロフェッサー2 クランプ家の面々』(2000年)や『リベンジ・マッチ』(2013年)を撮るピーター・シーガルが務めている。

彼ら三人の出世作は、ジョン・ランディスが監督を務めた『ケンタッキー・フライド・ムービー』(1977年)で、同じZAZチームで『トップ・シークレット』(1984年)、『殺したい女』(1986年)などのコメディをヒットさせた。のちにエイブラハムズは『ホット・ショット』シリーズ(1991年、1993年)などパロディ映画を手掛けている。

一方で、ザッカー兄弟の方はパロディも手掛けつつ、兄弟でキアヌ・リーヴスの『雲の中で散歩』(1995年)を製作したほか、デヴィッドは単独でコリン・ファレル主演の『フォーン・ブース』(2002年)を、ジェリーは単独で『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)、『マイ・ライフ』(1993年)、『ベスト・フレンズ・ウェディング』(1997年)といった大ヒット作で監督や製作を務めるなど、1990年代から2000年代にかけてのハリウッドを牽引した立役者の感がある。

「O・J・シンプソン事件」を乗り越えて……

さて、シリーズが第3作『裸の銃を持つ男PART33 1/3 最期の侮辱』をもって終了してしまった背景には、同作品のアメリカ公開(1994年3月)と日本公開(1994年8月)の間に起こった、世に言う“O・J・シンプソン事件”が強く影響している。

O・J・シンプソンは、アメリカン・フットボールの殿堂入りしたスーパースターで、映画俳優になってからは『タワーリング・インフェルノ』(1974年)、『カサンドラ・クロス』(1976年)などの大作で存在感を示した。プロのアスリートから映画俳優に転向した人としては、1950年代のブルックリン・ドジャースの選手からTV『ライフルマン』(1958~1963年)の主演に転身して大成功したチャック・コナーズ以来の成功を収めていたと言ってよい。

そのO・J・シンプソンが元妻とその友人を殺害したかどで逮捕されたのが1994年6月で、カーチェイスしながら車で逃走する様子が全米生中継され、また捜査員が過去に人種差別的言動があったことが明らかになるなど、その逮捕後の法廷での様子も含めて全米が固唾をのんで注視する大事件だった。

結果的には刑事裁判では無罪が確定したものの、民事裁判では有罪となり、またその後も強盗容疑で逮捕されるなどしたため、もはやコメディに出ているシンプソンは冗談では済まされなくなったのだ。ZAZチームは代わりに『最終絶叫計画』(2000年)に始まる新シリーズ(第3作・第4作ではレスリー・ニールセンも大統領役で出演)をヒットさせたが、シンプソン抜きでの『裸の銃を持つ男』シリーズを、もうちょっと見てみたかったものだ。

文:谷川建司

『裸の銃(ガン)を持つ男』『裸の銃(ガン)を持つ男2 1/2』『裸の銃(ガン)を持つ男PART33 1/3/最後の侮辱』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「裸の銃(ガン)を持つ男 イッキ観!」で2023年12月放送

© ディスカバリー・ジャパン株式会社