「生い立ちをどう伝えるべきか」養親を悩ませる前例のない出自と世間の目 「こうのとりのゆりかご」に預けられていた子どもへの〝真実告知〟という課題

熊本市の慈恵病院に設置されている「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)に預けられた子どもを取り上げる様子を再現する慈恵病院スタッフ=2023年4月、熊本市

 親が育てられない子どもを匿名でも受け入れる熊本市・慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)は、2007年の開設から16年が過ぎた。2023年3月末までに預けられたのは170人。子どもたちはその後、どのように過ごしているのだろうか。そんな疑問に動かされて取材を進めると、子どもたちを育てる養親たちは、生い立ちを伝える「真実告知」を巡って葛藤していた。「養子である」だけでなく、「こうのとりのゆりかごに預けられていた」という事実を子どもにどう伝えるか。生活困窮や未婚など、さまざまな事情で預けられた子どもたちに向けられる世間の目も悩みの一つで、養親が頼れる相談体制はまだ不十分だ。開設当初に0歳で預けられた子どもは、もうすぐ成人になる。「出自を知る権利」への対応を巡って、自治体や病院も動き出した。(共同通信=石原聡美)

「こうのとりのゆりかご」の扉=2022年12月、熊本市

 ▽ゆりかごに預けられていた息子、告知を巡りぶつかった夫婦
 こうのとりのゆりかごは、慈恵病院の一角にある。道路に面した門から、高い生け垣に囲まれた通路を歩くと、たどり着く。扉を開けると「お父さんへ お母さんへ」と書かれた手紙があり、手紙を取ると赤ちゃんをベッドに預けられる仕組みだ。
 九州地方に住む誠一さん、桜さん夫婦=いずれも仮名=は、不妊治療をしたが、子どもを授からなかった。偶然見た特別養子縁組がテーマのテレビドラマをきっかけに、里親に登録。約1年後、熊本市の児童相談所から連絡があり、こうのとりのゆりかごに預けられ、当時は乳児院にいた智君(仮名)と出会った。
 1年間、乳児院を訪ねて面会を繰り返し、徐々に一緒に外出したり、お泊まりをしたりするマッチング期間を経て、2人は智君を育てることになり、正式に特別養子縁組した。
 智君に養子であることを伝えるか、伝えないか。一緒に暮らし始めると、生い立ちを伝える「真実告知」を巡って夫婦の意見は割れ、何度もぶつかった。誠一さんは「肯定的に伝えて、家族になってよかったと思ってほしい」と告知に前向きだった。一方、桜さんは「社会人になるぐらい、成長してから伝えた方が良い」と考え、反対した。智君が思春期の頃には「部活や恋愛のような『普通のこと』で悩んでほしい」。血がつながっていないことで、悩みが一つ増えてほしくなかった。

 ▽とっさによぎった「子どもにうそをついてはいけない」、絵本を手作りして説明
 だが、告知の瞬間は唐突に訪れた。ある時、桜さんは智君から「僕はママのおなかから生まれたの?」と聞かれた。桜さんは内心「来たか」と思った。同時に、とっさに思い浮かべたのは里親支援者の「子どもにうそをついてはいけない」という言葉だった。「違うよ」と答えると、「ふーん」と智君は答えた。桜さんは当時を振り返り「これから隠さなくていいんだと、気持ちが楽になった」と話す。

誠一さん(仮名)が手作りした絵本(写真の一部を加工しています)=2023年2月

 誠一さんは智君に分かりやすいよう、改めて絵本を手作りして伝えることにした。こうのとりのゆりかごについての説明と、特別養子縁組の成立についてそれぞれ10ページにまとめた。
 「初めて出会った時は、とてもうれしかったよ」「智君は、ゆりかごに預け入れられてました」。施設にいたときの写真や一緒に暮らすようになってからの家族写真も入れた。夫婦は「家族になって良かったと思ってほしい」と願い、温かい言葉で思いをつづった。現在もゆりかごのことや家族の思いを、丁寧に伝え続けている。
 桜さんは「血のつながった親子と変わらないですよ」と話す。まだ未就学児の智君は時折、「僕はゆりかごにいて、乳児院に預けられていたんだよね?」と尋ねるという。誠一さんは「反抗期もあり、受け入れるのに何年もかかるだろう。伝えて終わりではない。受け入れるまできちっと伝える。本人が受け入れるまでが告知だと思う」と話す。

「こうのとりのゆりかご」に至るまでの通路=2023年4月、熊本市

 ▽養親を悩ませる「かわいそうな子」という「バイアスのかかった見方」
 誠一さんは「告知は必要と思っていたが、どう伝えればいいか悩んだ。情報がなく、右往左往した」「もがいていた」と吐露する。養子という事実だけでなく、こうのとりのゆりかごに預けられたという特殊なケースであることが悩みを深めた。
 熊本市児童相談所は、ゆりかごに預けられた子どもの養育方針を決めるため、子どもの身元を調べる調査を行っている。ゆりかごの運用を検証する市専門部会がまとめた最新の2021年6月の報告書によると、2020年3月末までに預け入れられたのは計155人。うち、少なくとも31人の身元は全く分かっていない。預けた理由は、多いものから順に▽生活困窮43件▽未婚30件▽世間体・戸籍26件▽パートナーの問題23件(その他、不明は除く。複数回答可能)だった。子どもを預けざるを得ないさまざまな事情を抱え、預けた人の中には、ゆりかごの扉の前や道路で泣き崩れ、座り込んでいた人もいたという。
 「養子である」ことを伝えるのに養親を悩ませるものとして、誠一さんは「世間の目」を挙げた。ゆりかごに預けられて「かわいそうな子」だと思ってほしくない。「どういう形で養親と伝えるか。しかもうちは『ゆりかご』。世間からバイアスのかかった見方があるのでは」。ゆりかごの話題はデリケートで、他の養親らがどうしているのかは見えにくい。成長するにつれ、智君自身の出自の受け止め方も変わっていく可能性がある。誠一さんは「似た境遇の人や、他のケースの状況をもっと知りたい」と訴える。

 ▽「ゆりかごに預けられていた」と告知したのは18%
 熊本市児童相談所は2022年夏、ゆりかごに預けられた子どもと特別養子縁組して育てている養親や里親・児童養護施設に対し、出自の告知に関する調査を実施。2023年4月、結果を公表した。回答した養親らのうち、「ゆりかごに預けられていた」と告知していたのは18%だった。回答数は非公表だが、回収率は94・4%だった。
 慈恵病院の蓮田健院長は「真実告知は早い方が良い、というのは斡旋団体や研究者の中では、ほぼ常識だ」と説明する。それだけに調査結果は「衝撃的な数字。育てている大人の負担が重いと感じた」という。「ただ、『匿名で預けられた』という出自についても、告知は早い方が良いのか。未知の世界だ」。告知しなかった82%のうち、計約7割は、告知について「検討している」「考えていきたい」と前向きだった。

慈恵病院に設置されているマリア像前で話す蓮田健院長=2023年5月、熊本市

 調査結果では、こうのとりのゆりかごに預けられた子どもと特別養子縁組した養親のみに対する質問で、「養子であることを伝えた」と回答したのは67%だった。養子であることは伝えられても、「ゆりかごに預けられていた」と伝えるのは難しいという、養育者の苦悩の一端が浮かび上がった形だ。
 熊本市児童相談所の戸沢角充所長は「ゆりかごに対する社会の理解や受け止めがさまざまな中で、養親たちは不安を抱えている。子どもの成長の過程で(出自の)受け止めが変わった時に、継続的に相談できる体制が必要だ」と話す。

「こうのとりのゆりかご」に預けられていたことを公表している宮津航一さん=2023年2月、熊本市

 ▽「伝えないことは子どもの選択肢を奪っている」
 では、預けられた当事者はどう考えているのだろうか。こうのとりのゆりかごの開設初日、3歳で預けられた大学生宮津航一さん(20)は「出自が分からないことも含めて、その人の『出自』。伝えないことは、子どもの選択肢を奪っている。分からないこと含め、伝えて」と訴える。
 航一さんの生みの親は当初、全く分からなかった。そのことで、全く寂しさを感じなかったというわけではない。小学校低学年の時、生い立ちを振り返る授業があった。生まれた直後、2歳、3歳、今のそれぞれの写真とエピソードを班で発表しなければならなかった。だが、3歳で預けられた自分には「写真がない」。一つは絵を描いて、もう一つは兄弟が小さい時の写真を使った。当時の気持ちについて、航一さんは「自分だけない。寂しさというか、そういうのがあった」と振り返る。
 後に生後数カ月のとき、実母は交通事故で亡くなっていたと判明した。養親のみどりさん(65)は航一さんに、出自が分からなかった時も、実母が判明したときも、ありのままを伝え「(預けられて)命を助けてもらって良かったね」と語りかけてきた。預けた人たちはきっと「子どもに幸せになってほしいと願っていたはずだ」とおもんぱかる。
 航一さんは「生みの親が本当はどう思っていたか分からないが、伝え方次第で、出自を肯定的に捉えられる」と話す。

熊本市と慈恵病院による「出自を知る権利の保障に関する検討会」の共同設置を公表した大西一史熊本市長(左)と蓮田健院長=2023年5月、熊本市

 ▽出自を知る権利の保障へ、フランスでは誠実でない対応は許されず
 日本も批准する「子どもの権利条約」は、できる限り父母を知る権利として、「出自を知る権利」を明記するが、国内で法整備されていない。こうのとりのゆりかご開設当初に1歳未満で預けられた子は、あと数年で成人年齢の18歳になる。対応は急務だ。
 熊本市と慈恵病院は2023年5月、弁護士や産科病院、児童養護施設関係者らでつくる「緊急下にある妊婦から生まれた子どもの出自を知る権利に関する検討会」を設置した。

フランス子ども家庭福祉専門家の安発明子氏=2023年11月

 委員の一人であるフランス家庭子ども福祉専門家の安発明子氏は「フランスでは真実告知という言葉がない」と話す。「赤ちゃんであったとしても1人の人間で、誠実でない対応をするのは許されない。赤ちゃんの時から納得いく対応をする。どう声を掛けるか迷ったら、養子縁組機関が支える」という。
 ゆりかごの運用実態を検証する熊本市の専門部会で委員長を務めていた関西大学の山縣文治教授(児童福祉)は「本質的には通常の特別養子縁組と同じで、『今あなたを育てている自分はあなたを生んだ親ではないが、あなたを大切に思っている』と伝えていくことが大事だ。ゆりかごに限らず、特別養子縁組の数は増えている。相談体制の充実や、当事者間で悩みを言い合える仕組みが必要だ」と指摘した。

外の道路から見える位置にある「こうのとりのゆりかご」の看板=2023年4月、熊本市

 ▽取材後記
 こうのとりのゆりかごに預けられ、特別養子縁組した養親の元で育つ智君は、「ママ!」と大きな声を出し、活発に走り回っていた。取材した際、成長して元気に過ごす姿に心が震え、このまま健やかに育ってほしいと強く願わずにはいられなかった。
 新生児の遺棄事件に胸を痛めた慈恵病院前理事長の故・蓮田太二氏が始めた「こうのとりのゆりかご」は、当初から「安易な育児放棄を助長する」と批判されてきた。それは育児を「親だけの責任」とする考えが社会に根強くあることの裏返しではないか。生活困窮やパートナーの問題といった事情は、親だけが抱えきれるものではない。
 親や養育者がいかなる状況にあっても、自らの生い立ちを知り、安心して健やかに育つ権利が子どもにはある。「真実告知」に葛藤を抱える養親も、子どもを育てられないと思い詰める親も、社会に認識され、支えられる仕組みが必要だ。

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